65 とっておきのおまじない
そんなことまで載ってるの!?
心の中で突っ込みながらも、「アホ姫」って言葉に少し気が引き締まる思いがした。
今はもうアホ姫じゃないかもしれないけど、私の中にはそのDNAがちゃんと宿ってる。
過去の自分を思い出すと、ちょっと笑えてくるけど、これからも成長していかなきゃって気持ちが湧いてきた。
「ローゼさんが羨ましいなぁ。私もローゼさんみたいに、優雅で気品ある女性に一度くらいはなってみたいです」
その言葉に、ローゼさんが金色の瞳を輝かせる!
「なってみたいのですね? 私もエストさんのように、優しくて気さくな女の子になってみたいですよ」
「あはは、絶対私なんかより、ローゼさんの方が良いですって。寝てからローゼさんになった夢でも見てみますね」
そう言った私に、ローゼさんが少し妖しい笑みを浮かべる。
私、なにか地雷踏んだ!?
「エストさんの気さくな魅力を、私も体験してみたいわ。お互い、同じ想いだったという事で安心いたしました」
「えっ、どういう」
「何も私のおまじないは、何もバケツの水をかけるだけじゃないんです。エストさんが私になってみたいなら、とっておきのおまじないで、ちょっとだけ入れ替わってみましょうね」
そう私の耳元で囁き、ローゼさんが『全知の書』をそっと手に持つと、本がキラキラと輝き出した。
なんだか目が離せない!
「気持ちが通じ合っているんですもの。一度は入れ替わってみるのも、良いかもしれませんね」
ーーローゼさんが微笑んだ瞬間、まばゆい光で視界が失われた。
ぼんやり周りが見えてくると、私の目の前に淡い金色の髪をした女の子が、こっちを見てた。
って、そこにいるの私じゃん!
穏やかな笑みを浮かべたエストが、私の頬を優しく撫でると、「うふふっ」って笑った。
「あらためて見ると、鏡とは違って興味深いものですね、ローゼさん」
そのエストの言葉に、私は慌てて手のひらを見ると、今までなかった大きな胸のせいで、下の方がよく見えない!
目の前のエストが手鏡を取り出して見せてくれる。
わ、私の顔がローゼさんになってる!?
「あら、お顔だけじゃなくて、いろいろローゼさんになっていますわね。うふふ、エストさんの身体には、なんだか不思議な力が宿ってる気がしますわ」
い、入れ替わったのっ!?
目の前のエストがこう話して来た。
「この身体になって初めてわかったのですが、日本という場所は本当に面白いですね」
えーっ!
私、ローゼさんになっちゃってるの!?
ど、どうしよう、この魅力、扱いきれなくない!?
うわ、ローゼさんの身体ってとても軽やかで、ジャスミンの香りがすごい!
「それでは、しっかりローゼを楽しんでくださいねっ。私もエストさんを存分にエンジョイしたいと思います。特に、エストさんならお父様ともっと気楽に話せる気がします」
次の瞬間、エストになったローゼさんが軽快に部屋から出て行った。
って、どこに行くの!?
あれ!? 急に睡魔が襲ってきて、まぶたが重くて開けてられない。
ローゼさんになって、こんなに素敵な気分なのに。
そういえばローゼさんは、私と違って夜更かしなんてしないから、いつも寝るのが早いんだ。
ローゼさんのジャスミンの香りに包まれたベッドで、ふぁ〜。
寝ちゃって⋯⋯すーっ、すーっ。
◇◇◇
初めまして。
エストさんと入れ替わってる、ローゼです。
これから早速、エストさんとして動いてみようと思います。
「乙女の時間は有限ですもの、有効活用しなくてはいけませんね」
そう思い立って最初に訪れるのは、もちろんお父様、いえ、バルマード様の寝所です。
コンコンとドアをノックすると、バルマード様の声が返ってくる。
「誰だい? 空いてるから入っておいで」
ゆっくりとドアを開けて静かに室内に入ると、私は背中でそっと入り口を閉じる。
「おや、エストちゃんじゃないの? 何か用があるんだったら呼んでくれれば、いつでも行くんだけど」
長椅子に腰掛けるバルマード様に、私は無邪気に微笑みながらこう囁いた。
「今夜はレイラ夫人ではなくて、残念でしたか?」
「え、何を言ってるんだい、エストちゃん」
驚いた顔のバルマード様もまた愛らしくて、私はついつい、そばへと歩み寄った。
「実は寂しい気持ちになってしまい、よろしければお願いを聞いてもらいたくて」
「そ、そうだったんだね、何でも良いから言ってごらん」
包容力溢れる姿で両手を広げたバルマード様に、私はさびしげな表情でこう漏らした。
「辛い記憶を思い出すと、家ではお義父さまに添い寝をして励ましてもらっています。私の言ってることは子供っぽいでしょうか?」
戸惑いながらも、必死に応えようとするバルマード様がまた愛おしい。
「え、あ、師匠がそうしてくれるんだね。全然子供っぽくなんかないさ、だけど私じゃ役不足じゃないの?」
「そんなことはありません! この天下にバルマード様ほど頼りになるお方は他におられません。私はただ、横に寝せてもらえばそれで安心するんです」
すがるように手を合わせた私に、バルマード様は周囲をキョロキョロとみまわす。
「でもさ、ほら私だって一応、独身なんだよ。それに師匠が大事にしてる、箱入り娘のエストちゃんを、私と同じベッドに入れるなんて、師匠に示しが付かないというかだね」
目をパチクリさせるバルマード様に、私は少しだけ寂しげに微笑んだ。
「そうですわね。帝国の英雄であるバルマード様にたいして、お義父さまのように、クマのぬいぐるみのような抱き枕になって下さいと、頼むほうが間違っていましたね」
「く、クマのぬいぐるみなのかい?」
「ええ。私が不安な時にはいつもそれを抱いて眠ることができた、大切なクマさんです。でも、一度無くしてからは、別のクマさんでは少しも眠れなくて。それでお義父さまが、「ワシがエストのクマさんになってやるぞ」と、そう言ってくださってから、これまで安らかな眠りについてきました」
クマのぬいぐるみといわれて、自分がそのクマさん役になれば、私が安眠できるか悩んでいるバルマードの表情が、慈愛に満ちていて素敵だわ。
あと一押しね、うふふ。




