16 荒ぶる力
⋯⋯何だろう、この感覚。
身体の中をちょっと荒っぽい力が巡ってるみたい。
時間が経つにつれて、その奇妙な違和感が徐々に強くなっている。
きっかけは今朝、バルマード様に魔法を使ったあたりから。
でも、そもそも私が魔法を使えたのだって、ローゼさんの魔力のおかげだし。
うーん、気になってきたからローゼさんに相談してみよう。
そう決めて、私はローゼさんの部屋を訪ねた。
バルマード様の立派な肖像画が飾られた、貴族のお姫様らしい美しい部屋。
ローゼさんは、にこっと笑って迎えてくれる。
「部屋を訪ねてくれるのは大歓迎ですけど、どうかなさいました? ちょっとお顔の色が優れないようですが」
「そうなんです、実は⋯⋯」
私は素直に今の状態を話した。
「今朝、ローゼさんが魔力を流してくれたあたりから、なんだか身体に違和感があって。荒々しい昂ぶりというか、変なことになったら嫌だと心配で。魔法に詳しいローゼさんに聞くのが一番かなって思ったんです」
ローゼさんは私の言葉を真剣に聞いてくれて、少し考え込む仕草を見せたあと、「【鑑定】を使って詳しく調べてみますね」と私の肩にそっと手を置いた。
「!? プッ! あ、いえ、失礼しました」
ローゼさんが一瞬吹き出して、面白そうな顔をする。
でもすぐに真顔に戻った。
⋯⋯うう、何か嫌な予感がする。
「説明しますね。私も初めて見るのですが」
ローゼさんの話によると、彼女が魔力を流した時に私の中で眠ってた力が目覚めたらしい。
ん? それって、アホ姫の力が目覚めたってこと!?
ローゼさんはコホンと咳払いをして、「それは決して悪いことではないので、心配しないでくださいね」と優しく微笑んでくれる。
「今のエストさんはとても可愛いらしくて、私も嬉しくさせられます。こんなことを聞くのは失礼かもしれませんが、何か変わろうと思うきっかけがあったのですか?」
もちろんある。
めっちゃある。
脱アホ姫の覚悟を決めてから、あの黒歴史は二度と甦らせまいと心に誓った。
いっそ、そのままフタをして海の奥底に沈めちゃいたいくらいの勢いです。
その想いがつい顔に出たかな?
ローゼさんは「それはもったいないですよ」と柔らかく微笑んだ。
「エストさんの中で高ぶっている力は、もともとエストさんのものですから。それを捨ててしまうだなんて。やってみたことはありませんが、今のエストさんに合うように私の方でその力を調整し直してみたいと思います。よろしいですか?」
両手を合わせて瞳をキラキラさせるローゼさん。
ちょっとおもちゃにされてる感はあるけど、相談を持ちかけたのは私だし。
私のことを真剣に考えて言ってくれてるって信じたい。
だけど⋯⋯。
「その、変な副作用とか出ませんよね?」
アホ姫トラウマでうっかり口が滑る。
だってアホ姫全開で復活とかされたら困るし、意識まで乗っ取られたら最悪だ!
悪い想像ばかりが頭を巡っていると、ローゼさんが私の手をそっと握って落ち着くように優しく微笑んでくれた。
「エストさんは私の大切なお友達なんです。心配なさっているようなことは決してしませんので、信じてもらえると嬉しいです」
ローゼさんの頬がほのかにピンクに色づき、その純真無垢な表情に心を奪われる。
そんなに私のことを思ってくれるなんて。
「わかりました、ローゼさんにお任せします! 私は何をすれば良いですか?」
「そのままで構いませんよ。このまま一気に進めますので、安心して私の手を握っていてくださいねっ」
次の瞬間、私の身体から光が溢れ出した!
頭の中でけたたましいファンファーレが鳴り響いて、同時に目の前に
[ 『レベルアップ!』 ]
ってメッセージが次々表示されては消えていく。
「うおーっ!」
ファンファーレが重なるたびに力が溢れてきて、思わず声が漏れる。
そして鳴り止んだところで、最後に
[ 『レベル35にアップしました!』 ]
って表示された。
今まで感じたことのない力が全身を満たして、魔法だって使えるような気分になる。
それにしても、朝食の時にローゼさんが流してくれた魔力がどれだけ膨大だったのか、それがはっきりと実感できた。
「何だか荒々しかった力が落ち着いてきて、魔法もある程度なら使えるようになったみたいです!」
「上手くいって良かったです。レベルアップもしたみたいですし、これからは実戦で慣らしていきながら、さらなる高みを目指しましょう」
じ、実戦!? やっぱり何もしてないのにレベルだけ上がっても微妙なのかな。
ローゼさんが「レベルを上げれば何とかなる」って言った意味が、今なら溢れる力と感覚で少し分かる気がする。
「実はエストさんには、もう一つ力が眠っているのがわかりました。ただそれは、とても幼い頃の記憶と結びついたもので、そっとしておきました」
そう語るローゼさんは、慈愛に満ちた優しい顔だった。
この世界に来てから、もしかしたら初めからここにいたんじゃないかと思うことが増えてきた。
自分でも矛盾してると分かってるけど、それだけこの世界で出会った人たちが愛おしいんだと思う。
その後、ローゼさんにアフタヌーンティーに誘われて、昨日の楽しかった時間を思い出して、「はいっ」って笑顔で頷いた。