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「今日は元気がないね。そういう演技? 物憂げなイメージのメロディかい?」
レックス第二王子と一緒にある伯爵家の夜会に参加して笑顔を張り付けて挨拶していると、そっと囁かれた。彼は王子様然とした微笑みを張り付けながら、何度か会っていれば分かるが頻繁に人をからかう人物なのだ。
「まぁ……その、いろいろありました。それに詰め込んだ情報で頭がパンパンなんです」
あとは夜会の雰囲気に呑まれているといえばいいのか。
綺麗なドレスや装飾品にも、初めて出る夜会の雰囲気にも舞い上がることはできない。公爵邸ではドレスでくるくる回って遊んだけれど、今は緊張で吐きそうだ。でも、病弱だったメロディが社交を始めたならこのくらいがいいのかもしれない。ペネロペが少しでも素を出せば元気が過ぎる。
「誰かに何か言われた? この会場で」
すっと王子の雰囲気が冷たくなる。
そんなわけはない。オルグレン公爵家と付き合いのある家と、第二王子派にがっちり守られているのだから。これはきっと初回特典だろう。毎回毎回化粧室に行くのでもこれほどのがっちり周囲を味方で固める具合では、オルグレン公爵令嬢は病弱ではなくなったが一人で何もできないなんて言われてしまう。
「いえ、今のところは何も。しっかり守っていただいています」
「そう。じゃあオルグレン公爵のせいかな。あぁ、そうそう彼女たちには気をつけた方がいい。私を狙っているご令嬢たちみたいだから」
レックス王子が視線を一瞬やった方向には目立つ令嬢たちのグループがいる。
「殿下は狙われているんですか?」
「人のものを欲しがる弁えない愚か者はどこにでもいるんだよ」
「強かとも言えるのに、辛らつですね」
ペネロペの身代わりが終わった後、彼はああいった令嬢の中から婚約者を選ばなければいけないのに。まさか無理矢理婚約解消させることなんてしないわよね。
「私の婚約者はメロディ・オルグレンだ。いくら病弱でも公爵令嬢。それなのに、秋波を送ってくるなんて王子妃にも王妃にもふさわしくないだろう」
なるほど、彼もメロディと婚約しながらいろいろ観察しているのか。ペネロペは笑顔を張り付けたまま、飲み物を口に含んだ。
周囲からは仲良く寄り添って談笑しているように見えているはずだ。
「病弱で社交は欠席で、ずっと殿下お一人だったら仕方がないのではないですか。自分だって王子の婚約者になれると思ってしまうかもしれません」
「その思い上がりが甘い。自意識過剰だ」
「知りませんでした。殿下がこんなに辛らつな方だとは」
「潔癖と言ってくれ」
口元を読まれないようにレックス王子に近付いてコソコソ喋っていると、鋭い視線がさまざまな方向から突き刺さる。これは本物のメロディにはきついだろうなと感じるほど。視線だけで相手を傷つけられそうだ。これが権力を欲する人間の視線だろうか。
「夜会に出たことがないのに、君はなかなか堂々としている。素直に凄いと思う」
強い視線に思わず首をすくめたくなっていると、レックス王子はそう口にした。
「今日はほとんど第一王子派がいないじゃないですか」
「そうだね。今日は練習。本番は王宮での夜会というところだ」
「ここにいらっしゃる方々が皆、殿下の派閥というわけではないのでしょう?」
「中立が多い。兄につかないだけ常識的だ」
「中立派が多いのに、こんなに剣呑な視線が飛んでくるものですか」
「王宮の夜会ではもっと凄いだろうな。私が手を抜くのをやめたせいもある。今品定めされているんだ」
「殿下は胃が痛くなりませんか」
「オルグレン公爵がいるからまだ大丈夫だな。視線がかなり分散されているから」
どういう意味だろうか。確かにこの夜会には小姑公爵も一緒に来たけれど。会場ではほぼ一緒にいることはなく離れたところで談笑している。しかし、時折チェックの視線は飛んできている。
メロディに隠れて会っていたことがバレてから、彼はペネロペに対してさらに厳しく冷たくなった。彼の厳しいチェックのおかげで貴族の情報は全て頭に叩き込まれたけれども。
「彼にはまだ婚約者がいない。献身的に妹に手を尽くしていたという話だからね。でも、メロディが元気になってこういった夜会に現れたのなら、彼の婚約者の座を狙う女性たちも行動を開始するはずだ」
へぇ、あの魔王みたいな小姑公爵は人気があるのか。
シスコンで他に厳しいことを除けば、若くして公爵であるし綺麗な顔立ちであるし人気があるのも頷ける。
「このくらいでいいだろう」
挨拶を終えてしばらく談笑してから、レックス王子は帰ろうという合図を指でトントンと出してきた。
ペネロペも正直、口の周りの筋肉がひきつりそうなので助かった。
「踊ったりしなくていいですか」
「最初から元気いっぱいではすぐに兄に目をつけられる。本番は王宮の夜会だ」
「分かりました。あの……手紙を預かっているんですけど、良ければ返事をもらえませんか」
「それは来るときに話していたメロディからの手紙?」
「そうです」
「君もオルグレン公爵に怒られたのに懲りないよね」
「だって、一度は約束しましたから」
「さすがにここには持ってきていないよね?」
「そんなことはしません。落としたら大変じゃないですか」
「さすがに私が持っておくことはできないから。盗まれたら大変だからね。お茶会の時に読んで返事をその場で書こう」
「ありがとうございます」
コソコソと喋っていたが、ペネロペは口の周辺が引きつりそうになるのも忘れて今日一番の笑顔になった。
「今日は仲の良さは見せられたと思うから、いいんじゃないかな。君には申し訳ないことはしているしね」
申し訳なさそうな言葉の割に、不思議とその感情を言葉の端々から感じることはできなかった。