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64 湯上がりの楽しみ

 その日、カフェでの仕事を終えた私は、公爵家にいた。

 今ではすっかり、第二の我が家のよう。

 私を娘同然に扱ってくれるバルマード様には、本当に感謝してる。


 夕食を終えた私は、いつものようにローゼさんと一緒に、一階にある大浴場へと向かった。


 脱衣所に足を踏み入れると、椅子の並んだテーブルの前に大きな鏡があって、その豪華な雰囲気には、毎回感心させられる。

 髪に付けるオイルや、シルクのバスローブまで揃ってるんだから、さすがバルマード様のお屋敷よね。


 視線を移すと、飲み物を冷やす硬質ガラス製の冷蔵庫があって、中にはビンに詰められたサイダーやミルクコーヒー、フルーツミルクが並んでる。

 風呂上がりにどれにしようか、今からちょっと楽しみ。


 磨りガラスのドアを開けると、長方形の温泉が広がってて、まるでリゾート施設みたいだ。

 豊富な湯量で湧き出るお湯は天然温泉で、美肌と保湿の効果があるって聞いてるから、私はここに泊まる時は、絶対にお風呂を欠かさないようにしてる。


 だって、日本人だもの。


 ハーブ石鹸もいろんなのが用意されてて、ローゼさんはジャスミン、私はラベンダーを愛用してる。

 全身を洗い流してからお湯に浸かるのが、私たちの流儀だ。


「エストさん、ちゃんと肩まで浸かるのですよ」


 ローゼさんの声が湯気の向こうから聞こえてくる。


「湯気でほとんど見えませんけど、ローゼさんの浸からない胸は反則だと思います」


 私がちょっと羨むと、ローゼさんが笑いを含んだ声で答えた。


「お父様はサウナ派なのでご一緒することがなくて残念ですが、混浴する時は水着を着るのがマナーですね。うっかり鉢合わせたとしても、都合の良い湯気が隠してくれるので問題ありません」


 湯気のおかげで、ローゼさんの抜群のプロポーションが見えない。

 どんな身体を目指せば良いのか、知りたいんだけど。


「ローゼさんの顔以外が、見えにくいのはそのせいです?」


 ローゼさんが楽しそうに返してきた。


「私は魔法でも隠せるので、どちらかはご想像におまかせしますが、エストさん的にはうっかりウィルやレオさんが入って来る方が、嬉しいのではありませんか?」

「み、水着も用意してないといけませんね!」


 後で水着を注文しなきゃって思いながら、私は風呂上がりに脱衣所でバスローブを羽織った。

 鏡の前でコーヒーミルクを手に持つと、冷たい甘さが疲れを癒してくれて、ほっと一息つける。

 こんなお風呂タイムを過ごせるなんて、なんだか極楽気分だ。


 ほてった身体で客室に戻った私は、パジャマに着替えてから、いつものようにローゼさんの部屋に立ち寄った。


 天蓋付きのベッドに二人で座って、ガールズトークを始めるこの時間が大好き。

 中学の修学旅行で、先生の目を盗んでクラスの子と話したあの時みたいで、なんだか懐かしい気持ちになるんだよね。


「エストさんは、レオさんやウィルにミハイルさん、どなたに興味がありますか? 私としては、お父様のような方にしか興味はありませんので、逆ハーレム状態を拡大していくのは賛成ですよ」


 ローゼさんは、いきなりぶっ込んでくるなぁ。

 長湯したせいか、なんだかドキドキが止まらない。


「そんなこと私にできるわけないじゃないですか。すごい魅力と包容力を持つローゼさんなら、逆ハーレムも可能かもしれませんけど。というか、ローゼさんがバルマード様を好きすぎるのは、ファザコンの域を超えてますよね?」


 軽く反撃してみたけど、あっさり受け流される。

 そもそも恋愛なんてしたことないし、好きですっていった後、気まずくなるって考えるだけで、恐ろしいんだよね。


 ローゼさんはちょっとだけ切ない表情を見せながら、頬杖をついた。


「私はお父様と一緒に暮らせれば、それだけで幸せなのです。娘としては愛されてますし、お父様の再婚はいくら相手が皇帝陛下のご紹介であっても、全力で阻止してみせます」

「バルマード様がお父さんだなんて、魅力的過ぎますよね。それもローゼさんは、人生分だけ、あんなに素敵な方を見てきたんですから」


 私の言葉にローゼさんが食い付いてくる。


「さすが、私の大親友のエストさんです。これは不謹慎発言になりますが、お父様のお母様への愛がいまだに強く、いくら見た目でお母様を上回れるように努力しても、内面でお母様には勝てないのです。娘なのに何を言ってるんだかって、思われても仕方ないですけど。私だって、お父様の愛が欲しいんですっ!」


 ローゼさんのバルマード様への愛が熱すぎて、なんだか爆発しそう!


「私も少しは女性らしく見られたいという願いは、ワガママでしょうか?」


 ⋯⋯な、なるほど、そっちね。

 そのしおらしさに、ローゼさんの深い思いが滲んでるみたいで、少し胸が締め付けられる。


 ローゼさんは子どもの頃のままの優しい眼差しじゃなくて、一人の女性として認めてほしいだけなのね。

 すっかりバルマード様を攻略するつもりだと思ってたから、ちょっと安心した。


 すると、ローゼさんは右手に透けて見える手帳みたいなものを、スッと取り出してみせた。

 私はその不思議な手帳に、つい手を伸ばしてみたけど指先がスッと突き抜けてしまう。


「あらエストさん。この本のサイズがわかるくらいには成長してるんですね。これは『全知の書』という便利な魔法の本です。調べ物には便利ですね。内容はその都度変わっていくので、今のエストさんは「アホ姫」の二つ名が過去のものになったと記されていますよっ」

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