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天使の思い出に~私はニセモノの公爵令嬢~  作者: 頼爾@11/29「軍人王女の武器商人」発売


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いつもお読みいただきありがとうございます!

 ペネロペは帰国前にお土産を買おうと、王都のメインストリートに買い物に出た。

 家族の分はもう買ってあるが、弟の婚約者へのお土産はまだだ。なにしろつい最近、婚約したと聞いたばかりなのだ。

 メロディと同じ栗毛の伯爵令嬢のようなので、この国らしい髪飾りかあるいは香水でも買おうと考えていた。


 なぜか買い物にはレオンまでついてきた。

 レオンは勉強のためと言い、ランズロー子爵夫人は半年以上も前に起きたひったくり事件のことを持ち出して護衛代わりに連れていけとのことだった。


「香水は好みがあるから避けた方がいいんじゃないか」

「そうですが、瓶が綺麗ですから眺めているだけで楽しいです。それに一度も会ったことがないので、髪飾りだって好みがありますよ」

「そういうものか。香水は避けた方がいいとばかり」

「婚約者に贈るのなら、香水は適当なのではなくお好きな香りにした方がいいでしょうね」


 お土産なのだからそこまで考えていない。一度も会ったことがない弟の婚約者の好みなど知らないのだ。好みを考え始めたら無難な菓子しか買えない。

 確か、婚約者のご令嬢は弟の学園の同級生だっただろうか。借金にあえぐ子爵家だったら伯爵家のご令嬢など嫁入りしてくれなかった。卒業前に借金がなくなったことを弟はペネロペに感謝するべきだろう。

 家を継ぐ弟の婚約も無事整い、ペネロペはちょっと鼻が高かったのだが後ろにいるレオンの存在を思い出し、散財はやめておいた。


 女性の買い物は長いからと断ったのだが、結局レオンはついてきてしまった。「あなたはそんなタイプではないだろう」と謎のコメントをされてしまって断り切れなかったのだが、どういうタイプだろうか。

 律儀に商品を眺めて色々聞いてくる彼に答えながら、ペネロペはさっさと美しい青色をしたやや複雑な形の瓶の香水を選んで会計を済ます。

 メロディのことを考えていたので自然と青い瓶ばかり見てしまっていた。弟の目も青いから、ご令嬢の目が何色でもきっと大丈夫だろう。


 付き合ってもらったので、レオンとともに休憩がてらカフェに入って紅茶とケーキを頼む。


「すぐに終わってしまってすみません」

「いや……そんなことはない。あなたは決断が早い人だからそこまで時間がかからないと思っていた」


 レオンとはそこまで長い時間一緒に過ごしたわけではないはずだ。彼は彼でこちらの学園を卒業してランズロー子爵家を継ぐためにいろいろと勉強中の忙しい身である。両親が恋愛結婚だったせいか、婚約者もまだいない。


 身代わりを引き受けると決めた時は我ながらよく決断したと思うが、ペネロペはそこまで決断が早いだろうか。


 目の前のレオン・ランズロー子爵令息をまじまじと見る。

 レックス第二王子、いや今はレックス王太子か。あの王太子や公爵を見慣れてしまったせいか、レオンの見た目にときめくことは一切なかった。

 決して彼が不細工なわけではない、女学校では彼に会えることを酷く羨ましがられたこともあるから。


「母は君をかなり気に入っていたから、婚約者になるのかと思っていた」


 紅茶を飲んでいるタイミングでなくて良かった。

 持っていたフォークにやや力が入る。


「身に余るお話です」

「そうでもないと思うけど。君は努力家だし、マナーも勉強もよくできるし、物おじしないからどこでもやっていける」

「子爵夫妻は恋愛結婚ですから、レオン様も恋愛結婚されるはずと女学校ではもちきりでしたよ」

「両親があんな風だと周囲にずっと言われてね、余計に恋愛が分からなくなるよ。でも、結構君のことは好きだったと思うけど」


 今日の買い物に付き合う時点でなんとなくは分かっていた。


「レオン様にはもっと素敵な方がいらっしゃるでしょう」


 いい人だと思う。幸せになってほしいし、彼と結婚する人は間違いなく幸せだろう。

 でも、ペネロペはメロディの死を見てしまった。

 もし、明日死ぬなら。

 ペネロペはこの人の側にいたいだろうか。この人でなければダメだろうか。病気になっても婚約者の座を譲りたくないとしがみつくだろうか。


 そんなことはない。絶対にない。


 目の前のレオンはゆっくりと紅茶を飲んでいる。

 それが公爵の姿に一瞬だけ重なった。フォークの持ち方がとか、もっと優雅にとか、お小言が飛んでこないティータイムはとても気が楽だ。

 でも、ペネロペは知っている。公爵の紅茶の飲み方はとても優雅だった。ケーキの食べ方だってそう。見惚れている間にケーキはなくなっていた。メロディを心配して目を伏せる様子もとても物憂げで美しかった。


 小姑公爵のお小言に比べたら、女学校の授業での叱責なんてヒヨコの鳴き声のようなものだった。


「まぁ、誰かと比べられるのも気分が良くないからね」


 レオンはペネロペをまっすぐに見て笑った。

 彼の目が薄いブルーであったことにペネロペは初めて気が付いた。


「比べる?」

「いや、誰かを探しているが近いかな。そういう目で見られ続けるのはちょっと。それに、その目を自分に向かせたいとも思わない時点でそれは恋じゃないんだろう」


 レオンにとって恋とはそういうものらしい。


 王太子になったレックス王子は侯爵令嬢と婚約したと聞いた。必死に名前を覚えた中のトップに近いところにあった名前だった。

 そして公爵もペネロペの留学中にどこかの伯爵令嬢と婚約したと聞いた。裕福な伯爵家だったはずだ。


 レオンと公爵を無意識に比べているなんて知りたくなかった。

 あの叱責を懐かしく感じているなんて思いたくもなかったし、おとぎ話のように靴を履かせてもらって後から顔が熱くなった。


 もう遅いから気付きたくなどなかったのに。

 楽しい女学校生活で最後の最後まで覆い隠していたかった。


「なんだかマズいことを言ってしまったみたいだ」


 レオンはすっとハンカチを差し出してくる。

 泣いたのはメロディが死んだ時以来だろうか。公爵の胸を借りて思い切り泣いた。公爵も泣いていた。


「大丈夫?」

「大丈夫です。亡くなった知人を思い出してしまって」


 こんな優しい人を好きになれない自分はちょっと嫌いになりそうだった。


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