92 晩餐会
あとで聞いた話だけど、ミリアさんの説得が一番大変だったらしい。
そこで陛下自ら迎えにいって、なんとか説得したそうで。
ミリアさんの気持ちを一番動かしたのは、レイラさんだって聞いて、なるほど納得できる。
レイラさんは、バルマード様の腕をギュッと抱きしめて、ミリアさんにアピールした。
「こらこら、レイラ」
「ミリアさんも久しぶりでしょうから、陛下を独占しちゃってください。リンシア皇妃など気にせず、グッと陛下の気持ちを掴むんです」
お義父さまが愉快そうに笑う。
「ハハハッ。レイラ様の豪快さをいきなりミリア様に求めるのは無理だろうが、陛下も抱擁を望んでおられるのではありませんかな?」
「いやはや、不甲斐ないところを見せてしまった。ミリアよ、ゆっくりで良いから余の側に戻ってきてほしい」
陛下がミリアさんの肩に手をまわして、軽く抱き寄せるとミリアさんの顔が赤くなる。
「陛下⋯⋯その、恥ずかしいです。ああ、私にレイラさんほどの勇気と自信があれば、どんなに良いでしょう」
「レイラがおかしいのです。そのように恥じらいがあった方が、男としては嬉しいものかも知れませんな」
「まあ、バルマードったら。私がどれだけ勇気を出してるのか、まったくわかってないわね。見た目が小娘だからって子供扱いは許さないんだから」
そんな微笑ましいやり取りを眺めていると、ローゼさんが何かに気付いたように振り返る。
「エストさんにお客様かも知れませんね」
背後の大きな扉がゆっくりと開かれると、そこに体躯の良い紳士が現れ、円卓の陛下に向かって敬礼した。
「陛下、ハイラン公爵でございます」
「よく来てくれた。今宵は無礼講ゆえ、気楽にくつろいでほしい」
ハイラン公爵はミハイルさんの肩を軽く叩いて「良くやったぞ、ミハイル!」と褒めた後、こちらへとやって来る。
「お久しぶりです。師匠、奥様」
「ハイラン公も元気なようでなにより」
「今日はあなたにも会えて嬉しいわ」
両親と挨拶を終えると、ハイラン公爵は私の顔を見つめて優しく微笑んだ。
「エストお嬢様、我がハイラン家はあなたに大いに助けられております」
ハイラン公爵が胸に手を当て、私に丁寧に一礼した。
私はたまらず立ち上がり、「そんなことはありません」と恐縮する。
「お嬢様のおかげで病に苦しんだ者たちも皆、元気を取り戻しました」
それって壊血病対策のことだ、って思い出した。
お義父さまが一つ隣の席に移って、そこに座るように促すと、ハイラン公爵は私と並んで席に着いた。
「私も安心して旅立つ船を見送ることができます。エストお嬢様には感謝の言葉が足りないくらいです」
私がその丁寧さに困っていると、ミハイルさんが「父上、固すぎてエストさんが困ってるぞ!」と助け船を出してくれた。
「いや、これは失礼した! どうも我ら海の者たちはこういう場所が苦手で。船乗りまでみな家族と思って暮らすせいで、自然とその言葉が染み付いてしまう。一族を代表する者として、言葉に荒さがあってはいかんと意識しすぎたようですな」
その砕けた口調に、私は一気に和んだ。
「私はその話し方のほうが好きですよ」
「それはなにより。ミハイルから聞く以上に気さくなお嬢さんで、もっと早くに会って話すべきでしたな。あのじゃがいも料理はまさに絶品ですな。もはや我が家の名物となっておりますぞ。大陸北部に暮らす我らにとって、大いなる恵みになること間違いありませんな」
「良かった、気に入ってもらえたんですね」
「もちろんですとも。ミハイルから聞かされる度に、エストお嬢様を我が家に迎えたいと思っていましたが実物はさらに良いときている! っと、師匠の前ではしゃぎ過ぎてしまったようですな」
ミハイルさんのお嫁さんってこと!?
ちょっと焦ると、それをお義父さまがたしなめる。
「そう思ってくれるのは嬉しいが、それは当人同士の問題だ。ワシらは信じて見守っておればいい」
ハイラン公爵はお義父さまに向かって、両膝に手を置いて何のためらいもなく頭を下げる。
その姿があまりにも潔すぎて、ミハイルさんのお父さんだなと思う。
「全く、父上も先走らないで下さい!」
「ハハハッ、確かにその通りだ」
ハイラン公爵が私を見て一瞬微笑むと、覚悟を決めたような表情で立ち上がった。
「皇帝陛下とレオクス殿下に申し上げます。我がハイラン公爵家は皇室に忠誠を誓い、レオクス殿下を次期皇太子に推挙いたします!」
その言葉にレオさんは瞳を大きく見開き、陛下はゆっくりとうなずいた。
ハイラン公爵が一同の視線を集める。
「エストお嬢様が、陛下に奇跡を起こしたと聞いた時からそう決めたのです」
ハイラン公爵が満面の笑みで手を差し伸べた。
私はその手をつかみ、立ち上がった。
「こうすることで、あなたへの恩返しに少しはなったでしょうか?」
「それはもう、光栄過ぎてなんといっていいのか」
これでレオさんの皇太子問題が解決するんじゃないかと思うと、とても嬉しくなった。
私なんかがハイラン公爵を動かしたなんて、そんな大それた気にはなれなかったけど。
そんな私を勇気付けるように、バルマード様が私に茶目っ気たっぷりにウインクをして、シャンパンを手に立ち上がった。
「陛下、祝杯の音頭は私がとってもよろしいかな?」
「もちろんだ。この一日を余は忘れることはないだろう」
「では、レオクス君やノア君、ミハイル君にもシャンパンを開けてもらおう」
私がお義母さまにならってグラスを手にすると、ローゼさんもグラスを持って、私の方にグラスを合わせる仕草をした。
「気分だけでもエストさんと合わせておこうと思いまして」
「ええ、なんだか楽しい気分になります」
全員が席を立ったところで、バルマード様が高々とグラス掲げる。
「乾杯ッ!」
バルマード様の合図で宴が始まると、誰もが心から楽しんでいるのが伝わってくる。
晩餐会の途中、レオさんと二人きりになった時のことだ。
「エストさん、お礼を言わせてください。私はあなたと出会って良いこと続きなんです」
「えっ、私、なにかしましたっけ?」
「エストさんのそういうところが好きなんです。ご自分のことを少しも誇らないというか、素直といいますか」
「レオさんにはいつもよくしてもらってますけど、心当たりがなくて」
「今日だって、父上のことを治してくれましたよ」
「あ、あれは私もわからない内に起こったことです」
「もちろんそれ以外にもたくさんあります。エストさんはそのままでいいんです。そうやって私にたくさん貸しを作っておいてください。あとでそれを返していくのが楽しみです」
そんなレオさんの頬が少しだけ赤みを帯びて見える。
「もしかして酔ってます?」
「いえ、乾杯はしましたがシャンパンには口を付けていません。確かめてみます?」
レオさんがかがんで私に顔を寄せると、ほのかに甘い桃のような香りが漂う。
「私の願いは、ずっとエストさんのそばにいることです。本気ですので身の回りのことを片付けてから、ちゃんとした気持ちを伝えたいと思います」
「私なんかでよければ、そばにいさせてください」
レオさんが私の手を取ると、手の甲にそっとキスをした。
そのあまりに自然な仕草に、恥ずかしさよりも思わず見つめてしまった。
すると、レオさんが照れ笑いを浮かべた。
「あまり見られると緊張してしまいます。湖のことを思い出しながら、二度目なので失敗しないように気を付けたんです」
恥ずかしいのは私だけじゃないんだと思うと、なんだか気持ちが軽くなった。
「さあ、晩餐会場へ戻りましょう。私がエスコートします」
そんなレオさんに、私は微笑んで「はい」って答えた。
ーーーーーーー第3章終わりーーーーーーー
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
次章ではエストさんがいろんな経験を通じてさらに成長します。
レオさんやローゼさんの活躍、バルマード様に関わりが深い人が登場し、解決してないあれこれを書く予定です。
今回はしばらく(次章を完結させたいので)お休みになります。
よかったら下の☆☆☆☆☆で評価してね! 励みになります。
また次章でお会いしましょう。




