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55 ささやかな晩餐

 ウィルの容姿をさらに磨き抜いたような、ルビー色の髪の持ち主、レイラ夫人は、バルマードにクスクスっと微笑んで見せた。


「あら、あなたは十六歳の時には、御前試合でSランク冒険者たちを一斉に相手にして、一撃で全員倒してしまったじゃない。今度はその彼が育つのを待って、試合でも申し込む気?」

「いや、私はね。帝国の要衝であるアリスタ領に、そんな頼もしい青年が現れたことが嬉しいんだよ。アリスタ侯爵家を継いだからって、生真面目な彼は今年も夫人と共に、春の終わりには領地に戻ってしまったからね。夏まで皇都で過ごせば、君の良い遊び相手になってくれただろうに」

「そうね、リア夫人は愉快な方だもの。しっかり者のローゼはともかく、ウィルの相手を喜んでしてくれる彼女には、良い思い出しかないもの」


 グランハルトは教会の聖女であるアンリエットと共に行動していたため、その勇名は教会の上層部にまで及んでいた⋯⋯。




 グランハルトは、居場所をくれた侯爵家の人たちのため、そしてアンリエットのために、この地で生きようと決意する。

 彼は季節の花が美しく咲き乱れる侯爵家の庭園で、アンリエットにその思いを伝えた。


「今ではこのアリスタの地を自分の故郷のように感じている。リアさん、いや侯爵夫人に受けた恩にも報いたいし、侯爵閣下に命じられれば、どこへだって行くつもりだ」

「そういえば、そろそろ視察を終えた侯爵様が、屋敷に戻ってくる頃ね。あなた、会うのが初めてだからって緊張してない?」


 庭を駆け回るエストの世話をしている微笑ましい夫人の姿も、彼にとっては日々の一部になっていた。 


「緊張などしていない。俺はリアさん、いや侯爵夫人や旦那様に、筋を通したいだけなんだ」

「いつも通り、リアさんで大丈夫だと思うわよ。それに侯爵様も心の広い方だから、私が貴族のマナーを知らなくても、気さくに話しかけてくれるもの。えっと、たしか皇都で、そうバルマード様だったわ。その公爵様に影響を受けて丸くなったって聞いたわ」

「ギルドでも有名な、帝国最強と噂の公爵様のことか? この国の偉い人たちは、率先して魔物たちに立ち向かうなんて、そんな話も耳にしたな。強い人間が出世する国なのかと思ったが、そんなに単純ではないよな」

「ええ、ここの侯爵様もそうだけど、そんな領主様の方が珍しいわよ。ほとんどの貴族は自分から戦うなんて真似はしなくて、問題は全部他人任せらしいのよ。私もたまに皇都に巡礼する時に、向こうで仲のいいシスターに聞いただけなんだけど」


 アリスタ侯爵家に主人が戻ったその日、グランハルトとアンリエットは、彼らの開いたささやかな晩餐会へと招待された。


 食堂にある長いテーブルの上座に、数人分の豪華な料理が並び、二人も侯爵一家と食卓を囲んだ。

 侯爵は自らの手でシャンパンを開け、グランハルトに勧めた。


「屋敷にいる時は、私のことはオスカーで構わないからね。リアから聞いたが、留守の間にエストや彼女が世話になったようだ」

「アンリエットに命を救われ、リア夫人に居場所を与えていただき、か、感謝にたえません」


 無理に敬語を使おうと、ぎこちないグランハルトを、リアはいつものように穏やかにさとす。


「無理に気を使わなくていいわよ。こう見えてウチのオスカーは、バルマード様にとても憧れていてね。彼の噂くらい聞いてるわよね? 私は彼の人柄もよく知ってるから、気楽に過ごしてね」

「そんなに気さくな方なのですか?」

「ええ、とても話しやすい方よ。親友のレイラに取られてしまったけど、私も彼狙いだったのよね」

「おい、リア。その話を、今ここでしなくても」

「あら、これは将来のエストへの教育でもあるわ。いい男を見つけたら、モジモジなんてしてたら横から取られるってね。アンリエットも油断していると、そのうちグランハルトさんを誰かに取られてしまうかもね」


 シャンパングラスを勢いよく開ける夫人の言葉に動揺してか、グランハルトもアンリエットも、その頬を赤らめる。


 そんな母に影響されたのか、エストも少し興味を持ったようだった。


「アンリエットは、グランハルトお兄ちゃんがいいの?」

「もう、リアさんったら、エストちゃんになんてことを言わせるんですか」


 家族のような温かな晩餐会に、夜は早く更けていった。


 グランハルトはこんな穏やかな日々が、長く続くことを願っていた。

 彼女への淡い恋心を抱きながら。




 ーーだが、その平穏は長く続かなかった。


 何の前触れもなく、アンリエットに教会の使いがやってきたのだ。

 魔王の襲来が近いと知ったセバリオス教会は、彼女に魔王討伐の密命を下す。


「上はいったい、なにを考えているの。せっかく上手く行きかけている彼まで誘って、魔王を倒せだなんて、私みたいな小娘にそんなことできるわけないじゃない」


 そんなアンリエットを監視する者たちの気配を、アリスタ領で感じるようになると、ついに彼女はこの土地を離れる決心をする。


 急に姿を見せなくなった、アンリエットを心配する侯爵夫妻。

 グランハルトは、彼らにそのことを頼まれるが、言われなくとも探し出すつもりだった。


 ついに領地の外れで、アンリエットを見つけ出す。

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