帰り道
ヒナの家は、うちの隣町にある。
自転車なら5~10分の距離だが、徒歩となると2~30分はかかるだろう。
帰りのことを考えて、俺は自転車を押してヒナと一緒に歩いて行くことにした。
かれこれ5分ほどは歩いているだろうか。
夜も8時過ぎれば、何の特徴もない住宅街に人気はなく、二人の足音とそれに重なるように自転車を引く音が聞こえるのみ。
とどのつまりは、静寂にほぼ等しい。
まったく会話がない。
だが、少なくとも俺にとっては険悪…なムードなわけじゃない。
正直、緊張している。
彼氏ホヤホヤな俺は、普段から二人きりになると気恥しさとライトな緊張感で、いつも何を話したらいいのかわからなくなって言葉が続かなくなることが多い…と思う。
今はそれに加えてこの状況。
緊張はいつにも増している。
車道側に自転車を引く俺の隣を、1歩後ろの距離で歩くヒナ。
今日はいつにも増して、俯いていることが多い。
呼びかければ顔を上げてこちらを向くが、その表情は…
何ていえばいいんだ?
恥じらい?
いじらしい?
けなげ?
…まぁ、そのへんひっくるめて、いつにも増して頼りなく可愛らしいと感じる。
もう、俺もヒナも、いろいろと『いつにも増して』な状況なのだ。
そんな沈黙の中ようやく『あること』に気づき、自分の馬鹿さ加減に絶望的な情けなさを感じながら、俺はヒナに問いかけた。
「そういえばさ、根本的な話なんだけど…」
「……んえっ?」
ヒナにとっても、思いもよらない問いかけだったのだろう。俯いていた顔をこちらに向け何ともヘンテコな声で返事をする。
その可愛さに口元が緩んでしまうが、バカにしてると勘違いされては困るので軽い咳払いでごまかし、問いかけを続けた。
「事ここに至るまでの経緯を、説明してくれないかな」
あのとき、二人で別れてから三人で再会するまでの間について、お互いの体験を把握していない。
俺は俺の体験しか知らないし、ヒナやしずくさんはそれぞれの体験しか知らない。
三人の体験を一つにすることで見えてくるものがあることは、物の本などでは基本中の基本。
思い返せば、混乱続きで思考力ほぼゼロだった俺の頭には、こんなことさっぱり思いつく余裕がなかったのである。
それはヒナも同じだったようで、思考を整理するためか、すこしの間視線がが宙を彷徨っていた。
覗き込むようにその表情を確認しながら声をかける。
「…大丈夫?話出来る?」
「う…うん、大丈夫…」
と言って、何故か俯いて黙ってしまう。
悩んでいるような、躊躇っているような感じがした。
しばらくして意を決したのか、口元に当てていた手をそのままに切ない声色で俺に問う。
「あのね、前田君。お願いがあるの…」
「うん?」
「これから話すこと聞いても…キライにならないでね?」
スパーンと、スリッパで軽く後頭部を叩かれたようなライトな衝撃が俺の中を走った。
新たな混乱が強襲して思考を掌握してしまう。
「え…ええっ?」
思わず出した声は、えらく掠れてしまった。
(キライになるっ…て、どういうことだ?)
何よりこれが衝撃的だった。
ヒナは俯いたまま、勇気を振り絞るようにして続ける。
「い…言わなきゃいけないって、全部言わなきゃいけないって分かってる。でもその中にはその…言わないで済むなら言いたくないことだってあるわけで…」
「……うん、まぁ…それは理解出来るよ」
「それってね、前田君に聞かれたらキライになられちゃうかも…っていうようなことも含んでたりして…」
「あ……そうなの?」
「うん…多分…。だから…」
ひゅ…っと息を吸い込む音とともに、ヒナが顔を上げてまっすぐ俺を見据える。
意を決した強い目。
ヒナでもなくしずくさんでもなく、それは俺がいつも見ていた『朝比奈しずく』の目だった。
俺に告白してきた『あのとき』と同じ、彼女の目だ。
「だから…キライにならないでね?」
それを俺が拒否する理由なんて、どこにもない。
『あのとき』と同じように隠し通せない照れくささを何とか紛らわすように、彼女の頭をくしゃっと撫でて答えた。
「…ったりまえだろ」
そして『あのとき』と同じように、彼女は目を潤ませて零れるような笑顔を見せた。




