87 温かな祝福
「これからもっと良くなって行きますよ! 私に何ができるかわかりませんが、レオさんのまわりにはウィル君やローゼさん、それに頼れるバルマード様。ここにいるみんなだっています。もっと肩の力を抜いてくださいね」
ローゼさんがレオさんの手にそっと両手を重ねた。
「レオさんはあの白姫から、情熱的なキスを受けたのですから。もはやその剣は、お父様を除いて帝国一と言っても過言ではないと思いますよ」
その瞬間、レオさんが飲みかけていたシャンパンにむせて咳き込んだ。
レオさんの頬が真っ赤になるのは、きっとお酒のせいじゃない。
ローゼさんの大胆なセリフに、セシリアさんがすかさず反応した。
「わ、私だってレオクス様、いえレオさんにキスしたいですわ! しゅ、祝福の意味ですわよね。やましくなんてありません」
ソフィアさんも頬を染めながらウィル君に近付く。
「そ、そのウィル君さえ良ければ、わ、私に祝福のキスをさせてもらえませんか?」
レオさんとウィル君が顔を見合わせ、戸惑いと照れが混じる表情を浮かべると、そこにミハイルさんが茶目っ気たっぷりに割って入る。
「お二人が羨ましいですなぁ! では俺はエストさんから、祝福のキスをおねだりしましょう」
その言葉に私が顔を熱くすると、レオさんの鋭い視線がミハイルさんを貫いた。
そこでレイラさんが、パンパンと手を叩いて場を収める。
「青春は大いに結構ですが、そんな甘酸っぱいキスを見せ付けないでくださいね! そんなの見ちゃったら、私だってバルマードの元に飛んで行ってしまいそうだもの」
その時、絶妙なタイミングでドアからバルマード様が入ってきた。
「何だか変な方向に盛り上がってるね。出直すことにするから、レイラのことをよろしく頼むね」
スッと出て行こうとするバルマード様の手を、レイラさんが素早く掴む。
「もう、私も我慢するからバルマードも帰らないの! でもそれって、みんなのファーストキスなんでしょ? 初めては二人っきりの時に、気分の上がった瞬間を狙うと盛り上がるんじゃないかしら」
レイラさんの言葉に、セシリアさんもソフィアさんも、そして私も息をのんだ。
女子たちが揃って唇に触れる中、ローゼさんだけが余裕ある表情を見せる。
ハッ!? そういえばローゼさんは白姫として、すでにファーストキスを済ませているんだ!
二人の情熱的なシーンを妄想した瞬間、ローゼさんの声が頭の中に響いてくる。
(もうっ、あれはノーカウントです! カウントするんでしたら、エストさんの中に眠る『力』を強引に使って、本当になかったことにしますよ)
プクッと可愛く頬を膨らませたローゼさんに、私は首を振って(もちろん、ノーカンです!)と心で返すと、彼女はすぐに笑顔に戻った。
ふと、ローゼさんが言った『力』のことが気になり、(えーっ! 時間まで戻せるの!?)と思った瞬間、ローゼさんの声が再び響いた。
(そこは順を追ってお話ししますので、深く考えてはダメですよ。エストさんの疑問が収まらないようでしたら、不本意ですがエストさんの本日の記憶を、おまじないで忘れてもらうことになりますけど)
私が(今のことは胸にしまっておきます!)と心の中で誓うと、ローゼさんが私にうなずいて、バルマード様の方へ向き直った。
執拗にキスを迫るレイラさんをバルマード様がその手で軽く制しながら、場を仕切り直す。
「今夜はレオ君やノア君にとって、実に喜ばしい一歩だね! 私もその輪に加わっても良いかい?」
その言葉に、レオさんとノアさんが憧れの眼差しを向けながら席を開けると、マリーが照れながらバルマード様にお辞儀し、椅子をそっと追加した。
そんなマリーにバルマード様が「ありがとうね、綺麗なお嬢さん」と笑顔を見せるから、マリーは顔を真っ赤にして、何度も頭を下げ、乙女の表情を浮かべながらヒルダの方へ戻っていった。
大人の魅力溢れるイケメンのバルマード様にそう言われたら、誰だって胸が高鳴って仕方ないはず。
そう思っていると、レイラさんがバルマード様の脇腹にポスッと軽く肘打ちを入れた後、レオさんとノアさんの肩をポンと叩いた。
「ねえバルマード。これからも二人が会える機会を増やしたいわ。あなたならできるわよね。うーん、月二回? やっぱり週に一回くらいが良いわね。賛成の人は、「はーい!」って手を挙げてね」
私は急いで手を挙げたけど、すでにみんなが一斉に手を挙げていた。
レオさんとノアさんは、バルマード様を少し照れくさそうに見つめ、ゆっくりと手を挙げた。
「ハハハッ。そのくらいなら私がなんとかするから、任せておきなさい! ⋯⋯でも、なんでそんな良いことにもっと早く気が付かなかったかね」
バルマード様が私を温かく見つめ、こう続けた。
「あー、なるほど。エストちゃんには不思議な力があるからね。娘みたいに若返ってしまったけど、レイラが帰ってきてくれたのは嬉しい。レオ君やノア君がこうやって会えることも、そして二人を実の息子のように思えるのも、その全てを幸せに感じられるね」
豪快に笑うバルマード様の肩に、照れたレイラさんが強めに肘打ちすると、無敵のバルマード様が身体を後ろへ仰け反らせられる姿を、初めて見た。
私やレオさんを始め、ウィル君やミハイルさんも驚いている。
バルマード様は何事もなかったように、シャンパングラスを手にレオさんやノアさんと乾杯を交わす。
二人の兄弟の瞳が、まるで本当の父を見るように輝いて笑みがこぼれた。
ヒルダやマリーの方を見ながら、二人にもこの輪に加わって欲しいと思っていると、そんな私の気持ちをバルマード様が察してくれる。
「もし良かったら、ヒルダやマリーちゃんも一緒に席を囲んでくれないかい? その方が私としても嬉しいし、こういう時こそ賑やかな席にしたいと、レオ君やノア君も思ってくれるよね」
「それは良いですね。さあ、ヒルダさんもマリーさんもどうぞこちらへ」
「もちろん俺も大歓迎です」
その言葉にマリーは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに恐縮する。
そんな彼女を慣れた様子でヒルダが連れてくると、私は二人に手を振って隣に座るように促した。
私を挟むようにヒルダとマリーが並ぶと、男爵家で同じテーブルを囲みたいって思っていた、夢が叶ったような気分になる。
「お嬢様、その、お隣に失礼します」
「マリーと一緒に祝えるなんて嬉しいわ。もちろん、ヒルダとも同じ席を囲みたかったの!」
「お嬢様にそう言っていただけて光栄です」
宴は笑い声と温かな空気に満ち溢れ、私は最高の気分に浸りながら夜がふけるのを早く感じた。