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86 サプライズ

 カフェに場所を移した私たちは、レオさんの到着を待ち構え、すべての明かりを消して息をひそめていた。

 薄暗い店内に漂う、独特な緊張感と高揚感が一つに混ざり合った空気。


 ノアさんやミリアさんも、その雰囲気を心から楽しむように囁き声を交わし、互いにくすっと微笑み合っていた。


 私が気になって、そっとカーテンの隙間から外をのぞこうとすると、ウィル君が小声でたしなめる。


「それじゃバレちゃうよ、エストさん」


 私は慌てて頭を下げ、両手を合わせて「ごめんなさい」と返す。

 ここに集まってくれたみんなの努力を無駄にしないよう、気をつけないと。


 一方、レイラさんは壁に近づき、隙間を見つけて外を覗こうとしたけど、ヒルダに注意される。


「レイラ様、公爵家の建物にそんな手抜きがあるはずありません」

「あら、残念だわ。ねえヒルダ、この壁に小さな穴を開ける道具はないかしら?」

「音でバレます。それに開店前のカフェを傷つけないでください」


 レイラさんとヒルダの軽妙なやりとりに、店内に小さなくすくす笑いが広がり、緊張が一瞬和らいだ。

 その時、「ヒヒーンッ!」という馬のいななきと、馬車が停まる音が響いてきた。


 外からレオさんとローゼさんの話し声が聞こえてくる。


「ここで間違いありませんか?」

「ええ、これから秘めごとをするのに、ちょうど良くありません?」

「わ、私は何もする気はありませんからね。そもそも湖でも、エストさんと景色を楽しんできただけですから」


 その言葉に反応するように、ノアさんが私の耳元で囁いてきた。


「エストさんって、兄さんとデートする仲だったんだ。ねえ、どこまで進んでるの?」


 私は顔が熱くなるけど、湖のことを思い出しながらノアさんに答えた。


「何も進んでませんし、湖では景色を観ながらお茶しただけです」


 ⋯⋯ボートに乗ったりと素敵な思い出はできたけど。


 そう思っていると、ウィル君がひそひそと囁く。


「今度は僕とも行ってくださいね。あの美しい景色にエストさんが佇む姿を、僕も見たいですから」


 そこにヒルダが、声が外に漏れないよう注意した。


「みなさんそろそろ位置についてください。せっかくのサプライズが台無しになりますよ」


 私たちは足音を立てないよう慎重に待機し、ドアが開く瞬間を今か今かと待った。

 カチャッという小さな音と共に、ランプの明かりが柔らかく室内に差し込む。


 レオさんらしい長身の人影がカフェに入ってきた瞬間、持ち場についた人たちが一斉に照明を点け、カフェは温かい光に包まれた。


 目を丸くするレオさんに向かって、私たちは一斉にクラッカーを鳴らす。

 パァーンという音と共に、色とりどりのリボンが宙を舞い、レオさんが驚いた。


「い、一体、どうしたんですか?」


 そこへ大きな花束を抱えたノアさんが進み出て、レオさんに満面の笑みで告げた。


「優勝おめでとう、兄さん! 俺も直接応援したかったけど、みんなから話を聞いて、この瞬間を待ってたんだ」


 レオさんが花束を大切そうに抱えながら、私たちに向けて答えた。


「みんなありがとう! こんな祝い方って、もう最高としか言いようがないじゃないですか」


 レオさんのサファイアのような瞳に薄く涙が浮かぶ。

 それを隠すように袖でそっと拭うと、彼の後ろからローゼさんが現れ、花束に優しく手を添えた。


「この花束は私が飾りましょう。積もる話もあるはずです。さあ、みんなの中心にある席におかけになってくださいね」


 そう微笑むローゼさんは、花の妖精のように愛らしい。

 レオさんは彼女に丁寧に礼を言い、ノアさんと共に席に着く。

 私は祝福のシャンパンを開け、「おめでとうございます!」と二人のグラスに注いだ。


 そのまま同席することになったけど、他にふさわしい人がいるんじゃないかと少し気後れしてしまった。

 そんな私にノアさんが温かい笑みを浮かべた。


「ねえ聞いてよ、兄さん! エストさんのおかげで今日はたくさんの友達ができたんだ。ミハイルさんにグランハルトさん、そして、揃いも揃って美女ばかりのセシリアさんにソフィアさん、アンリエットさんにヒルダさんやマリーさんまで。みんなエストさんが誘ってくれたんだ。こんな華やかな女の子たちに囲まれてるなんて、兄さんも隅におけないなぁ!」


 弾けるようなノアさんの笑顔に、レオさんの顔も柔らかくほころぶ。


「エストさん、いつも私はあなたに嬉しくさせられていますね。みなさんとこんな素敵な時間を過ごせるなんて、ありがとうございます」


「あ、いえいえ。私はみんなに声をかけただけで、このサプライズを準備してくれたのは、レイラさんやローゼさんに、ここにいるみなさんです」


 ミリアさんと並んで座るレイラさんが、私の言葉に首を振った。


「レオ君やノア君も、ここにいるみんなをこんなにも身近に感じられるのは、全てエストさんのおかげだわ。レオ君やノア君、それにみんなのことを、こんなに身近に感じられるようにしてくれたんだもの。そんなエストさんの人柄をすっかり気に入ってしまったわ。くだけた話し方も好き。ね、ミリアさんもそう思うでしょ?」


 ミリアさんがレオさんに、ほんの少し照れた様子で尋ねた。


「わ、私もレオクス第一皇子を「レオ君」って呼んで、良いのかしら?」

「もちろんです、ぜひそう呼んでください! ノアのお母様は、私にとっても母上も同然なのですから」


 レオさんの返事に、ミリアさんの顔がパッと明るくなると、ノアさんが彼女の肩にそっと手をかけた。


「もうホントに今日という一日が特別で、一気に世界が変わったみたいだよ! ねえ兄さん、俺は離宮の生活に不満はないんだ。だからそれを気負わないでほしい。これからは、兄さんの自由に過ごして欲しいんだ」


 私も心から、レオさんにはもっと自由になってほしいと思う。

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