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33話 乱される心

 行く手を阻まれ困惑していると、駆け寄ってきた団員たちは私を説得しようと口々に話しかけてきた。


「ええーーーーーー戻るんですか!? 姉さん!?」

「まあそう言うなって、ちょっと待った方がいい気がするぜ。姉さん」

「姉さん! 戻るにしても、せめてエンディミオン団長に声かけてからにしてあげてくださいよ!」


 そう言って、彼らは何としても私を医務室に帰らせないようにしてきた。もちろん私も優勝おめでとうくらいの声はかけてあげたかった。


「……だけど、あんなにも女性が囲んでいるのに無理ですよ。それに怪我人が待ってるんだから行かないと。仕事ですから」


 そう言いながら、とても近付けそうにないエンディミオン卿に目をやった。正直、こちらへ歩いて来ているような気がしなくは無い。


 だけど、今のまま待っていると日が暮れそうだ。


――もう今回は無理みたいね……。


 そう判断し、医務室に戻るために踵を返そうとした瞬間、ふとエンディミオン卿と目が合った。


 すると彼は、咄嗟に何か言いたげに口を開いたかと思えば突然真剣な顔になり、いつもより低く大きい、厳しさを感じるような声を発した。


「もうこの花を差し上げる方は決まっておりますので、どうか道をお空けください」


 女性に対しては、少々威圧的な言い方だったかもしれない。そんな彼の言葉を聞き、先程まで笑顔だった大勢の女性たちは、一気に怒りや絶望の表情へと顔色を変えた。


 すると、何人かのご令嬢はその場で泣き崩れ、一部のご令嬢や御夫人は怒ってその場を立ち去り始めた。


 また残ったご令嬢については、耳が劈けそうなほど怒ってる人や、金切り声のようなものを発する人もいる。もはや獣のようだ。


 その他、振り払えないエンディミオン卿にしがみつこうとする女性と、その女性を怒って引き剥がす女性、エンディミオン卿に暴言を吐く女性もいた。


 もうその光景は、阿鼻叫喚そのものだった。


「あー、ああなるのが分かってたから、どけって言えなかったのか。エンディミオン団長も大変だなぁ」

「俺だったら周りの令嬢みんなにあげて、モテモテ街道まっしぐらを選ぶね!」


 心の底から他人事という感情が伝わってくるような言葉を、皆が次々と零し始めた。


 そんな彼らの発言に困惑していると、突然横に第5騎士団の副団長が来た。そして彼は、真っ直ぐこちらに進んでくるエンディミオン卿を見つめながら、私にポツリと呟いた。


「愛されてんなあ……姉さん」


  その言葉を聞いた瞬間、私の中に衝撃が走った。


 私はいつも尽くす側だった。カイルにも他の友人にも、自分のことを犠牲にし過ぎだと言われるほどだ。


 だが、それほどまでに尽くしたのに、クリスタはレアードに愛されているね、と言われたことはたったの1度も無かった。


 それどころか、良いように使われてるんじゃないかと言われたことがあるくらいだ。まあ、それは当たっていたのだが……。


 だけど、そんな私がこうして誰かに愛されていると周囲に言われるのは、人生で初めてだった。レアードの時は誰も言ってくれなかったのに、だ。


 一度カイルと大喧嘩をしたことがあるが、あのとき私はカイルに「レアードに愛されてないだろう」と言われた。だからこそ、副団長に言われた言葉で私の世界が反転したような気持ちになった。


――私って本当に愛されていたのね……。


 愛を感じていなかったわけじゃない。だが、副団長の言葉により、その愛が私の中でずっと重みを持ったものへと変化した。


 すると、そんなタイミングでエンディミオン卿が私の目の前へとやって来た。急速にスピードを上げて歩いた彼の周りには、もう誰も残ってはいなかった。


「クリスタ様、見に来てくれてありがとうございます! 私はこの花をすべてあなたに捧げます。どうか受け取ってくださいっ……」


 そう言うと、彼は私に花束ごと差し出してきた。そして、その花束をよく見てみると、オフィーリアが抜けている痕跡は1輪分も無かった。


――あんな状況で、すべてのオフィーリアを死守して来たというの!?


 驚きのあまりオフィーリアから彼に顔を向けると、目が合うなり、彼は無邪気さを感じるような笑顔ではにかんできた。


 そんな彼を見て、胸をギュッと掴まれたような感覚になり、私はその花束を思わず受け取ってしまった。


「ありがとう……ございますっ……」


 こんなのいつもの私じゃない。一体どうしてしまったと言うのか。


 そう思うほどに緊張しながら声を発したが、そんな私にエンディミオン卿はサラッと「あなたのおかげです」と返してきた。


 その瞬間、ああ、いつものエンディミオン卿だ、と思い緊張が一気に薄れた。そして、私はいつもの調子を取り戻し、彼に言葉を返した。


「いいえ、これはあなたの日々の積み重ねの証拠で、あなたの努力の成果です。自分のことを誇ってください」


 そう言うと、彼は目を見開いて軽く俯き、喜びを噛み締めるように口角を上げた。だが、彼はすぐに顔を上げると、私の目を見つめてきた。


「嬉しいです……。でも、試合中クリスタ様の声が届いたから勝てたんですよ」


 そう言うと、彼はそれは嬉しそうに優しく笑った。だが、私の心境はそれどころではなかった。


――え!? 聞こえていたの!

 あれだけの歓声の中、私の声を聞き分けたというの!?

 そう言われると、何だか恥ずかしいわ……。


 応援の声が聞こえていたと本人に言われ、急に恥ずかしさが込み上げてきた。


 そのせいで、思わず今度は私の方が俯いてしまう。きっと今、私の顔は生理的な現象で赤くなっているだろう。


 だが、そんな私の心中を知らないであろうエンディミオン卿は、そのまま言葉を続けた。


「ああ、そうだ。クリスタ様、約束を覚えてますか?」

「え、ええ……」

「後でそのことについてお話しましょう。お忙しいのに来てくださってありがとうございます。ではお仕事頑張ってくださいね」


 そう言うと、彼は余りにもあっさりとその場を離れようとした。そこで、私はまだおめでとうという言葉を彼にかけていないことに気付いた。


 そのため、私から離れていく彼を思わず引き止めた。


「ま、待ってくださいっ……エンディミオン卿」


 顔を上げると、彼はもう後ろを向いていた。しかし、私の声を聞き秒速的な速さで振り返ると、彼は一瞬にして離れていた距離を詰めてきた。


「どっどうされました!? クリスタ様っ……?」


 そういう彼は、さっきの別れ際と同一人物とは思えないほど余裕のない表情をしていた。


「エンディミオン卿におめでとうとまだ伝えられていなかったので……。おめでとうございます。もしよろしければ、もらってください」


 そう言って、私キャンディ型の疲労回復ポーションをポケットから1個取り出した。すると彼は震える声で「よろしいんですか……?」と聞きながら、回復薬を受け取った。


――よし、これで心置き無く医務室に戻れるわね!


 そう思ったところ、目の前のエンディミオン卿は幸せそうな笑顔になると、マシンガンの如く言葉をかけてきた。


「仕事の合間を縫って私を見に来てくれた上に、プレゼントまでくださるなんてっ! あなたのその優しさが大好きです! 結婚してください!」


 周囲の目も憚らず、ハッキリとした口調で告げる彼に第5騎士団から歓声が上がる。だが、私の答えはいつもと同じだった。強いて少し違うところと言えば、声が少し裏返ってしまったことだ。


「おっ、お断りいたします……!」


 そんな私の反応に、第5騎士団はふざけた様子でブーイングをしてくるが、エンディミオン卿は私と目が合うと輝くような笑顔で笑った。


 そして、本当に医務室に戻れる状態になり、ようやく私は医務室へと歩き始めた。 


 さっきの試合でかっこいい姿を見てしまったせいだろう……。エンディミオン卿のことを思い出すと、ほんとにほんとにちょっと照れてしまう。


――何だか調子が狂うわ……。

 心が乱れる……。


 そう思いながら、私は歩きながら思わずオフィーリアのブーケに顔を埋めた。

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