88 宮殿へ
パーティーから数日後、公爵家でディナーを楽しんでいると、バルマード様がどこか言葉に詰まるような、微妙な表情を浮かべたのが気になった。
「どうかしたんですか、バルマード様?」
「あ、いやね。あれから陛下が武闘大会のことを大層喜んでね」
ミハイルさんが嬉しそうにコーヒーカップを置く。
「おお、皇帝陛下がそれほど。これは参加した甲斐がありましたね」
高ぶるミハイルさんとは反対に、レオさんの表情が少し曇る。
「バルマード様、私から話しましょうか?」
「いやいや、気を使わせてしまったねレオ君。今回は君たちが主役だから、もっと気楽に構えていて欲しいんだ」
ウィル君も知っているみたいだけど、陛下が関わることって何だろう。
すると、バルマード様がゆっくりと立ち上がって、穏やかに語り始めた。
「エストちゃんとミハイル君には、もっと早く話すべきだったね。今度、宮殿で君たちの勲章授与式が決まったんだ。陛下が君たちの見せた素晴らしい戦いを、直に讃えたいと言うのでね。それも全員がアカデミー出身者でありながら、Sランク冒険者という快挙まで成し遂げたんだ。同時にその表彰式があると思って欲しい。って堅苦しくごめんね」
「私たちがあの、アルテ・ノウエル宮殿に招かれたってことですか?」
これってレオさんやノアさんのためになるんだよね。
だったら行かなきゃ。だって二人の役に立ちたいもの。
あっ、でも宮殿に着て行くドレスなんて持ってない!
その不安が顔に出たのか、レイラさんが「アカデミーの制服で大丈夫よ」と教えてくれた。
バルマード様は「私も参加するから、そう難しく考えないで欲しい」と、優しい目をした。
そんなバルマード様には、いつも安心させられてしまう。
ローゼさんがバルマード様を好きすぎるのもわかる。
包容力が凄すぎて誰だって好きになると思うし、私も大好きだ。
ローゼさんがそんな私を見て、にこりと微笑んだ。
彼女と一緒にいると、安心感があって心地良く感じる。
そう思うと、ローゼさんの頬が淡く桜色に染まった。
「エストさんは私の大切な親友ですもの」
「もちろん私もそう思ってます」
二人でクスクス笑い出すと、バルマード様やみんなまで笑顔になる。
「私の考えすぎのようだったね! 少し過保護になりかけていたけど、みんな着実に大人になっているんだ。これからはもっと素直に伝えるようにするよ」
そんなバルマード様にレイラさんがピトッと寄り添うと、慣れないのかバルマード様の目が急に泳ぎ出した。
なんだか先生と生徒が付き合ってるみたいで、そんな姿が見ていて楽しい。
「レ、レイラ。何もしないでおくれよ」
「もう、バルマードったらすっかり警戒しちゃって。人前では何もしませんよ。二人っきりの時に、思いっきり楽しみましょうね」
レイラさんは言うこととやることが、まるで噛み合っていない。
バルマード様に手を回したりして、しっかりちょっかいを出すけど、バルマード様は困った顔でレイラさんをやんわり押しのけている。
公爵家の夜はいつもの温もりに包まれながら、時間が過ぎるのを早く感じた。
この輪の中にノアさんがいたら言うことないって、そんな日が来るのを願ってしまう。
私は陛下に謁見することを、真っ先に男爵家の両親に伝えた。
最初に頭を撫でてくれたのは、お義父さまだ。
「ワシも大会で戦うエストを見て、誇らしく思ったぞ。あれだけ見事な姿を見せれば、陛下に気に入られるのも当然だ。大事な娘だから、よこせと言われてもくれてやる気はないがな。ハハハッ!」
そのご機嫌な顔を見ていると、お義母さまが私の手を優しく撫でてくれる。
「私は危なっかしくて見ていられなかったけど、エストの選んだことですもの。だから身体には気を付けて、いつまでも元気でいてね」
二人の愛情を嬉しく思っていると、マリーやヒルダも祝福してくれた。
「お嬢様、本当にすごかったです! それとこの前みたいなパーティが、またあるといいですね」
「男爵家も使用人が増え、とても賑やかになりました。新しく入ってきた子たちも、お嬢様がデザインした服に喜んでいますし、みんな真面目に働いてます。もちろん私も日々を楽しませてもらってますよ」
素敵な両親に恵まれ、今ではマリーやヒルダとも家族のように親しく過ごしている。
こんなにも気安い関係になれるなんて。
これもみんなが私を支えてくれたおかげだ。
ーーこの屋敷で目覚めて、いろいろあったことがもう遠い昔みたいだ。
心からくつろげる我が家のことを、これからも当たり前に思わないよう、この日々に感謝しなければとあらためて思った。
数日後、公爵家の馬車に揺られ、ついに宮殿へとやって来た。
実はマクスミルザー公爵家は宮殿の隣にあるから、お屋敷からはこの宮殿がよく見える。
でも、実際に入り口の前に立つと、その壮麗な雰囲気に圧倒されてしまう。
私はレイラさんの後ろについて中に入るけど、一人じゃ絶対無理って感じ。
使用人のほとんどは貴族だそうで、ピシッと整列してお辞儀してくる姿に気圧されそう。
でも、そこでレイラさんがお手本になってくれるから、真似るだけで助かった。
そして、たどりついた謁見の間は豪華絢爛の一言。
壇上の玉座には、皇帝陛下が和かな笑みを浮かべ、隣に座るリンシア皇妃は少し不機嫌そうな顔をしていた。




