表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/92

60 最高の調味料

 グランハルトもミルフィーユを皿に取ると口へと運んだ。


「!? 言葉にならないとはまさにこのことだ。こんなに美味しいものは初めて食べる」


 レオクスもまたマカロンを手に取って口にした。

 その瞬間、あまりの美味しさに彼は言葉を失った。


 これまで彼は、その立場ゆえに数々の美食に触れる機会はあったが、これほど心を揺さぶられたのは初めてだった。


「これは絶品です、ローゼさん! 他にもいろいろいただいてみます」


 エストもローゼのお菓子に舌鼓を打つ、幸せそうな様子を眺め、満足げにケーキを自分の皿に載せた。


「手が止まらなくなりますね!」

「まあ、みなさんにそのように褒めてもらえるなんて、これは出し惜しみをしている場合ではありませんね。良かったら、飲み物の方もぜひ」


 ローゼは香り高いコーヒーを丁寧に淹れながら、優しい眼差しで賑やかな食卓を見つめていた。


 ーーその時、彼女の胸に浮かんだのは、母レイラを失った後も笑顔を絶やさず、辛い顔一つ見せなかった父、バルマードの姿だった。




 幼き日のローゼは父を元気づけようと、パティシエからお菓子作りを学び、毎日のように父の食卓へと運んだ。

 どんなに下手でも、バルマードは喜んで食べてくれた。


「ハハハッ、ローゼは将来、お菓子屋さんにでもなるのかい? 美味しいから、いくらでも運んできなさい」

「お父様、ほんとうにおいしい? 私が味見したときは、しっぱいしたって思ったのに」

「私がローゼに嘘を言ったことなんてないだろう? ローゼが笑顔でいてくれれば、それが何よりの調味料さ」


 自分で食べても美味しくないとわかっていたローゼは、父を幸せにできる料理を作りたいとひたむきに願った。


「神さま。だれもがおいしいって、たべてくれるお料理をつくれるようになりたいです」


 すると奇跡が訪れた。

 ローゼはスキルに目覚めたのだ。


 幼い彼女が手に入れたその力は【最高の調味料】。

 心を込めれば込めるほど、どんな料理も比類なき完成度に仕上がる。


 その力で作ったお菓子は、父から最高の笑顔を引き出した。


「これは、なんて美味いんだ! ローゼは世界一のお菓子屋さんになれるんじゃないかな。作っているローゼの姿を思い浮かべると、なんだか心があったかくなるね」


 そんな父をさらに喜ばせたいと、彼女は料理長に料理を教わり、覚えた技術を完璧に再現した。

 心を込めて作った料理をバルマードに食べさせると、その美味しさに感動した父は最高の笑顔で褒めてくれた。


「これほどの美味を味わったのは、人生で初めてじゃないかな。いやぁ、こんな料理を作ってくれるローゼをお嫁さんにできる幸せものが、私には羨ましいね」


 だが、そこで一つ問題が生じた。

 料理長はバルマードの食卓に必ず付き添い、その様子を見守っていた。


 バルマードが「最高」と褒めた味に、料理長は「ぜひとも、一口私にもいただけますか?」と尋ねた。


 心の広いバルマードは、愛娘の料理を「ぜひ君も食べるべきだ」と勧める。

 料理長が一口味わった瞬間、これまでで最高の感動が彼を襲い、「こんな旨いものがこの世にあったのか」と大絶賛した。


 ⋯⋯問題はその後の行動だった。


「未熟な私はもう一度、修行をし直して参ります」と、バルマードに職を辞すと告げたのだ。


 驚いたローゼは「やめないで!」と彼の袖を掴む。

 彼女の料理の味はスキルによるもので、料理長がどれだけ修行しても到達できない領域だった。


 当然、バルマードも彼を引き止めた。

「君の料理がもう食べられなんて、そんな悲しい事を言わないでくれ」と。


 ローゼはその日以降、お菓子以外の料理を作るのをやめた。

 料理は人を幸せにするものであり、料理長にも幸せでいてほしいと願ったからだ。


 そして、絶対にパティシエには自分のお菓子を食べさせないと固く誓った。




 しかし彼女のそのスキルは、心を込めるだけで、口に入るもの全てを絶品に変える力だった。

 だからこそ、ローゼが心を込めて淹れるコーヒーもまた格別の味わいだった。


 レオクスが驚きの声を上げる。


「こんなに美味しいコーヒーは飲んだことがありません! これはローゼさんがブレンドした特別なものなんですか?」

「そんな、お父様のコーヒーに真心がこもっているだけですよ」


 初めてコーヒーを口にするアンリエットも目を輝かせる。


「この琥珀色の飲み物って、とっても美味しいですね」


 グランハルトは無言でコーヒーの旨さをじっくりと味わっていた。

 この中で唯一、その味を知るエストだけは平然とした顔でこう答えた。


「ローゼさんが振る舞ってくれるものは、紅茶やコーヒー、お菓子も全てが絶品なんです! 皇都でコーヒーのお店をやっていますので、ローゼさんの味には届きませんが、飲みたい時はいつでも言って下さいね」

「エストさん、それは褒めすぎです。お父様が情熱を込めてブレンドしたコーヒーは、いつでもみなさんに味わって欲しいです」


 エストはローゼをちらりと見て、ぽつりと呟いた。


「ローゼさんはすごくいいお嫁さんになりそうですね!」

「あら、それはエストさんだってアンリエットさんだって同じことですよ」


 レオクスとグランハルトがわずかに身を固くする。

 この場に居合わせた誰もが、ローゼが一枚上手だと感じざるを得なかった。




   ◇◇◇




 それは、私とレオさんが二人きりになった時のことだった。


「実はエストさんに聞いて欲しいことがあるんです」

「あ、はい」

「私には解決しなければいけない問題があります」

「どんなことですか? もし私で役に立つことがあれば、なんでも言ってください」

「いえ、これは私自身の問題ですので。詳しく話すこともできないのが申し訳ないのですが、エストさんにそれまで待っていてほしいというのが私の願いです」

「早く解決するといいですね。それで、なにを待てばいいんですか?」

「その前に一つだけ聞かせてください」

「はい、なんでも」


 するとレオさんが、息を整えるようにしてこう聞いてきた。


「エストさんにはその、どなたか思っている男性はいますか?」

「えっ!?」


 突然のことに頭が真っ白になった。

 なんて答えればいいのか焦って、言葉が出ない。


「もしかして、まだ決まった相手はいらっしゃいませんか?」

「あ、はい!」

「⋯⋯良かった。でしたら、エストさんに誰か思う人が現れるその日まで、私のことを待っていてほしいんです」

「その、待つだけでいいんですか?」


 レオさんが晴れやかな表情で「はい」とうなずいた。

 ーーーーーーー第2章終わりーーーーーーー


 もしよかったら、下のブックマーク、☆☆☆☆☆で評価してね!

 励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ