09 魔法と乙女の時間
二人きりで部屋に残った私は、ローゼさんの機転に心から感謝した。
「おまじない、すごく便利ですね!」
「弟とはいえ、ウィルも年頃ですから。そのうち自然に慣れると思いますよ。こんな風に少しでもお役に立てるなら、いつでもお手伝いしますね」
ローゼさんって、何だか魔法少女みたいで凄い。
「あの、ローゼさん。おまじないというか、魔法はアカデミーに入って覚えるものなんですか?」
「そうですね、魔法はいろいろな方法で学べますが、アカデミーで専攻するのが確実です。簡単に身につくものではありませんが、夕食まで少し時間がありますから、お話しくらいならできますよ」
「ぜひ、お願いします!」
私はすっかりその気にさせられる。
だって、おまじないの力があまりにも強力だから。
「エストさんには特別な才能を感じますので、神聖魔法をおすすめします。傷を癒したり、悪魔払いをしたりする教会が得意とする魔法です」
わーっ! 私でも頑張れば魔法を使えるようになるんだ。
神聖魔法って響きが綺麗ね。
ケガの治療ができれば人助けにもなるし。
⋯⋯でも、悪魔払いはいらない。
それを理由に、あちこち呼び出されるのはイヤだもの。
「ただ魔法を使えるようになるには、相当な覚悟が必要です。それに『魔道具』という便利な道具が広まっていて、たいていの方はそれだけで十分とおっしゃいますね」
確かにそんな便利な道具があった。
「話は変わりますが、私たちにとって十六歳の春に行われる正式な社交界デビューはとても大事なんです。この日を目指して、令嬢たちは皆、目立とうと必死なんですよ。一生に一度のことですから、お互い大事にしましょうね」
ローゼさんが私の手をそっと握って、真剣な眼差しで見つめてくる。
「乙女の時間は有限です。特にこの貴族社会においては、普通の方よりずっと短いことを意識しておいてくださいね」
それが私を想ってのものだと、心から伝わってきた。
だから絶対、忘れないようにしないと。
でも、私も魔法は覚えたい。
アカデミーと社交界を両立できるのなら、ローゼさんにその方法を教えてもらいたいな。
特にあの一発で冷静になる魔法とか、特に使えるようになってみたい。
あ、ローゼさんが私を見てニコニコしてる。
うーん。
表情に出てたわね、これ。
「あまり時間をかけずに魔法を覚える方法が一つだけあります。エストさんって、努力や根性には自信ありませんか? 私には、そんな芯の強い部分があるように感じられるんです。少し覚悟は必要ですが、やってみます?」
「使えるようになるなら、頑張ってみたいです!」
ローゼさんが誰もいないことを確認すると、指を鳴らして、部屋の全ての窓のカーテンを一瞬で閉めてしまう。
彼女が開いた両手から、パァーッ! って光が溢れて、一冊の白い本を手品みたいに取り出して見せた。
本は手のひらじゃなくて、その上にふわっと浮いてる⋯⋯。
「このことは二人だけの秘密ですよ」
ちょっと妖しい雰囲気を漂わせるローゼさんに、私はこくりと頷いた。
白い本は宙を浮いたまま、私の方にスーッと近付いてくる。
ローゼさん、イリュージョン過ぎ!
「では、その本を開いてみてください」
「あ、はい」
私が本を開いた瞬間、本が光と共にパッと消え去って、神聖魔法を一瞬で覚えた。
その魔法式が私の知識として刻み込まれる。
わっ、この本なにっ!?
前から知ってたみたいに、魔法の使い方がわかる!
魔法が使える気分になってきたけど、魔力ってのが全然足りてないのもわかるのね⋯⋯。
「その本はスキルブックという、世の中にほとんど出回っていないものです。存在を知られると、何年もかけて魔法を学んだ方ががっかりなさいますし、売ってほしいとおっしゃる方がしつこくお願いしてきそうですから、内緒でお願いしますね」
「そんな貴重なものを、私なんかが使って良かったんですか?」
「良いんです。だってエストさんは、その、大事なお友達ですもの」
「ありがとうございます! そう言ってもらえると嬉しいです」
ローゼさんの話だと、神聖魔法は教会がほぼ独占する、教会の商売道具らしい。
アカデミーで学んでも、教会に所属しなきゃいけないのをスキップできるから、スキルブックを使うならこれが一推しなんだって。
「初めから神聖魔法が使える者は、聖者とか聖女なんて呼ばれたりもしますが、個人的には生活魔法と同じくらい重宝しますねっ」
ローゼさんは楽しげだけど、『聖者』に『聖女』なんて、凄いワードが出てきた。
「私は少しお手伝いしただけですから、後はエストさん次第です。やりたいことを増やすなら、レベル上げが手っ取り早いですよ。レベルさえ上げておけば、大抵どうにかなるものです」
「レ、レベル上げですか?」
「はい。アカデミーでなら、少しお手伝いできることもあるかと。ところで、今年はアカデミーにご出席になりますか?」
「!?」
うおーっ!
アホ姫っぽさが出ないようにだけ気を付けてたら、私、ちゃんとウィル君やローゼさんと一緒に、十二歳からアカデミーに入学してるじゃない。
なんでそういう美しい思い出は、簡単に甦ってこないかなぁ。
それも何年間も無断欠席して、ひたすらウィル君との間に既成事実を作るために、訳の分からない修行に明け暮れてただなんて。
両親にはアカデミーに通ってるフリをして、その学費で忍者修行って。
この親不孝者! 私のバカ、アホッ。
⋯⋯しかも、ちゃっかりアカデミーに忍び込んでは、ウィル君に近付く貴族令嬢たちを、しびれ吹き矢で片っ端から狩ってるじゃない。
不自然にバタバタ女の子が倒れるさまが、アカデミーの怪談みたいになってるって、どんな黒歴史を積み上げてるの!
「もちろん今年からは、皆勤賞を取る勢いでアカデミーに出ます」
「では、一緒に頑張りましょうね」