帰宅
おそらく、俺は自転車を漕ぎながら百面相をしていたと思う。
今まで感じたことのない胸の痛みだとか、熱だとか、どうしようもなさだとか、いろいろなものが応酬してくるたびに表情を変えていただろう。
今が夜でよかった。
人に見られたら、まさに不審人物だ。
なんとなく、緩みがちな口元を手で覆ってしまう。
あのあと、ぎこちない感じで言葉もそれほど交わすことなく、ヒナを家まで送り届けて別れた。
手を振る彼女に俺も同じく応えたとき、それまで感じていた二人の間の壁がとても低くなくなっているような気がした。
もうすこし手を伸ばせば乗り越えられそうなくらいに。
それは、俺が少しでも彼女を理解することが出来るようになったから、なのだろうか。
ヒナは本来の『朝比奈しずく』に近いが、少し違う。
思うに、より遠慮が多いというか気にしやすいという感じだろうか。
もしかすると、俺が気づかなかっただけで、本当の彼女は今までもそうだったのかもしれない。
隠されたその部分が、ヒナは表に出しているから強調されている、というようなところだろうか。
(……ということは?)
自宅の駐輪場に自転車を止め、ふと立ち止まった。
頭に浮かんだのは、もう一人の彼女『しずく』。
彼女も…ヒナと同じように、本当の彼女が隠していた部分…なのだろうか。
そんなことを考えて周りが見えていなかった俺は、突如脇に『ドンっ!』と衝撃を受けた。
「う…わっ!!」
「何ぼーっと突っ立ってるの?」
脇には、俺の腕に抱きついている彼女…しずくの姿があった。
くすっと笑う悪戯っぽい顔に、少し顔が赤くなってしまう。
「びっくりしたなぁ!そっちこそ、なんでここにいるんだよ」
「夕食に使う食材がたりなかったから、お買い物。帰ってきたら尊が立ってた」
「………そ、うなんだ」
「ちゃんと送ってきた?何かあったの?思ったより時間がかかったみたいだけど」
「あ、ああそう…ちょっと話してたから」
「話?」
「う……うん」
「何の?」
「何のっ、て……っ!」
腕に抱きつく力がぎゅっと強さを増す。と同時に、俺の鼓動の速度も増す。
「話せること?話せないこと?どっち?」
「……は…、話せること…です」
「そう、話せることなのね。なら…」
いきなり、抱きついている腕の反対側の襟元を引っ張られ、耳元に彼女の唇が触れそうなほど急接近する。
そしてくすぐったい声で甘く囁いた。
「食事にする?お風呂にする?それとも…は・な・し?」
「………っ!!」
耐えきれず、耳を押さえて飛ぶように逃げる俺。
耳も熱いが…たぶん顔も首も相当熱く、赤いだろうと思う。
そんな俺の慌てぶりを見て、彼女はいたずらが成功した子供のようにクスクスと笑う。
「冗談よ。やってみたかっただけ」
「お…っ、おまえなぁ…!笑えないだろっ!」
「でも、私は笑えた」
くるっと踵を返しスーパーの袋を片手に家へ向かっていく姿を見ながら、深いため息をついて思う。
さっきの考え。
彼女も…ヒナと同じように、本来の『朝比奈しずく』が隠していた部分…なのだろうか。




