84 離宮へ
武闘大会から数日後。
私がヒルダやマリーたちと、新たなカフェの開店準備を進めていたら、突然、レイラさんが訪ねてきた。
「えっ、レオさんにサプライズですか!?」
「うふふ。内緒でやるのって、エストさんも少しワクワクしないかしら」
レイラさんが笑顔で答えると、他の店から、カフェのスタッフたちが次々とやってきて、急ピッチで店内の準備を始めた。
私がその手際の良さに圧倒されていると、レイラさんに手を引かれる。
「ねえエストさん! 何も言わずに私についてきてほしいの」
私はレイラさんにうなずいて、馬車に乗った。
少しずつ皇都から離れていくけど、どこに行くのかは教えてくれない。
「あの大会を見ていて気になったんだけど、白姫のことを聞いていい?」
「私は観客席から見ていただけですよ」
「ねえ、あれってローゼなんでしょ?」
レイラさんの鋭い指摘に、私は思わず驚いた。
「あら、ローゼから口止めされてるの? だったら、直接聞いてみるわ」
この行動力! ⋯⋯どうせバレるし。
「はい、ローゼさんが白姫です」
レイラさんはローゼさん以上に面白がってくるから、ここで話題を逸らさないと。
そう考えている間に、次の言葉がきた。
「ねえ、ローゼって私のことを手のひらの上で遊んでる感じでしょ? あの子って妙に大人びてて、色気もあり過ぎるのよね。もうバルマードの前で、私が子供っぽく見えてるんじゃないかって、気になって仕方がないのよ」
ローゼさんって絶対、年相応の色気じゃないです。
上品な大人の色気と、たまに見せる可憐な美少女って感じの、あの使いこなし術。
⋯⋯私だって自分が時々、イモっぽく見えてないか気になるもの。
「そこは激しく同意しますけど。バルマード様の最愛の人はやっぱりレイラさんだと思いますよ。だってバルマード様は、レイラさんと話す時だけ目が泳いでいますから」
レイラさんがバシッ! と私の肩を叩いて、照れた乙女の顔を浮かべた。
「あらそうなのね! 自分でわからないことは、やっぱり聞いてみることね」
「バルマード様にとって、今の若々しい姿のレイラさんは、初恋の頃の淡い気持ちを思い出すでしょうから、きっと恥ずかしさがあると思いますよ」
「やっぱりエストさんは私の心のオアシスね! 欲しい言葉をすぐにくれるんだもの。そう見られてるって思うと、なんだか自信が湧いてくるわ。バルマードには、初々しい気持ちを思いっきり味わって欲しいもの。うふふ、これからは新妻気分で積極的に迫ってみることにするわ」
レイラさんってこの軽さがなければ、皇都一の美少女って気がする。
申し訳ないけど、ローゼさんやウィル君とは姉弟にしか見えないし、私だって、同級生くらいの子と話してる感覚になっちゃうもの。
「あーん、もうエストさんが私の娘になってくれないかしら! ウィルのことは嫌いじゃないのよね? 二人はまだ、お付き合いはしてないのよね」
レイラさんの言葉に、思わず吹き出しそうになるのを必死で耐えた。
とその時、大きな門の前で馬車が止まり、ウィル君が乗ってくる!
「えっ、エストさんも一緒だったんですか!?」
驚きを隠せないウィル君に、レイラさんがクスッと笑みをこぼした。
「あら、ウィルにも良いサプライズになったかしら。若いって良いわね、年頃の男女が一緒にいるだけで青春って感じがするもの」
そう語るレイラさんも、同じくらい若いんですが。
今度は、ウィル君との仲をレイラさんが攻めてくるかと構えていると、立派な宮殿の前で馬車が止まった。
ウィル君がレイラさんに尋ねる。
「門の前で待ってたのに、離宮の入り口まで馬車って、乗る意味あったの?」
「良いじゃない、短い時間でもエストさんと相席できたんだから。それとも入り口に待たせた方が良かった?」
そう返されて、ウィル君は誤魔化すように首を振った。
私は二人の後について、中へと入る。
派手さはないけれど、丁寧に手入れされた広々とした美しい建物。
でも、人の気配がほとんどなくて、どこか寂しい気持ちになった。
そう感じていると、クリーム色の髪をした美青年が階段を降りてきた。
「公爵家に戻られたばかりなのに、いつも訪問して頂きありがとうございます。レイラ公爵夫人」
そう挨拶して、胸に手を当て礼をした、この細身の美青年を私は知っている。
乙女ゲーム『レトレアの乙女』で設定だけある、レオさんの弟のノア皇子だ。
ノア皇子はウィル君とも挨拶をかわし、次に私に微笑んだ。
「こちらの美しいご令嬢は、どなたでしょう?」
レイラさんがその問いに答えようとした瞬間、私は急いで自己紹介をした。
私の感覚が変かもしれないけど、レオさんの弟に、『男爵令嬢』って堅苦しく呼ばれるのがどうしても嫌だったから。
「初めまして、スレク男爵家のエストです。その、男爵令嬢って慣れてないので、ぜひエストと呼んで下さい!」
勢いよく前に出たのがいけなかったのか、ノア皇子は目を丸くして私を見つめた。
すると次の瞬間、パッと花が咲いたような素敵な笑顔を浮かべる。
「あなたが兄さんから、ずっと聞いていたエストさんですね! あ、失礼、スレク男爵令嬢。⋯⋯と、そう呼んではいけませんでしたね。一体、どうお呼びすれば?」
「エストでいいでしょうか? 私もノア皇子をノアさんって呼びたいです」
そう答えると、ノア皇子は顔に手を当てて、しまったという表情をした。
そのあと、すぐに背筋を伸ばして私に会釈を返す。
「これは失礼しました。自己紹介がまだでしたね。つい、兄さんが楽しげに話す姿を思い出してしまったもので。私はノアです、すでに公爵夫人かウィル公子から、聞いていたのですね」
しまった!
私は前世の知識でそう呼んでしまったけど、レイラさんやウィル君になんて言おう。




