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53 白姫と二人の過去

 剣が一閃し、デスナイトの腕が切り落とされ、地面で朽ち果てた。

 白姫の強さの前に、デスナイトたちが押され始める。


 焦る影の支配者。


「クソッ、話が違うぞ!」


 さらに背後に巨大な闇を纏い、デスナイト五体を呼び出す。


「バカな!」


 影の支配者は、デスナイトの一体に斬撃を受け絶命した。

 闇は消えたが、総勢八体のデスナイトにグランハルトは苦虫を噛み潰す。


「これほど英雄たちを愚弄していたのか! 白姫とはいえ分が悪い、俺も加勢するぞ」


 白姫は、レオクスの方へとグランハルトをつき飛ばすと、全てのデスナイトを一手に引き受けた。


「早くお行きなさい! ここでは皇子を満足に治療できません。迷っている暇などないのです」

「俺としたことが、敵に集中し過ぎていたな。礼を言うぞ、白姫!」


 グランハルトは白姫の勝利を願いながら、レオクスを馬に乗せ駆け出した。


 強力な八体のデスナイトに、わずか一人で立ち向かう白姫。

 デスナイト一体の強さは、Sランク冒険者に匹敵するか、それ以上の存在だった。


 彼女の背後から、光輝に包まれた無数の剣が現れる。


「安らかに眠りなさい」


 光の刃が嵐のようにデスナイトを切り裂き、轟音が森に響き渡った。

 八体の骸が砕け散り、呪縛から英霊たちを解き放つ!


 彼女の壮絶な裁きが、森を静寂へと導いた。




 グランハルトが行き着いた先は、近くで孤児院を営む、アンリエットの家だった。


「アンリエット、開けてくれ! ことを急ぐ!」


 気品溢れる老婦人は、レオクスの血まみれの姿に驚愕した。

 彼女の瞳が一瞬にして曇り、息を呑む。


「この子は一体!?」


 元シスターの彼女には、レオクスの深刻な状態が一目で分かった。

 彼女は家に二人を入れ、彼をベッドに寝かせると、できるだけの処置を始めた。


「⋯⋯これは酷い。でも、よく耐えたわ。あなたは絶対に死なせないから」


 血に濡れた布を手に取り、傷口を清め、薬草をすり潰して塗り込んだ。


「我が身にもう一度だけ宿って。⋯⋯大いなる神聖力よ、『ハイ・キュア!』」


 魔力切れで教会を追放された彼女だが、渾身の祈りを込めて、かつての癒しの力を指先に宿していく。

 淡い光がレオクスの苦痛をゆっくりと取り除いていく。

 彼女の手つきは、まるで命を紡ぐ織り手のようだった。


「皇子を救えそうか?」

「毒の塗られた刃が内臓にまで達しているわ。力を失った私では、全てを治しきることはできない。だけど見事な応急処置だから、彼の命はとりとめたはず。あとは彼の気力が戻るのを待ちましょう」


 レオクスが安らかな寝息をはじめたのを確認して、二人は部屋を移り、アンリエットはお茶を出した。


 湯気が立ち上り、部屋に穏やかな香りが広がる。

 親子ほど歳の差があるアンリエットを、グランハルトは瞳を輝かせながら見つめた。


「君の美しさや優しさは、初めて出会った時と変わらないな」

「ちょっと、おばあさんに向かってなんてことを言うの!」


 グランハルトの顔が苦悩に翳る。


「いつか必ず、君にかけられた呪いを解いて見せる」

「そんなことはもう忘れて。私は子供たちと暮らす、今のこの生活を本当に幸せに思っているわ」

「俺がこうやって今も生きていられるのは、あの時、君が手を差し伸べてくれたからだ。それだけは忘れないでほしい」

「あなたはあの頃と何も変わらないのね」


 二人には、一言では語れないほどの、強い絆が生まれた過去があった。

 グランハルトは、その過去に思いを馳せた。




   ◇◇◇




 帝国のはるか東、海に囲まれ他国との交流を一切しない、極東の島国があった。

 そこに勇者として召喚されたのが、グランハルトだった。


 彼は元の世界へ帰るという約束を胸に、国を脅かす厄災『魔王』の討伐に挑む。


 この世界では、魔王とは単なる一人の敵ではない。

 魔界で強大な力を手に入れた者が現れるたび、新たな魔王として地上に暗い影を落とす。


 剣を手に戦場を駆け抜け、魔王の咆哮を打ち砕いたグランハルトは、苦難の末に勝利を掴んだ。

 ⋯⋯しかし、災いが去った瞬間、彼の力は一転して疎まれるものとなった。


 私欲に塗れた大臣たちは、彼の食事に毒を盛り、帰還の魔法陣と偽り、別の場所へと追放したのだ。




 ーー飛ばされた先は、魔王の侵攻が迫るかつての帝国。


「⋯⋯ここは何処だ!? 死ぬ思いまでして約束を果たしたというのに。それにこの気分の悪さは一体⋯⋯」


 何も持たずに荒野へと放り出されたグランハルトは、水や食料を求めてさまよい、飢えに苦しみ、生きる目標すら奪われてしまう。


「このまま誰にも知られることなく、見知らぬ土地でこのまま果ててしまうのか⋯⋯」


 裏切りに失望し、絶望のうちに果てたグランハルト。


「大丈夫ですか!?」


 そんな彼に救いの手を差し伸べたのは、偶然、通りかかった一人の少女だった。


「⋯⋯気を失ってる。脈も弱ってるし、それに顔色がおかしいわ」


 彼女は水色の液体の入ったポーションを手に、グランハルトの口元に当てるが、彼にはそれを飲む力すら残っていなかった。


「迷っているヒマなんてないわ」


 少女は口に液体を含み、唇越しに飲ませると、彼のまぶたが反応したのを確認して、その手を優しく包みこむ。


「神さま、どうかこの青年をお救いください⋯⋯、『ハイ・キュア!』」


 まばゆい光が二人を包むと、彼を蝕んでいた毒が浄化される。

 ゆっくりと意識を取り戻すグランハルト。


「俺は一体⋯⋯。あ、あなたは!?」


 彼は、自身を慈愛に満ちた青い瞳で見つめる、金髪の少女の美しさに息を呑んだ。


「良かった、毒は無事に浄化されたようですね」

「毒!? 俺は、毒に侵されていたのか」

「見るかぎり、あなたに刺されたような傷跡はありません。以前、誰かの作ったものを口にしていませんか?」

「くっ、あの大臣どもめ! 騙しただけではなく、毒まで盛っていたのか」


 憤るグランハルトを少女がなだめると、鞄の中から紙袋に包まれたパンを取り出し、彼に勧めた。


「⋯⋯美味い、生き返るようだ」

「あわてず、よく噛んで食べてくださいね。ミルクもありますので」

「なんと礼を言っていいのか。俺の名はグランハルト、救ってくれて本当にありがとう」


 そう礼を言った彼に、柔らかく微笑んで答えたのは、当時、『聖女』と呼ばれた十六歳の少女、アンリエットだった。

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