Turning Point
「それで?」
しずくさんお手製の夕食を済ませ、俺たちはリビングで一息ついていた。
時刻は10時を回り、本来であればまったりタイムであろうが、彼女も俺もそんな悠長な状況でない。
これから腰を据えて話し合わなければならない。
彼女はマッサージチェアでご満悦状態、俺はそんな様子をフロアに座って見ていた。
最初ヒナに感じていた壁だが、不思議としずくさんには壁を感じたことはなかった。
まぁ、あってもよじ登ったりぶち壊したりしてこちら側に来そうな雰囲気が彼女にはあるが。
彼女にはそう、ヒナのような『遠慮』が全くもってない。思った通りに進む強さがある。
そんな彼女はうっとりと目を閉じながら、さっきの問いかけを俺に投げてきたのだった。
「さっきの『話』について、説明して」
「ああ、ヒナから話してもらったんだ。俺たちが廊下で別れてから、下駄箱前で再会するまでのことを」
「へぇ…」
「それで…別に隠すつもりもないし、あとでちゃんと説明するけど。今はヒナから聞いた情報をしずくさんに伝えないまま、まっさらのまま、しずくさんからあの時のことを話してもらいたいんだ」
「私が、ヒナの話に影響されないように…ってことね」
「ん、そう」
「わかった。津島君登場、のところからね?」
しずくさんが語った内容は、ヒナのそれとほぼ一致していた。
改めて彼女からあのときの状況を説明されると、しっくりとした印象を受ける。
ヒナが語ると、比較的おとなしめな部類に入る彼女がこんな風に考えてたのかと少々驚いたが、しずくさんが語ると違和感がない。
確信した。
ヒナもしずくさんも、本来の『朝比奈しずく』が隠していた部分なのだろう。
ヒナは遠慮や弱い部分。
しずくさんは我儘や強い部分。
どちらも『朝比奈しずく』を形成するもの。
そして------
しずくさんの話は最後に、ヒナが語ったのとは違う内容に進んでいった。
「それで(もういい加減にして!)って苛立ちが頂点に達して、私は反対方向に走り出したの」
「……?」
「私たちが教室から出て進んで行った方向には、玄関に近い階段があるでしょ。普段はみんなそっちを使ってる。でも、津島君がいる方向がそっちだから、邪魔なので、別ルートで玄関に向かうことにしたの」
「あ…あれか、渡り廊下!」
「そう。私たちの教室の先には、隣棟に繋がる渡り廊下があるでしょ。そして隣棟の階段を使って玄関に向かったの。遠回りだけど、あの時の私にとってはそれが最善のルートだったから」
「そうか!それで……」
彼女たちは、俺が待つ玄関の左右から現れた。
それは、彼女たちが別々のルートで玄関に向かったから。
そして、彼女たちの話を聞いた俺には見えてきた。
ターニングポイント。
「なんか…判ってきた」
「え?」
いつの間にか閉じていた目を開いて、しずくさんは俺を見ていた。
少しだけ…今までのキツい印象が和らいだように見えるのは気のせいだろうか。
「ああ…ごめん、隠さないでちゃんと説明するって約束だった。じゃ、説明するよ」
「はい」
少し意外だったが、彼女はマッサージチェアから降りて俺の前に正座し、まっすぐに俺の目を見つめる。
そう、少しずつ勘違いだと気付いてきたのだが、彼女は別に『エラそう』なわけではないのだ。ただ単に、自分の感情に素直なだけ。だから今は、俺の話を聞こうという感情に素直に従っているのだろう。
彼女を理解出来てきた…という思いで、少し暖かい気持ちになった。
「二人の話は途中まで全く一緒なんだ。その時点までは、二人は一人だった。それぞれの話が食い違う時点…それは、苛立ちに耐えきれないと感じた瞬間。しずくさんは渡り廊下に向かったと言った、でもヒナはまだ津島と向かい合っていたんだ」
「そこで…なんらかの力の働きにより、一人が二人に分かれた…ということ?」
「そう、どうしてそうなったかは解らないけど、そしてここに至る、だ」
「ふぅん…」
しずくさんは頷きながら納得した様子だった。が、ふと息をついて意外な言葉を呟く。
「…ばかね、逃げ遅れたんだ、あの子」
「逃げ遅れた、って…」
「どうせそのあと、津島君に告られたんじゃないの?」
「な……」
「何でわかるか、って?気づいてるに決まってるじゃない、私に気があるって。でも私には関係ない、尊がいるんだもの。だから私は彼なんか無視して尊のもとに向かった」
「あ、ああ…!そうだ!そうなんだよ、しずくさん。そこポイント」
彼女に言われた言葉に照れくささを感じつつ、少し上擦った声で俺は指摘した。
重要なポイントについて。
「あの瞬間に『朝比奈しずく』は二つに分かれた。一つは、しずくさん。自分の感情に素直で、まっすぐに行動する強い部分。そしてもう一つは、ヒナ。相手を気にして遠慮ばかりして、ちょっと損する弱い部分」
少し目を見開いて驚きを隠せない様子のしずくさん。
しばらくすると、少し眉を寄せ口の端を上げて言った。
「そうなのよね、あの子。私、見てるとイライラするの」
「でもさ、ヒナは告られた後、津島をグーで殴り飛ばしたんだってさ?」
「え……?」
「弱くても、彼女なりに頑張ったんだよ。そういうとこ、認めてやれよ」
「………」
急に俯いて黙ってしまった。
「し…しずくさん?」
いろいろな話を一気に聞かせてしまったこともあり、何かあるのかと心配になって首を傾げて覗き込もうとした…とき。
「う………わっ!」
ドンっと両肩を叩かれ、無防備だった俺はバランスを崩し仰向けに倒れ込んでしまった。
すると、俺の頭の両側に手をついて、しずくさんが覆いかぶさってくる。
はたから見たら、男の俺が女に組み敷かれてるように見える格好。
今まで感じたこともない羞恥心で、耳から首までも熱い。おそらく相当真っ赤になっていると自覚できた。
「なっ………」
「ずいぶんと、あの子の肩を持つのね。そんなにあの子がいいの?」
「いいも何も…あいつもしずくさんも同じ『朝比奈しずく』じゃないか」
「同じ、じゃないでしょ?さっき、自分で言ったくせに」
「あ……」
そのとおりだ。
どちらも同じ『朝比奈しずく』と言いながらも、二人の違いを分析していたのは俺だった。
妙に納得。
「二人は違うって認めたわね。じゃあ、どっちがいいの?」
「どっちって…」
「私とヒナ、どっちがいいの?」
「……っ!」
耳に唇が触れそうなくらい近づいて囁かれる。その熱から首を振って逃れようとすると、片方の手が俺の頬を抑えた。
「ね、キスしてもいい?」
「え…、え…?ええっ!?」
「何?イヤなの?」
「イヤとかそういう問題じゃなくて、唐突すぎだろ!」
「自分で言ったんじゃない、私は感情に素直だって」
「言ったよ!言ったけど……」
「だから聞いたのに。私とヒナ、どっちがいいって…」
しずくさんの顔が近づいてくる。感情に素直で、まっすぐに行動する強い彼女。
俺に誰より先にカップを差し出してほしいと言い、
俺から下の名前で呼ばれたがり、
俺のことを下の名前で呼びたがり、
俺にキスしたがり、
そして…俺に選んでほしがる。
(どっちがいいか、って)
次の瞬間、俺は------
彼女の頭に手を回すと、自分の胸に抱き寄せていた。
「………っ!」
俺を見上げるしずくさんの顔は、初めて見せる…驚いた表情。
その目をしっかり見据えて、俺は俺の想いを伝えた。
「どっちが、じゃない。どっちも、俺の『朝比奈しずく』だ」
彼女はしばらく俺の目をまっすぐ見つめると、これまた初めて見せる笑顔を浮かべ、俺の胸に顔を埋めてしまった。
「…ずるい」
「え…?」
「そんなこと言われたら、そうしてあげたくなる…」
「??」
彼女は顔を上げて、ぽかんとした顔の俺を見る。
「そのセリフ、あの子にも聞かせてあげて」
思いもよらない言葉に驚く俺をよそに、彼女は傍らにあった携帯電話を操作し始める。
「え…えっ??」
彼女の行動は先が読めない。
そう思っていると、耳に当てていた携帯電話をぐいと差し出してきた。
「はい、聞かせてあげて」
「え……、ええっ!?」
「ほら、ヒナにも聞かせてあげて」
「…………」
どうやら、電話の向こうはヒナと繋がっているようだ。
本当に…彼女の行動は先が読めない。
俺を取り合っているかのような素振りだと思えば、今は共有しようとしている。
俺は天井を仰いて顔を覆い、大きく息を吐いてから気を取り直し、携帯電話を受け取って話を始めた。
話をしている最中、しずくさんはまた俺の胸に顔を埋めてしまった。
おかげさまで、俺の顔はもう…火照って緩みっぱなしだ…




