52 レオクスの試練
今回の話は、第三者視点になっています。
その日、レオクスは隣国の王女を出迎える任務が、死闘の舞台になるとは想像もしていなかった。
太陽が天に輝く昼下がり、森の木々がざわめき、不穏な風が枝葉を揺らす。
馬上で指揮を執るレオクスは、その異常な気配に気付いた。
「全員、周囲を警戒せよ! このまま一気に駆け抜けるぞ」
木漏れ日が地面にまだらな模様を刻む中、馬車の周囲に忍び寄る影が姿を現す。
「敵襲だ! 各自、襲撃に備えよ」
次の瞬間、剣の鞘を抜く鋭い音が静寂を切り裂き、馬車が急停止する。
御者の一人が声を荒げた。
「皇子様、隊の様子がおかしいです!」
近衛隊の護衛たちは、食事に仕込まれた薬によって意識を奪われ、地面に崩れ落ちていた。
(私が選んだ精鋭たちの中に、裏切り者がいたのか!? 動けるのは御者が数名。だが、彼らは幼少より私に仕えてくれた者たちだ)
レオクスは帝国の皇子として、幼少より毒への耐性を鍛えられていた。
残った御者たちも次々に倒れ始めたが、その中の一人、イバンが冷静に状況を伝えた。
「近衛のジョシュアの姿がありません! 申し上げにくいのですが、彼の仕業でしょう。隊の症状を見るに、これは睡眠薬の類と思われます」
「イバンは万が一に備え、あえて食事を取らなかったのだな。さすがは先帝より仕える忠臣だ。ただちに近くの街へと引き返し、救援を頼む!」
「レオクス様を残して、おめおめと逃げ出すわけには」
「頼みはそなただけだ。囲まれる前に森を駆け抜けるんだ!」
レオクスは朦朧とする意識を振り払い、イバンを逃すために剣を振るう。
刺客たちの刃が四方から迫り、彼は鋭い斬撃で応戦する。
剣が空を切り、金属がぶつかり合う音が森に響いた。
一人、また一人と刺客を斬り伏せていくが、数の暴力がレオクスを徐々に追い詰めていく。
(ハァ、倒してもキリがない。しかし、これほど大胆にヤツらが仕掛けてこようとは⋯⋯)
息を切らせながらも、彼は剣を強く握り直した。
刺客の一人が横から襲いかかり、レオクスは剣を構えて受け止めた。火花が散り、別の刺客が背後から刃を振り下ろす。
彼は咄嗟に身をひねり、致命傷を避けたものの、鋭い痛みが肩を貫いた。
(こんなところで倒れてなるものか! 私は必ず問題を解決して、いつの日にか思いを伝えるんだ)
ーーその時、森の木々を掻き分けるように、かつてエストの師だったグランハルトが現れた。
彼の剣が風を切り、刺客たちを瞬時に斬り伏せた。血飛沫が宙を舞い、鋭い眼光が周囲を威圧する。
(バルマード様のような見事な剣さばき⋯⋯。いや、感心している場合ではない)
その姿に、刺客たちの動きが一瞬止まった。
「皇子、ここは引け! 連中は俺が相手する」
「どなたかは存じませんが、助かります! しかし、あなた一人では」
グランハルトは圧倒的な強さで、刺客たちを次々と薙ぎ払った。
剣が鎧を切り裂く音が響き、レオクスに迫る敵を、その刃ごと断ち切っていく。
「貴様らの相手はこの私だ、『挑発!』」
彼は多くの敵をスキルで引き付け、レオクスの活路を切り開こうとしていた。
刺客が数を減らしていく中、また新たな刺客が一斉に動き出し、グランハルトはさらなる対応にせまられる。
「皇子、刺客の一部の動きが異常だ! 俺の挑発スキルが効かない連中は、おそらく魔術師の類いに操られている。そいつらの背後には、魔力の糸があるはずだ。その糸を断ち切れ!」
「⋯⋯確かに、意識を集中すると赤い線が見えます」
レオクスは助言を受け、刺客たちを操る糸を断つように立ち回る。
糸が切れた刺客たちは、虚な目のまま大地へと崩れ落ちる。
「これなら倒しきれそうです!」
「いや、油断はするな。皇子は隙を見て、この場を抜け出すんだ!」
グランハルトの活躍とレオクスの奮戦が、苦境を切り抜けようとしていた。
刺客たちを操る、影の支配者が低い声で呟いた。
「あれを耐えるとは。捕獲の方が報酬も良いが、こうなっては仕方あるまい!」
レオクスに向け、黒装束の一団が迅速に迫る。
黒装束の一人が放った矢がレオクスの足をかすめ、よろめいた隙に別の黒装束が剣を振り下ろす。
剣がぶつかり合い、彼は歯を食いしばって耐えた。
だが、背後から忍び寄った黒装束の剣が彼の脇腹を貫いた。
「クッ! おのれッ!」
剣が刺さったまま、レオクスは渾身の力で黒装束の一人を斬り伏せる。
彼は剣を引き抜くが、思った以上に傷は深く、重力に負けるように膝をつき、地面に倒れ込む。
血が土を濡らし、視界が揺れた。
「グハッ⋯⋯、これまでか。エストさん⋯⋯」
レオクスが気を失うと、地面をその血が赤く染め上げた。
グランハルトはそれを見やりながらも、まだ諦めてはいなかった。
この場さえ切り抜ければ、皇子は助けられると信じていた。
彼は速度を上げ、刺客や黒装束たちを始末していき、影の支配者を追い詰めた。
剣が唸りを上げ、金属音が森に響く。
「クッ、こんなところで奥の手を使うことになるとは!」
影の支配者の背後に禍々しい闇が広がり、地面が震え、三体の暗黒の剣士が現れる。
赤い眼光が闇を貫き、死の吐息が辺りを重く支配する。
「デスナイトだと!」
ーー『デスナイト』とは、過去の英雄たちを禁忌の技法で復活させ、使役したものだ。
理性なき凶悪な力がグランハルトを襲った。
一体が剣を振り下ろし、火花が飛び散る。重い一撃に彼の足が地面にめり込み、押され始めた。
「さすがに闇に堕ちても英雄の技量! いや、これは生前よりも威力が増しているな」
別のデスナイトが横から襲いかかり、彼は剣を振り上げて防ぐ。
衝撃音が響き、腕がしびれる。
「くっ、この膂力、肉体のリミッターが完全に外れている。限界を無視した力で、その身が朽ち果てながらも戦うとは。⋯⋯まさに、死の騎士と言うところか」
三体が一斉に動き出し、グランハルトは足止めされるも、デスナイトたちとの決着を急ぐ。
「他は全て始末した。あとは貴様らを大地へと還し、黒幕を追い詰めるだけだ」
激しい剣戦が繰り広げられる中、純白のマントに身を包んだ人物がレオクスの元に現れ、その傷を応急処置した。
血を拭い、布を巻きつける手際は素早く正確だった。
一瞬だけ、目を開けるレオクス。
「ロー⋯さ⋯⋯」
レオクスはそのまま目を閉ざした。
「グランハルト、皇子を連れてお逃げなさい!」
「その姿は、白姫ロゼリア!」
白姫は宙を舞い、グランハルトとデスナイトとの戦いに割って入った。
彼女の剣が光を放ち、風を切る音と共にデスナイトを圧倒する。
その実力を目の当たりにして、グランハルトは驚愕する。
「たやすくデスナイトを押し戻すとは、これが最強の白姫⋯⋯」