足のつかない火薬に、花火を添えて
『バルム火薬店』
何でも屋の近くにあるので、前を通ったことは何回もある。
店主も禿げてはいるけど、私を見ると「よぉ、嬢ちゃん。今日も元気だな」って必ず声をかけてくれるから、よい人ではあると思う。
だけど、火薬も危険物にも用がないので、特に関わることはなかった。
今日までは。
いま私、ロイドさんと二人でこの店に入ろうとしてますけど。
乙女、十八歳が来ていい場所なのでしょうか?
「否!」
「うるせぇ。入りたくないのはわかったから。でもな、入ったら、いつものアホな感じを存分にだせ」
「いつものアホな感じとは? そんな感じをしたことないのでわかりません」
ロイドさん、感性大丈夫か。
私がそんな風に見えるなんて、目がおかしいか、感覚が狂っているとしか思えない。
「楽しそうにしろってことだ。よくわかってねぇのにいつも楽しそうにしてるだろ。お前の長所だな」
なんかいきなり褒められて……ちょっとだけ照れる。
「ま、まぁ、長所を生かせって言うなら、やぶさかではないです」
「顔赤くして喜んでるじゃねぇか。まあいい。頼むぞ」
「ラジャー!」
カランカラン。
あ、同じドア鈴使ってる。
「何しに来た、おめぇら」
うん、でも、お客さん対応の仕方が全然私と違う。
笑顔の欠片もない。
これだと恫喝です!
「何しにきたって、用があるから来たに決まってるだろ」
強気! ロイドさん、強気すぎます!
怖くないんですか? 相手、火薬とか危険物持ってますよ?
「なんでも屋の主と、そこに住みついている嬢ちゃん。ここがどこだかわかってるよな」
「も、もちろんです!」
必殺、ロイドさんが返答する前に私が応えちゃおう!
これは場の空気が凍り付くのを避けるために、たまに私が使う必殺技。
「い、いい匂いだなぁ……火薬の匂いって、こう、すごいなぁ……」
店主バルムさんの視線が怖くて、とても目を合わせられない……。
よくわからない目の前にある袋とかに気を集中しよう。
「リリィ、ここはな。店主の態度は最悪だが、よいものを取り扱っている」
「わかります。いえ、前半部分を肯定したわけじゃなく、よい火薬の匂いがしてますから」
なにを言っているのか、自分でも混乱してきた。
でもここは、言われたとおり、楽しそうな私を出さないと。
「職人っていうんですよね。こういうの。わかります」
「ちなみに、お前がよく使ってるパンミューダ。作ったのはこいつだ」
「なるほど……え、マジ? あれを、この人が?」
頭頂部、私の三倍はあるのではという太い腕、殺し屋の目つき。
でもあの繊細なパン焼きを作るほどの職人。
「すごい! ちょっとお話聞いてもいいですか。仕様に関してもお話したいことがあるので!」
「……ってな感じで、蒸気も中で発生させているんだ。だからしっとりパンが焼ける」
「うわぁ、マジかぁ。だからガラス部分が少し曇ってたんですね! すごい!」
かれこれ一時間くらい話しただろうか。
パンミューダの仕組みは、私が想像していたよりずっとすごかった。
「ま、さっきも言ったけど、俺が考えたわけじゃねぇけどよ」
「いやいやいや、それを形にできるのがすごいんですよ! 魔石自体の扱いも難しいのに、それであんなに美味しくパンを焼けるようにできるなんて。もうバルムさん、パンキュウです!」
「パンキュウ?」
「たぶん、パンの救世主って言いたいんだろうな。バルムさん、リリィの言い回しは独特なところがあるんだ。それじゃあ二人とも、そろそろ本題に入る」
私たちが話し込んでいたあいだ、店内の椅子で休んでいたロイドさん。
ついに、動き出す!
「あ、あぁ、わりぃな。お前をほっといちまった」
「いや、いいんだ。こっちもまさか、こいつがこんなにうるさくなると思わなかった」
うるさくはしてないだろ。お話をしていただけ。
ロイドさんは立ち上がると、さっきまでの空気を全部切るみたいに言った。
「率直に言う。火薬、十キロ。足がつかない火薬を売ってくれ」
静まり返る店内。そりゃそうだ。
足がつかない火薬って、意味がわからない。
火薬を爆発させて、空にぶっ飛ぶってこと?
足が火傷しちゃいますよね?
「ロイドさん。言葉が足りないと思います」
「お前はもういいから黙ってろ」
酷い! 絶対バルムさんだって説明を求めているのに!
「おい、ロイド。嬢ちゃんの言うとおりだ。ただまあ、理由は聞かねぇよ」
「恩に着る」
腕を組みながらも、さっきまで威圧的な態度はなくなったバルムさん。
すごく悩んでる。
「だがな。足がつかねぇってのは無理だ」
そりゃそうだよね。
火薬で空を飛ぶって発想自体どうかしてるもん。
「いまここにある火薬、危険物はすべて領主、ギルド、国に報告しちまってる。一個、火薬が少しでも消えたら、俺が罪に問われる」
「そうか。方法は?」
でた! ロイド式、なんとかしろ圧!
無理だって言ってるのに、方法は? で押してくる。今はバルムさんに。
「……相変わらずだな、お前は。あの頃からなにも変わってねぇよ」
「ふ、お前もだよ、バルム。今の言い回しだと、いい案がある。そうだろ?」
「ふ、俺も変わってねぇな」
え、二人って昔からの知り合いだったの?
「あの頃?」
言葉を挟むつもりはなかったけど、呟いてしまった。
「なんだ、話してねぇのかロイド?」
「そのうち話すさ。今はそれじゃなくて、方法だ」
「やれやれ、嬢ちゃん、気を付けな。こいつは人使いが荒い。だが頭はキレる。長所と短所が台風みたいに渦巻いてる男だ」
「わかります。私いつも台風の中にいて息がつまってますので」
トントン。
店の机が、ロイドさんの指によって二回叩かれる。
あとで説教な。早く説明しろ。
うん、この意味だな。
「俺はロイドに火薬十キロを売る。それと、花火を五玉、これも売る」
「なるほど、わかった」
「いや、わかりませんけど!?」
「色は何がいいか。春だからピンクでいいか?」
「青もくれ。暗い夜空に二つの光が交じり合う。そんな依頼なんだ」
「ろ、ロマンチストか! ちょ、でも、全然わかりません!」
「大丈夫だ嬢ちゃん。俺もそれはよくわからねぇから」
バルムさんは少し寂しそうな顔でそう言った。
火薬の臭いが立ち込めていた店を出た私たちは、ランチへとしゃれこんだ。
今日はなにを食べようかな。
ロイドさんの奢りだし、デザートもいっちゃう?
……なんて、普通の空気なわけがない。
向かったのは裏路地の怪しい店だった。なんだここ……。飲食店なのか?
カランコロン。
「いらっしゃいませ。本日のランチメニューはハンバーグ定食となっております」
飲食店だった!
私とロイドさんは同じハンバーグセットを頼んだ。
「リリィ、いい仕事をしたな。ご褒美に、デザートを頼んでもいいぞ」
「まったくしてない気もしますけど……すみません! イチゴタルトも追加で!」
「バルムと二人きりだと重苦しい雰囲気になる。お前がいればそれが緩和された」
「なるほど。そういう意味なら、たしかに私は仕事をしたと言えるかもしれませんね。すみません! レモンスムージーも追加で!」
すぐに出来立ての料理が運ばれてくる。
幸せは身近にあるものだ。
「それで、ロイドさん。いろいろ説明してほしいんですが。まぁ、せめて火薬を何に使うのかくらいは教えてください」
私はロイドさん寄りに置かれたイチゴタルトを引き寄せながら聞いてみる。
「爆発させるためだ。それ以外になにがある」
「なるほど、食事が不味くなりそうなので、あと少し待ってください」
私はレモンスムージーも自分のテリトリーに収め、コップ、メニュー立て、おしぼりなどを使って死守する。
ロイドさんがそれらに手を伸ばそうものなら、ペシっとはたく。
「花火は火薬の目くらましだからな。もし本当に結婚するなら、夜空に打ち上げてやるか」
「目くらまし?」
「やっぱりそこもわかってねぇか。バルムが言いたかったのは、火薬十キロでこの花火を作ったことにしろってことだ。そうすれば、出どころも使いどころもはっきりした火薬になって問題がなくなる」
「あぁ、なるほど。そういうことですか。でも、火薬は実際、爆破に使うって……」
ハンバーグを食べ終え、イチゴタルトに移ったので聞いてみる。
甘さが弾ける。イチゴの赤まで爆弾みたいに見えてきた。
「その説明は依頼主の前でする。お前もそこで聞け」
「わかりました。あれ? レモンスムージーは……」
「酸っぱいな。まるで、初恋の味だ」
似合ってもねぇこと言ってんじゃねぇぇぇ!! 私のスムージー、返せぇぇ!!




