快報
(コイツのこと、本当に信用して良いのか?)
全力疾走しているセレナの側で小走りしているシュルタは、ある事を考えていた。それは、セレナの考えた作戦が、穴だらけのものだったことだ。
(他に何か策があるのか。だとするとどうして俺には言わないんだ?あるいは、やはり俺を騙して……いや、やめておこう。騙していたとしても、それで俺に不都合がある訳じゃ無い。)
シュルタは不安感、そして、不審感を募らせていたが、彼自身には関係のないことだった。
***
「ねぇ。シュルタはさぁ。竜って、見たことあるぅ?」
そう、セレナが沈黙を破った。シュルタはがあれこれ頭を悩ませているというのに、セレナは何も考えていない様子だ。
「あるぞ。」
シュルタはなんでもないことみたいにそう答えた。
「まぁ、どーせなぃ………って、あるのぉ!?」
「俺の事をなんだと思ってやがる。」
「えへっ。それよりもぉ、見た竜ってぇ、どんな感じだったぁ?」
適当に誤魔化しつつ、そう言った。
「……まぁ、俺が見た竜は、そうだな。とにかくデカかった。」
「うへぇ。抽象的すぎなぁい?じゃあやっぱり、これは違うかぁ。」
そう言いながら、セレナは手に持った小さい何かを放り投げながらそう言った。
「はぁ?一体どんな……って!!」
シュルタは心の底から驚いただ。って………
「それっ!竜だ!!」
自分でも驚く程大きな声が出た。
「うぇっへえ!?まじぃ!?」
セレナはもっと大きな声を出した。大声合戦をしている訳じゃないのだけど。
「ぼーっとしてんじゃねぇ!早く、コイツを……」
コイツを殺せ。そう言いかけた瞬間、目の前に赤い何かが舞った。
その何か……液体だ。それがシュルタの頬にかかった。その液体から鉄の匂いがする。その液体を袖で拭った。
………血だ。
血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。血だ。
血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血
視界いっぱいに血が広がる。
鉄の嫌な匂いが鼻を擽る。
血は嫌いだ。
血は嫌だ。
誰だってそう。
俺だってそう。
当たり前だろう。
だって、痛い。
だって、苦しい。
だって、悲しい。
だから、嫌い。
「嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌d」
瞬間、大きな声が轟いた。
「馬鹿野郎っ!こんな事でパニックになってどぉーするんだよぉっ!」
セレナの声だ。
「私はこんなんじゃ死なないっ!だから、落ち着けっ!シュルタ!!!」
そう言ったセレナは、右肩から左脇腹にかけて、剣のような何かで斬られ、そこからは血が滴っている。しかし、そんな事は関係ないとばかりに、いつのまにか杖を出し、迎撃の準備をしていた。
「シュルタがいなきゃ、作戦が成り立たないっ!!」
「あっ……」
そう言われて、ハッとした。そうだ。俺には、やる事があるんじゃないか?成すべきことが。使命が。
「悪ぃ。その苦手なんだ。」
また、謝る。俺はいつも、謝ってばかりだ。そんな事を、いつもアイツに怒られてたじゃないか。
「いいよぉ。なんてったてぇ。私ってばぁ。随分とお優しいんだからねぇ!」
そう言われた事が、なんだか嬉しかった。
「ありがとう。」
「うんっ!」
ありがとう。と、そう一言告げ、シュルタも手に鉄の突起が付いた手袋をつけて、迎撃の準備をした。すると、茂みの中から誰かが出てきた。
「お話は終わりかぁ?ったく。魔物はヤになっちまうゼ。人間ならイタくてイタくて動けねぇのによォ」
手をゴキリと鳴らしながら、性能重視の、統一性のない甲冑を見に纏った雄々しいマッチョがやってきた。
「待ってくれてありがとぉ。その体格でぇ、殴るんじゃなくてぇ、剣なんだぁ。変なのぉ。」
煽るなよ。コイツ、やっぱり頭おかしいわ。作戦に乗った俺が馬鹿だったかもしれない。男は、セレナの煽りが堪えたのか、額に青筋を浮かべ、ブチギレていた。チョロすぎだろ。
「魔物なんテ、この世から消えるべきだってェ、そこの坊ちゃんも思うだろウ?」
ニヤニヤと、こっちに話しを振ってきた。
「魔物は消えるべき。かぁ。ハッ!同感だな。人に害を為す魔物は、いなくなるべきだと思うぜ?」
「えぇっ!シュルタ、裏切っちゃうのぉ!?」
「ソコの坊ちゃんは話が通じる見てェだなァ。」
「でも、実は俺、ドワーフなんだよ。お前の言う、魔物だ。」
一人あわあわしているセレナをよそに、シュルタは真面目な顔、真面目な声でそう言った。男は、シュルタが魔物である事を告げると、気持ちの悪い笑みが消え、真顔になった。しかし、シュルタは恐れずに、今度は見下すように、男を嘲笑いながらこう言った。
「だから、ごめんなぁ?」
と。
「ならァ、手加減の必要はなさソーだなァ?」
「セレナ!逃げた竜を追え!コイツは俺が相手をする!」
「!うん!わかった!!頑張ってねっ!」
そう言って、セレナは竜が逃げた方向へと走っていった。
「行かせて良かったのか?」
「邪魔したほうがヨかったかァ?」
「いいや?」
「ならァ、どうだってイいだロ?」
そう言いながら、男は剣を大きく振りかぶり、シュルタは冷静にそれを避けた。
こうして、戦いの火蓋は切られたのだった。
***
キツい。
この男、ふざけた見た目の割に、バカ強いぞ。
シュルタと男は、一見互角に見える戦いを繰り広げていた。ただ、
「剣はリーチが長いくてやりずらいな。」
シュルタがそう愚痴る。リーチもそうだが、力や技術でさえ、男に勝てない。男は、その容姿に見合わず、まだ様子見しているが故に戦いが成り立っているが、シュルタは結構本気で戦っているため、このままではジリ貧だろう。しかし、それは目的が勝つ事であった場合のみである。シュルタはただ、時間を稼げば良い。そうすれば、作戦はきっと成功するだろう。
そんなことを考えながらも、男の猛攻をいなし続けるシュルタの力量も相当なものである。
「逃げてばかりじゃァ、つまんねェぞオ?坊ヤ?」
男がそう言うと、剣を思いっきりシュルタ方へと投げた。
「んなっ!」
シュルタはギリギリのところで剣を避けた。しかし、体制が崩れてしまった。ここにきてリーチという優位を捨てた事にシュルタは動揺してしまったのだ。それだけではない。シュルタは男の攻撃を避ける為に剣を見ていた。今だってそうだ。男が投げた剣を見た。男の手から離れた剣を見た。それは、男から目を離したこと。故に______
「ゔっ……がっハァッ」
男に鳩尾を殴られた。顔、腕、胸、脇腹、次々と殴られていく。体制を崩したシュルタには避けられない。殴られた箇所が痛みで悲鳴を上げている。鉄の味がする。自分の血だ。
「ぁづっぅ……!」
シュルタ大きく吹っ飛ばされ、近くにあった木の幹に思いっ切り叩きつけられた。
「なンだァ?もオ終わりかァ」
男は心底残念そうにそう言った。
(痛い。でも……)
コイツをセレナの元へは行かせない。
悲鳴をあげる身体を鞭打って、震える足で立ち上がる。
「まだ……終わってなんかねぇ。」
シュルタは、そう声を捻り出した。
「そうかァ。」
男は下がっていた口角をニヤリと上げ、嬉しそうにそう言った。
***
あれから一体どれ程の時間が経っただろうか。いや、きっと時間はあまり経っていない。たった1秒の油断が命取りになる。そんな状況で、体感時間が長くなっているだけだろう。シュルタと男は一進一退の攻防を繰り広げていたが、シュルタの体力は限界に近かった。否、先程の負った傷に、常に緊迫した戦闘で、心身共に限界を超えていた。
(もう長くは持たない。頼む、セレナ早く______)
そんな事を思った時、事態は急変した。
[セレナハシケンゴウカクデス]
と、シュルタ達の勝利を告げる音が森全域へ鳴り響いたのだ。それだけでは終わらない。立て続けに、
[リュウサンタイノトウバツヲカクニン。ヨッテ、シケンハシュウリョウデス]
「よっっっっ、しゃあぁあ!!!!」
シュルタは、作戦はまだ終わっていないのに、ガッツポーズをし、つい全力で喜んでしまった。まあ、長い戦いが終わったのだ。そう思うのも当然であろう。
「おい、テメェ、なんで喜んでやがんだァ?」
男はそんなシュルタの素振りを不審に思っているようだ。当然である。だって、試験は終了。シュルタの合格は無くなった事に等しいからだ。
「教えてやんねー!残念だったな!」
シュルタは男にそう捨て台詞を吐いてた。そして、先程怪我、それに伴う痛みなんて無かったみたいにセレナを追った。
***
「セレナ!上手く行ったみたいで良かった!!」
シュルタは、地べたに座って休んでいたセレナに笑顔で駆け寄った。
「シュルタ!そっちもぉ、大丈夫そうでぇ………怪我ぁ、やばくね?」
セレナはシュルタの方へ振り向き、その怪我の量に目を見張っていた。
「ヤバいよな」
「うん、やばぁい。」
シュルタは他人事のようにそう言った。あまり気にしていなかった。いや、気にする余裕すら無かったのだが、改めて見るとものすごい怪我だ。大量の切り傷に加え、殴られた箇所はまだ血が滴っていた。
「………どうしよ。」
シュルタはそう呟いた。するとセレナが、驚くべき事を口にした。
「治してあげよっか?」
「あぁ、頼む………えっ!?治せるの????」
「うん!治せるよぉ!私の専門は治癒だしぃ、私の傷も、もう塞がってるでしょお?」
すご。前言ってたこんなんじゃ死なないって、こういう事だったのか。納得である。
「じゃーあ、ちゃちゃっと治しちゃうねぇ。」
セレナはそう言うと、杖を取り出し、長い呪文を唱え始めた。すると、シュルタの足元に魔法陣が展開され、みるみる傷が治っていく。ついでに、魔力や、体力までも。最終的に、戦いが始まる前と遜色無い程に完治した。
「すっげぇ………」
シュルタはそう溢した。
「えへへぇ。でしょでしょ!」
そんな平和な会話をしていた。戦いが終わったと思い、気が緩んだ。故に、悲劇が起こる。
地面に、大きな穴が空いた。それはシュルタに向けられたものでは無い。
「セレナっ!?」
叫んだ。
すると、男がやってきた。先程までシュルタと戦っていた男だ。しかし、その顔は憎悪で歪んでいた。
「魔物風情に入学なンてさせるかよォ」
そうか、コイツはずっと、加護を使っていなかった。地面の大穴はそれによるものだろう。そして、コイツは、魔王軍。いや、魔物に恨みがある。復讐に身を委ねた愚かな人間だ。だから、魔物が気に食わないのだろう。すっかり忘れていたが、俺は⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎があるから、こいつの復讐の対象にはならない。
(まあ、あれぐらいの回復力があるなら、これくらいじゃ死なないだろう。)
そんな事を考え、己を安心させていた。しかし、現実とは、常に無情である。
[セレナ受験者の死亡を確認した。特例ではあるが、協力者である、シュルタ受験者を合格とする。]
今度は機械的では無い、おそらく、試験官の声が、セレナの死を告げた。
シュルタが手に着けていた手袋は、所謂メリケンサックです。
彼は他のドワーフと比べて力で劣っているため、どうにか力の差を埋めようと、メリケンサックを自作したそうです。




