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「ペネロペさん、お茶にしましょう。ケーキが焼き上がったわよ」
「すぐに行きます」
実家に手紙を書いていたが、ランズロー子爵夫人の呼びかけで慌てて立ち上がる。
私は現在、隣国に留学していた。
メロディの葬儀が終わり、第一王子の処罰が決まってもう身代わりをする必要がなくなりお役御免になったからだ。
隣国への留学を提案してくれたのは、なんとあの第二王子だ。
ポロッと学園に憧れがあると零したのを覚えていてくれたらしい。あの王子は人を人として見ていないのに、妙なことを覚えているものだ。そんなに学園に対しての発言に怨念がこもっていただろうか。
メロディが亡くなって身代わりをしなくて良くなっても、すぐに実家に戻る気にもなれず、かといってオルグレン公爵邸に居座るわけにもいかない。
公爵はメロディがいなくなって寂しいのか、私に好きなだけ居てもいいと言ってくれたがそんな図々しいことはできない。いくら憂いを帯びた表情をされたとしても、単なる罪悪感と社交辞令で言われたのかもしれないのだ。
公爵だっていつまでも独身でいられないわけで……メイドか何かで働かせてもらおうかとも考えたが、やはりオルグレン公爵邸にはメロディの思い出が多すぎる。それに、万が一ではあるが公爵邸に出入りする客人に似ていると思われてペネロペの身代わりが今更バレても困る。
自意識過剰だとは分かっているが、念には念を入れたい。
メロディとは一年も一緒に過ごさなかったのに、誰かがこの世界からいなくなる、見えなくなるのはこんなに悲しく寂しいのかと驚いたものだ。
公爵邸にいると、葬儀の後でもついバルコニーに行ってしまいそうになった。そこで格好悪くても男性パートを踊ったらメロディが笑ってくれている気がした。
オルグレン公爵邸は、私が身代わりをした場所でも、マナーを厳しく躾けられた家でもない。天使に出会った場所なのだ。
「留学の口利きか、それともいい令息でも紹介しようか? 君だって適齢期だ。身代わりでマナーも勉強も頑張ったのだしどこかの嫡男でも紹介できるけど」
複雑な心情を抱えた私に、再び公爵邸を訪れた第二王子はそう言った。彼が王太子に指名される直前のことだった。
実家の借金がなくなったことをきちんと確認してから、私は留学を選んだ。だって、結婚したらおちおち外国なんて行けないだろうから。それに、やっぱり第二王子の言葉の端には人を人と思っていない響きが感じられた。王位争いが終わり王太子が決定したほとぼりが冷めるまでは、第二王子のことを見ずに隣国にいたいと思ってしまったのだ。
元々借金があって結婚なんて考えていなかった。今更すぐに結婚を考えろと言われても無理がある。実家に戻ってもきっとそんな話が降って来るだろうから、留学して実家にも戻らないでおいた。
しかし、第二王子は留学どころか結婚相手までセットにしていたようだ。
あの人、変なところで気を遣う。
「もうすぐペネロペさんの留学期間も終わりね。寂しくなるわ」
「ありがとうございます」
おっとりと微笑む子爵夫人に寂しげに見えるよう笑みを返す。
隣国の女学校というところに一年間行かせてもらった。
生徒には下級貴族が多くマナーを厳しく教えており、女学校を卒業していると教師や家庭教師などの就職がとても有利になるのだ。
留学期間自体は一年半だ。半年で語学を叩きこみ、一年間女学校に通って学園生活を楽しんだ。隣国の言葉は自国と似ている部分も多く、メロディの身代わりの時にも勉強していたので支障はなかった。
住まいは寮ではなく、ランズロー子爵家が所有するタウンハウスである。
ランズロー子爵家は第二王子を支持していた貴族の親戚が嫁いでいる家だそうで、今回他国からやって来た私を受け入れてくれたのだ。
私は家の借金のために働いていて、就学の機会を逃してしまったということになっている。ほぼ事実だ。
ランズロー子爵家は大変裕福で、ボランティアのような感覚で私のような学生を毎年何人か世話していた。女学校の奨学金制度にも関係している家なのだそうだ。
「帰国したらどうするの? 何なら、もっとうちにいてくれていいのよ?」
私はどうやら、ランズロー子爵夫人に気に入られたようだ。
メロディの身代わりをしていたおかげで、留学前からマナーはかなりのものだったし、詰め込んだだけに見えた教育だって女学校でかなり役に立った。学校の授業についていけず勉強ばかり、とはならずにちゃんと憧れの学校生活も謳歌できたのだ。
ランズロー子爵夫人のこの言葉は、嫡男の嫁になる気はないかという意味が含まれている。
女学校の卒業パーティーでは、パートナーがいない私をランズロー子爵令息がエスコートしてくれたのだ。
「実家のことが気になりますし、弟が婚約したようなのでまずは顔を見せてこようかと」
「あなたを雇いたいと言っているお家もたくさんあるのだし、いつでも実家だと思って帰ってきて」
ランズロー子爵家の嫡男と年の離れた小さな双子のお守りもしたせいだろうか。子爵夫人にはとんでもなく気に入られてしまったし、レオン・ランズロー子爵令息もとてもいい人だ。
隣国では婚約者を早くから決めることはないようで、私と同じ十七歳になるレオン・ランズロー子爵令息にもまだ婚約者はいない。今ちょうど探しているらしい。おそらく、第二王子はこのことを把握していたのだろう。
レオン・ランズロー子爵令息は寡黙だけれどいい人だと思う。
彼と結婚したら、将来はランズロー子爵夫人だ。
私の苦手な高位貴族でも王族でもない。ランズロー子爵家は裕福だから、実家の様に内職も何かの身代わりをする必要もない。嫁ぎ先としては百点満点。貧乏子爵令嬢だった私には身に余るお話だ。
でも、どうしても思い出してしまう。メロディが第二王子を想っていたあの視線を。
私はどうやってもレオン・ランズロー子爵令息にそんな目を向けられないのだ。端くれだとしても貴族の結婚にそんなものは必要ないと分かっている。
レオン・ランズロー子爵令息に嘘でも恋ができたら良かったのに。淡い想いでも打算的なものでもいい。
現ランズロー子爵夫人にも気に入られて、下の双子たちにも懐かれて何の不満もない。子爵家に嫁いでしまえば一般的に言うならば幸せになれるだろう。そう、それが一般的な幸せ。常識的で疑いようもない。
メロディは十六歳で天使になってしまった。
彼女を想うと、なぜか私はただの安寧を選ぶ気にはなれなかった。
安寧よりも、無様で拙い男性パートをバルコニーで踊った時の方が明らかに私は人生を生きていた気がした。世界がこれまでよりも色鮮やかだった気がするのだ。




