54 温かな出迎え
グランハルトの回復を待ったアンリエットは、彼をエストの生家であるアリスタ侯爵家へ紹介した。
美しく手入れされた庭園に、幼い少女を連れた女性が佇んでいる。
彼を優しく出迎えたのは、アンリエットより淡い金髪をした美女、アリスタ侯爵夫人だった。
「まあ、あなたがアンリエットのお友達のグランハルトさんね。私はこの屋敷を主人から預かっている、リアです。こら、エスト。お兄さんがカッコいいからって、そんなにべたべたしては失礼よ」
好奇心豊かなエストを、夫人は優しくたしなめる。
「はじめまして、グランハルトと申します。その、彼女とは先ほど知り合ったばかりで。愛らしいお嬢さんですね、このくらいなんでもありませんよ」
夫人は二人の初々しい姿に、にこやかに微笑んだ。
「うふふ。人見知りのアンリエットが、あなたをどうしてもって頼んで来るんだもの。彼女が誰かを連れてきたのなんて、初めてなんだから、友達で間違ってないと思うわ。ほら、最初は友達から、お付き合いは始まっていくものでしょう?」
「ちょっと、リアさん! 彼は疲れているんですから、からかうよりも先に、温かいお風呂や食事を準備してあげてくださいよ」
「あら、グランハルトさんは、あなたにとっての「彼」なのね」
「そうやって、いつもからかうんですから!」
夫人は上級貴族らしからぬ、優しさやユーモアを持ち合わせた、誰からも愛されるような女性だった。
その娘エストも、グランハルトを気に入ったようで、彼の後ろをついて回った。
彼は次第にエストのことを、歳の離れた妹のように感じていった。
侯爵家で過ぎていく穏やかな日々は、グランハルトにゆとりを取り戻させた。
「もう、エストったら。すっかり、グランハルトさんに懐いてしまったわね。彼には、アンリエットがいるんだし、エストにはまだ十年以上早いんだから、二人の邪魔をしてはダメよ」
「グランハルト、抱っこ!」
グランハルトはアンリエットの前で、照れながらもエストを抱きかかえた。
「良いんですよ、リアさん。いつも良くしてもらっていますし、エストちゃんだって、今では可愛い妹のように思えます」
「主人は家にいないことが多いから、頼りになる男の子がいるのは頼もしいわ。いつでも気兼ねせずに、アンリエットと一緒にアリスタの街でも見てまわってね」
「俺になにか手伝えることはありませんか? 少しでも役に立ちたいんです」
「あら。だったら、アンリエットを手伝ってあげるのが一番だと思うわよ」
「リアさんが言うと、なんだか言葉通りに受け取れないんですけど」
綺麗な顔をぷうっと膨らませたアンリエットを見て、グランハルトは僅かに頬を赤らめた。
彼はこの地ではじめて、人の温もりに触れ、生きる意味を見出した。
アリスタ侯爵家での満たされた暮らしに、アンリエットと共に困った人々を助ける日々。
その優しい日常が、彼の心を静かに満たしていった。
彼はその生活に満足していたが、夫人やアンリエットにあらためて礼をしたいと考えていた。
グランハルトは侯爵家の入り口の階段に座り、アンリエットに話を持ちかける。
「リアさんに世話になりっぱなしってのは、どうも性に合わない。かといって、俺にできることと言えば、戦うことぐらいなものだろう」
「それなら、冒険者ギルドに登録したら?」
「ギルドって、魔物を倒したりするあれか?」
「そうね。一度冒険者になってしまえば、私を手伝っているだけでも、教会への貢献として、一定の報酬が得られるはずよ」
「そんなうまい話があるなら、もっと早く教えてくれ」
豊かで広大な土地を誇るアリスタ侯爵領には、皇都にも負けない立派なギルドがあった。
だが問題は、グランハルトには身元を証明する物が何も無いことだった。
「たしかに俺の故郷の話なんかしても、誰も信じてくれるはずがない。⋯⋯この世界には、俺の過去もないということか」
「どういうこと? 他国出身でもこの国のギルドは寛大に受け入れてくれるはずよ」
「いや、気にしないでくれ」
そう言って天を見上げたグランハルトは、階段の上で二人を見守っていた夫人の姿に気付く。
「リアさん、どこから話を聞いていましたか?」
「なにを水くさいことを言ってるの。あなたはもう、私たち侯爵家の家族じゃないの。グランハルト・アリスタって名前も悪くないと思うわ」
「リアさん⋯⋯」
エストを抱きかかえた夫人が、二人のもとに降りてくる。
エストは手を伸ばして、グランハルトの顔を触った。
「グランハルト・アリスタって、私のお兄ちゃんってこと?」
「そうよ、エスト。これからは、お兄ちゃんってそう呼ぶのよ」
グランハルトは瞳に涙が浮かびそうになるのを、「ゴミが目に入った」と袖で拭った。
夫人の細やかな気遣いが、彼に心強い居場所を与えたような、そんな瞬間だった。
「リアさんやエストちゃん、それに侯爵家の名に恥じぬよう、頑張ります!」
「あなたは今までのままで良いのよ。でも、ギルドに入りたいって言うんだったら、私が話を通してあげるから、遠慮しないで言ってね!」
「良かったわね、グランハルト。リアさんはこのアリスタ領では無敵なんだから」
夫人の口添えもあり、グランハルトは例外的にBランクの上位冒険者として、その人生を再スタートさせた。
彼が真の実力を発揮すると瞬く間に昇格し、アリスタギルド初のSランクへと駆け上がった。
ーーその名声は遠く離れた皇都にいる、バルマードの元にも届く。
「アリスタ初のSランク冒険者、グランハルト卿か。わずか十八歳にして、そんな快挙を果たすとは見事としかいいようがないね。今後がますます楽しみだと思わないかい、レイラ」




