10 過去と英雄譚
夕食会の時間になり、私はローゼさんと一緒に食堂へ向かった。
そこには豪華なテーブルが広がってて、私たちは静かに腰を下ろした。
バルマード様が執事に目配せすると、豪華な料理が次々と運ばれてくる。
長いテーブルの上座に四人で集まり、食事をしながら会話を始めた。
「エストちゃん、スレク男爵夫妻は元気で暮らしているかい? 困ったことがあったら、いつでも私に相談してね」
「はい、お義父さまとお義母さまは元気で暮らしています。温かい男爵家で暮らすことができて、とても満足してます」
私とバルマード様との間で、私の身の上話が始まった。
きっかけは、私がバルマード様に英雄譚を直接聞きたいとお願いしたから。
バルマード様は終始優しい口調で、私に真実を語ってくれた。
まさか私がその物語の中心にいたなんて、初めて知ったんだ。
驚くことに、バルマード様に救われた幼い女の子が、実は私だった。
過去にそんな辛いことがあったんだと同情していたら、それが自分の経験した現実として、鮮明に呼び起こされる。
あの時の恐怖、絶望、そして救いの瞬間が生々しく蘇ってくる。
--当時、魔王軍の侵攻で滅びたアリスタ侯爵家の唯一の生き残りだった私は、バルマード様に救われて、最も信頼できる剣の師である、今のお義父さまに預けられたんだ。
ローゼさんがハンカチをそっと手渡してくれた。
「私は、お父様の英雄譚の中でも、救出劇の女の子がエストさんのことではないかと思っていました。エストさんの芯の強さは、その辛い経験から来ているのではないかと。私が口を挟んでいいことか迷いましたけど、黙っていられなくて」
彼女の瞳が潤んでいるのを見て、私も涙が溢れそうになる。
バルマード様の英雄譚を愛読していたけど、悲劇のヒロインが自分だなんて思ったこともなかった。
そう、当事者であるバルマード様が、あの日の私の出来事を呼び起こしてくれたんだ。
--若き日のバルマード様の英雄譚と、私の記憶が重なって、私は心を震わせた。
◇◇◇
帝国が最も栄えていた時代、魔王軍が恐ろしい勢いで攻めてきた。
黒い雲が夜空を覆い尽くし、恐怖が人々に降りかかった。
その中でも、アリスタ侯爵領は特に被害が大きかった。
侯爵軍は勇敢に戦ったけど、圧倒されて街は混乱に呑み込まれていた。
お父さまは魔将軍に立ち向かい、お母さまは民を救うため、必死に避難の指示をしていた。
愛する家族や故郷を守るために、冒険者や市民も戦いに加わって懸命に抵抗した。
そんな中、バルマード様は恐れることなく単騎で駆けつけ、鍛え抜かれた剣術と強力な魔法で何百もの魔物を次々と倒した。
特に『オメガ』と呼ばれる伝説の剣を振るった時、その一撃は夜空を切り裂き、魔将軍を討ち取り、魔王軍の士気を完全に打ち砕いた。
その瞬間、暗闇に光が差し込んだ。
バルマード様が救ったのは、お母さまに逃がされていた幼い私だった。
あの時の私は、何も分からなかった。
バルマード様の腕に抱かれたあの温かさを、今、こんなにも鮮明に感じている。
英雄譚と私の記憶が噛み合うと、バルマード様の勇気に心が震える。
◇◇◇
私は現実に戻って、溢れる涙をハンカチで拭うと、ウィル君がそっと隣に来て優しく励ましてくれた。
「僕が来年成人したら、エストさんの家門の復興を手伝うから。だから元気を出してね」
ローゼさんも私を気遣ってくれる。
「向き合うには辛い過去かもしれないですけど、私にできることがあれば何でも言ってください」
私の好奇心が招いたせいで、楽しい夕食会をしんみりさせちゃったけど、バルマード様が姉弟の肩に手を置いて、こう語ってくれた。
「今日はエストちゃんの歓迎の宴だ。よく食べ、よく笑い、英気を養って人は前に進んでいくものだ。だからその気持ちを大切に、今日は大いに楽しみなさい」
これが帝国を何度も救った英雄の言葉だとみんなが感じて、ぱっと顔が明るくなった。
脅威は既に取り除かれ、さらなる危機が訪れても、最も頼りになる英雄と私たちは同じ食卓を囲んでる。
バルマード様にいわせれば、明るい未来を見ていればそれで良いんだと、その温和な表情が教えてくれる。




