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ランズロー子爵夫人には散々引き留められたものの、隣国で就職先を決めることもなくペネロペは実家のドーソン子爵邸に戻った。社交シーズンなので王都のタウンハウスだ。ここを手放すかどうかというところで身代わりの声をかけられたのだ。だからここは維持できている。
久しぶりの実家は少し家具が入れ替わったようだった。
母と先に挨拶を済ませ、晩餐の時間になると父も弟も帰ってきて賑やかになる。
父母はそこまで変わっていない。以前は借金のせいで身なりにあまり構っていられなかったが、余裕が出てきた今はむしろ若返っているくらいだ。
「姉さんはずっと隣国で働いてたことになってるんだ。そこで気に入られて女学校にも行かせてもらって卒業したってことで」
以前よりも背が伸びた弟がペネロペのこの国での設定を語ってくれる。
メロディの身代わりなんてことは口に出せないし、姿を見た人はいないので隣国で出稼ぎということにしておいた方が都合がいいだろう。
「ペネロペにもいくつか縁談があるぞ」
酒が回ってきた父がそう言った瞬間、そこまでの束の間の団らんが急速に冷えた気がした。さっきまでしていた隣国の女学校の話も、公爵邸では当たり前だったが実家では初めて食べる分厚い肉の味も、何もかもが色あせる。
「それは、家のために受けろということですか?」
将来のことは漫然としか考えられていなかったが、メロディの身代わりをして借金を返したのだ。もう少し自由があると思っていたが、まさかさらに家のために嫁げということだろうか。
ペネロペの冷えた声で両親は少し慌てたようだった。
「ペネロペ、もし結婚したいのであればお話が来ているというだけよ。ほら、隣国に戻るからって断ることもできるのよ!」
「姉さん、父さんはちょっと言ってみただけでそんな強制みたいな意味じゃないよ」
「そう。そういえばあなたは好きな人と婚約したのよね? もちろん、家のためもあるけれど」
「学園で知り合ったからね。家のためでもあるけど、彼女のことは大事に思ってるよ。でも、姉さんのおかげってことは忘れてないから。姉さんが嫌がる相手に嫁げなんて言わない」
「一生独身でいるかもしれないわよ」
「それでもいいよ。だって、姉さんはすでに家のために頑張ってくれたじゃないか」
「いや、すまん。ペネロペが勝手に結婚したいのならとばかり思って……ランズロー子爵令息のことは断ったようだったし……」
母は慌てて上擦った声を出し、父は酔いが醒めたらしくブツブツ反省気味に言っている。
ペネロペも少し過敏に反応し過ぎてしまった。弟は家のためもあるが好きな相手と結婚できるのに、ペネロペは知らない相手に嫁がないといけないのかなんて被害妄想をしてしまった。ちゃんと弟も両親も分かってくれていたのに。
将来と向き合っておらず焦っているのはペネロペなのに、八つ当たりをしてしまった。これからどうするのか……もう何もかも遅いのに。いや、遅いなんておこがましい。ペネロペの淡い恋は始まる前に終わっているのだから。それに、手が届くような人でもない。
メロディの身代わりは振り返ってみたら、危ない目にも遭ったがとてもいい経験になった。身代わりを引き受けていなければペネロペは相変わらず弟を恨みながら働いていただろう。それか、どこかに後妻に出されたり、売られたりしていたかもしれない。
「いえ、過敏になりすぎてしまってすみません」
「そうよね、ペネロペはモテて大変だったでしょうね」
「母さん、それは女学校で姉さんがモテたってこと?」
「あら、それもアリよね。だってペネロペは身長が伸びて素敵になったもの」
さっきまでのおかしな空気は弟と母の笑顔と努力によってなんとか離散した。
ペネロペの身長は女性の平均よりも高い。女学校でも周囲より一つ視線の位置が高かった。それで、ダンスの授業で男性パートも踊れたのでキャアキャア言われたが……あれはモテたということなのだろうか。ペネロペは途中で留学生という形で入ったので、周囲にハブられず安堵していたのだが。
「そうだ。姉さん、婚約者の彼女が行けなくなってしまった夜会があるんだけど、俺のエスコートでよければ一緒に行ってくれない?」
「どこの夜会があるの?」
「シンプソン伯爵家だよ。うちの特産品を買ってくれているんだ」
「まぁ……いいけど……それにしてもシンプソン伯爵家は裕福なお家よね」
「隣国に戻るにしてもこっちで何かするにしても顔つなぎはしといた方がいいからさ。ちょうどいいんじゃない? 家庭教師を探してる家があるかもしれない」
公爵とメロディとは違って、弟とペネロペはよく似ているから浮気なんて言われないだろう。ペネロペは頷いた。
女学校の卒業パーティーで着たドレスがちょうどあったので買う必要もなく、それを着てシンプソン伯爵邸の夜会に参加した。
メロディの時以来の夜会だが、弟が夜会で堂々と振る舞っているのには驚いた。
学園を卒業しているが、夜会にそれほど頻繁に出ていたのだろうか。メロディの振りをしていた時でもペネロペはこんなに堂々とできるまでは何度か回数をこなさないといけなかった。
「婚約者の彼女がいろいろ教えてくれたんだ。もちろん、俺も頑張ったけど」
弟の意外な成長に笑っていると、夜会参加者の中に黒髪の男性が見えた。
思わず、その人に視線を向けてしまう。
たくさんの人がいるはずなのに、ペネロペは少しばかり他よりも背が高いせいか彼が良く見えた。そして、彼もなぜかこちらを見ていた。
「オルグレン公爵だね、姉さん」
「えぇ、そうね」
「俺も話しかけてもらったことあるんだ。彼女の家とオルグレン公爵の婚約者が仲がいいみたいで」
へぇ、と言いたいのに声が出なかった。
メロディが亡くなって少しやつれていた姿が最後だったが、今の彼は大して愛想は良くないもののやつれてはいない。そして公爵としてこの約二年で少し貫禄も出てきたように見えた。
「姉さん、踊る?」
「遠慮しておくわ。女学校で散々男性パートをやったからうっかり振り回しそう」
「誰かに申し込まれたらそれはやめてくれよ」




