11 コーヒーの香り
輝くような楽しい時間の中で、美味しい料理が次々と運ばれてくる。
あれほど拒んでた過去を、受け入れても良い勇気をバルマード様にもらった瞬間、あんなにドキドキしてたウィル君に対しても、ちょっとだけ耐性がついた気がした。
でも二人っきりは全然ダメで、同じ席にいるくらいなら何とか平気って程度だけど。
「エストさんは強いんだね。お父様の力で、エストさんの実家はどうにかならない?」
「ウィル君にそう思ってもらえるのは嬉しいですけど、私は今の生活で十分満足してるので、大丈夫ですよ」
バルマード様はウィル君に、すぐに復興しないのは、私が貴族派の争いに巻き込まれないためだと説明する。
「ウィルとエストちゃんが成人した上で、結婚するというのであれば、私は全力でエストちゃんを歓迎しよう」
バルマード様の言葉に私はもちろん、ウィル君まで顔を真っ赤にしてしまう。
ローゼさんは興味津々で、私たちの反応を楽しんでる。
う、ウィル君と結婚なんて話が飛びすぎじゃない?
貴族の結婚ってこんなに簡単に決まっちゃうのかな。
でも、悪くない。
⋯⋯ホントはすごく良いかもしれない。
変なこと考えちゃダメだって、色々と考えてしまうじゃない!
私が妄想を爆発させて、ウィル君との甘い日々を想像するうち、どうにも顔がニヤけてしまって、あげられなくなる。
隣に座るローゼさんの足元には、溢れんばかりの水で満たされたバケツが用意されているような気配を感じる!
予感が的中し、ローゼさんの例の「おまじない」が飛んできて、私はザバーッて冷水に頭を突っ込んだように冷静さを取り戻した。
って、えーっ! ウィル君にもぶちかましたの?
ローゼさんが両手に抱えたおまじないで私たちを成敗すると、何事もなかったかのように、四人の楽しい食事が再開された。
美味しい料理に舌鼓を打つ私を見て、料理長が遠くから満足そうに微笑んでいた。
他の使用人の方たちも、バルマード様が家族で食事をする光景を微笑ましく見守っている。
デザートが運ばれてくる頃には、かなり遅い時間になっていて、窓から見える空には星が輝いていた。
そこに香り高いコーヒーの匂いが漂ってくる。
「さあ、私の趣味にも付き合ってもらおうじゃないか」
食卓には、バルマード様が手ずから挽いたコーヒーが並んで、カップには角砂糖とミルクが添えられていた。
私はブラックが好みなのでそのまま口に運ぶと、これまで味わったことがないような、まろやかな口当たりに上品なコクがあって、その後味の良さにうっとりした。
このコーヒー、飲んだことないくらい美味しいんですけど。
以前、コーヒーショップで働いていた時、色々なものを味見させてもらったけど、ダントツに美味しいわ。
比較しようもないくらい、深い味わい。
「エストちゃんはコーヒーの味が分かるみたいだね。私がブレンドしたオリジナルなんだけど、仕事が多いときに飲むとスッキリしてはかどるんだ」
私はコーヒー専門店に通ったことはなかったから、これが初めて飲む本格的なコーヒーだった。
ネルドリップで丁寧に抽出されたコーヒーを味わっていると、バルマード様もご機嫌でカップに口をつける。
デザートのメロンもみずみずしくて甘くって、私はすっかり良い気分で、バルマード様とも話が合う。
ウィル君は砂糖とミルクをたっぷり入れ、四人でコーヒー談義に花が咲いた。
バルマード様は、いくつかのコーヒーを用意させ、楽しそうに説明しながら、一つ一つを私たちに振る舞ってくれた。
ネルドリップで一滴一滴抽出されていく様子を見て、バルマード様のコーヒー愛を感じ、私もワクワクした。
こんなに美味しいコーヒーが存在するなら、ちょっと布教したくなるくらいハマりそう。
「いやぁ、エストちゃんとこんなに話が合うとは、嬉しい発見だよ」
「私も大好きなコーヒーのことをたくさん教えてもらって、すごく嬉しいです」
あんまりおかわりすると目がバキバキに冴えそうだけど、今日くらいはいいよね。
バルマード様がハッ、と懐中時計を見て執事を呼ぶ。
「ずいぶん付き合わせてしまったね。男爵家には、私がエストちゃんを引き留めてしまったと急ぎ使いを出すよ」
そんなバルマード様をローゼさんが止める。
「お待ちください、お父様。今日は泊まっていきませんか? もう夜も遅いですし。それに何だかお泊まりって楽しい感じがするんです。私はエストさんともっとお話ししたいんですが、どうでしょう?」
私はローゼさんに頷き、ヒルダを呼んで相談すると泊まることに決まった。




