59 ひとときの団欒
エストは少し困ったように首をかしげた。
「でも、グランハルトさんって言うのは慣れがいるかも。私にとっては鬼教官でもあったし、いろんな便利なことを教えてくれた先生なんだし」
エストは、かつて突然、自分の前から姿を消したグランハルトを思い出し、懐かしさを含んだ目で彼を見つめた。
「とにかく今回は勝手にいなくならないで下さいね! アンリエットさんの立派な活動を手伝うのが良いんじゃないですか? 二人って、元は恋人同士だったんでしょ?」
今度はアンリエットが驚き、お茶をこぼさないよう慌てて口元を押さえた。
彼女は少し焦った様子で否定する。
「私たちはお友達で、そういう関係じゃないからね。若いころに一緒に過ごした時期があったってだけよ。それに当時の私は、教会に仕える真面目なシスターだったんだから、そんな目でみるわけないじゃない」
グランハルトもうなずきつつ、一瞬だけ残念そうな顔をした。
「確かに歳の差があるよなぁ⋯⋯。アンリエットが俺と同い年くらいだったら良かったが、親子ほどの差まで若くなるとは。あ、いや。そこは喜ぶべきところだな!」
その言葉に、アンリエットは美しい顔をほのかに赤らめた。
エストはそんな二人を見て、くすりと笑いながら口を開く。
「あのバルマード様の夫人の座を狙う、若い令嬢も結構多いんですよ。歳の差婚なんて、当たり前なんじゃないんです? 皇帝陛下と今の皇妃様だって、お二人以上の歳の差なんですし。愛に年齢は関係ないと思うんだけどなぁー」
エストは自分以外の恋愛話は大好物だ。
二人の反応を楽しみながら、アンリエットの未来を想像する。
「ほら、だったらアランとミレットに、先に吹き込んでおけば良いじゃないですか。あの子たちがリーダーみたいなものだから、その上で、熱烈キッスで呪いが解けたって。おとぎ話みたいで、子供たちなら納得しますって。それでも信じないマセた子がいた場合は、延々と事実を話してあげましょうよ」
グランハルトは胸を押さえ、苦しげに顔を歪めて訴えた。
「その熱烈キッスはやめてくれ! 俺は羞恥心で旅立つ事になりそうだ」
エストはすかさず茶化す。
「ほほう、一緒にいたいって熱い想いはわかります。でも旅立っても、夕方くらいには、お腹減ったって戻ってくるくらいの、お散歩程度なんでしょ?」
アンリエットとグランハルトは即座に互いの顔を見合わせたが、すぐに視線を逸らし、真顔を装った。
エストに振り回されるのが困ったように、アンリエットがたしなめる。
「エストちゃんが上手くごまかしてくれるのはいいけど、あまり私たちをからかわないでね」
エストは悪戯っぽく笑う。
「では、今日はここまでにしておきます!」
「今日は」という言葉に、グランハルトとアンリエットは目を細めた。
またからかうつもりかと疑う二人に、エストは慌てて弁解する。
「もう、しませんって。調子に乗っちゃいましたね」
その言葉に、三人は穏やかに笑い合った。
その和やかな声に引き寄せられるように、レオクスとローゼが部屋へと入ってきた。
「レオさんが、いつもの調子に戻ったようで嬉しいです」
エストは、いつもの凛々しい姿を見せるレオクスにパッと明るく笑みを浮かべた。
「はい、何だか生まれ変わったように元気ですよ」
その時、レオクスのそばに寄り添うローゼが、エストにはどこかお似合いの二人に見えた。
「ローゼさんの甘い介抱があれば、元気になりますよねっ! 私だってあんな風にもてなされたら、心を持って行かれちゃいますよ」
その言葉にレオクスは驚いた表情を浮かべたが、対するローゼは涼やかな表情で、口元を緩めた。
「だそうですよ、レオさん。私とのひと時はいかがだったでしょう?」
ローゼはエストに合わせてレオクスをからかい、彼を少し慌てさせる。
「な、何もあるわけないじゃないですか! まったくエストさんもローゼさんも」
普段は見せない困惑した顔のレオクスに、その場にいる全員が温かい笑顔を向けた。
「えっ、ローゼさんのあの絶品のお菓子を頂かなかったのですか! もう、私なんてやみつきにさせられて、出されるたびに喜んでいるのに」
エストは、自分を虜にするほど美味しいローゼのお菓子の話題を振った。
レオクスがエストの言葉にまだ反応しきれずにいると、ローゼが軽やかな手つきで、まるで魔法のようにお菓子をテーブルの上に並べ始めた。
彼女の手からは、カヌレ、マカロン、ミルフィーユといった色とりどりのお菓子が次々と盛り付けられ、さらにそこへコーヒーセットが優雅に置かれた。
まるで皇都で流行りのカフェがそのまま再現されたかのような光景に、アンリエットやグランハルトまでもが目を奪われ、息を呑んだ。
「エストさんに期待されたのでは、出さないわけにはいきませんね。私の手作りですが、みなさんも良かったらいかがですか?」
エストには見慣れた光景だったが、他の三人にとってはまるでお菓子の宝石箱が開かれたかのような驚きに満ちていた。
アンリエットがそっとカヌレに手を伸ばす。
「まあ、なんて美味しさなの! こんなの女の子なら、誰だって夢中になるわよ」
口に含んだ瞬間、噛まずとも溶けるような食感と、甘く香ばしい香りがアンリエットを幸福感で包み込んだ。




