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いつもお読みいただきありがとうございます!
次回で本編完結です。
弟はそこそこ顔が広くなったらしい。
学園での同級生だった貴族たちに挨拶をし、私を紹介してくれる。
さらにそこから年上の貴族にも挨拶をしていく。
「姉さんって社交界出てない設定なのに、やっぱり慣れているよね」
「年食って緊張しなくなっただけよ」
「十代で年食った、はないでしょ。あ、あの方ともう一度話してきてもいいかな?」
「私はここで食べているから」
メロディの身代わりではないせいか、将来が決まっていないのに今日の夜会は気が楽だ。
必死に覚えた貴族の名前もなぜかまだ頭に残っている。
これほど夜会が気楽なのは、メロディ・オルグレンの名前を背負っていないからか。それともペネロペ・ドーソンがただの子爵令嬢で取るに足らない存在だからだろうか。
私のことを見る参加者の視線も優しいものばかりだ。やっぱり、これは後者が理由だろう。取るに足らない貧乏子爵家の令嬢が、隣国で働いて戻ってきて頑張って社交界に出てきたからこんな雰囲気なのだ。
メロディの時は病弱だったのよねという同情に似た視線もあったが、基本的にすべての視線が厳しかった。公爵令嬢で王子の婚約者という肩書だったから。
弟は家を継いで、このような夜会にも頑張って出ていくこともあるだろう。子爵家だから高位貴族との絡みはそこまではない。
ランズロー子爵令息と結婚していたら、きっとこんなのが日常なんだろう。
メロディが出たくても一度も出られなかった夜会。
私は飲み物を片手にぼんやりと会場を眺めた。
裕福なシンプソン伯爵家なだけあって、花瓶一つ、花一つとってもこだわりが見える。
憧れの学校生活も楽しんで、将来は決まっていないがもう借金はないから死ぬ気で働かなくてもいい。結婚もよほどでない限り強制されない。
これは紛れもなく、私が望んでいた生活のはずだ。それなのにこの味気無さ、つまらなさは何だろうか。
夢から覚めたつもりが、まだ夢の中にいるのだろうか。
これでは、メロディの方が一生懸命生きていた。
それにメロディといた時の方が、私も真剣に生きていた。毎日、誰かを想ってきちんと生きている気がした。今は一日を単調にこなしているだけだ。
なんで私は生きているんだろう。
貧乏と身代わりから抜け出すと、すべてが味気ない。私は何か目標がないと目の前を楽しめないのか。
戻ってきた弟に断ってから化粧室に向かう。
会場から出ると、廊下は少し涼しかった。人が多いと熱気も籠っている。
化粧室に行ってからすぐに会場に戻る気になれず、シンプソン伯爵邸の庭園を少し歩くことにした。
オルグレン公爵邸ほどではないが、ドーソン子爵邸とは比べようもないほど広くよく手入れされた庭園である。
クチナシの花だろうか、良い香りが漂ってくる。
さすがシンプソン伯爵家の夜会といったところだろうか。
王宮の夜会では庭でいかがわしいことをしている人々がいると聞いたことがあったのだが、この夜会ではいない。明かりが多いからだろうか。
静かな庭を歩いて、夜会の話し声がどんどん遠くなる。
ふと見上げると、月も星も綺麗に出ていた。
メロディはどうしているだろうか。
唐突にそんなことを考えた。
ねぇ、メロディ。レックス第二王子は王太子になっちゃったよ。新しい婚約者と一年後に結婚というお話だって。
ねぇ、メロディ。私にはよく分からない。
きっとあなたなら、どこかでレックス王子いや王太子を見ていて祝福するだろう。
私はあなたのようにできるだろうか。
傍から見れば、私とメロディの関係はおかしいだろう。
彼女が第二王子の婚約者のままでいたいと言ったから、私は彼女の身代わりをこなしたのだ。
メロディが私に感謝するのは自然で、私はどういう感情でいるべきだったのだろうか。もっとビジネスとして淡々としておけば良かったのか。
でも、私にそんな器用なことはできなかった。
会ってはいけないと言われていたけれど会いに行って、メロディと過ごすうちに嫉妬と劣等感とおかしな優越感にまみれた自分を突きつけられた。
知らなかった、弟に嫉妬する自分だけじゃなくてあんな自分も心の中にいたなんて。
でも、メロディもまさかだが私に嫉妬していた。
健康以外なんでも持っているメロディが、健康しか持っていない私に。
お互い優越感と劣等感を隠しつつ抱えて、私たちは会っていた。
だからこそ、出会えたのかもしれない。
そしてメロディが亡くなる前。
バルコニーで踊ったあの日。
私たちはやっとお互い同じになった。自分たちの優越感と劣等感が全くぴったり一緒になった。
メロディのことを考えて、私はメロディと一緒になったのだ。
シンプソン伯爵邸の庭で、バルコニーでメロディに向かってした時の様に男性のお辞儀をした。障害物が周囲にないのを確認して、男性のステップをゆっくり踏む。
音楽は聞こえてこないから、頭の中でリズムを取るしかない。
ねぇ、メロディ。
私は役目を終えてオルグレン公爵邸を出てから自由になったはずなのに。どうしてずっと私の心には雨が降っているのだろう。
メロディは自由になれた? うまく呼吸できるようになった? 息切れせずに思い切りダンスを踊れるようになった?
草に引っかかりかけて足元を気にした。
綺麗な靴には短い草がたくさんついてしまっている。まるで今の私みたいだ。
この状況にふっと笑いかけて、急に手を掴まれた。
驚いて顔を上げる。
男性ものの夜会服が見えた。酔っ払いだろうか。さらに視線を上げる。
思いのほか近くにあったのは、夜に溶ける黒髪と金色に近い色の目。泣きたくなるくらい懐かしい色だった。
右手をぐっと握られて、左手は彼の背中に誘導された。
そのまま男性パートを、公爵は女性パートをなぜか踊り続ける。
何か言おうと口を何度か開いた。でも口から何も出てこない。
公爵も何も言わずによろけかけた私の手を引っ張ってダンスを続けさせた。よろけても細かいミスをしても途中でやめないのは、いかにも公爵らしい。
最後まで踊って、お互い止まった。
私は彼の背中から手を離したのに、無表情を貫く公爵は右手も左手も離そうとしない。
「お前がいなくなって、すべてが味気ない」
挨拶でもしようかと思っていた矢先に、そんな言葉が降って来た。




