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第二話:ゴッドファイブ、再出動!

***

「どうした!花菜(はな)!」

炎条(えんじょう) (れつ)が、勢いよくドアを開けた。

彼は神話戦隊”ゴッドファイブ”のリーダーで、炎の神”プロメテウス”の加護を受けた”赤のゴッドファイブ”だ。


アフロディーテが拠点としている、喫茶”オリンポス”には、ゴッドファイブの紅一点、白鷺(しらさぎ) 花菜(はな)からの連絡をうけ、ゴッドファイブのメンバーが続々と集まってきていた。


花菜は、恵みの神”フローラ”の加護を受けた”白のゴッドファイブ”で、ゴッドファイブの司令塔とも言える役割を担っていた。


「烈!さっき、”オムファロス”からの思念を受け取ったの」

花菜は、手に持った水晶を烈に見せた。

水晶はぼんやりと赤い光を帯びていた。


この水晶は、マリアの持つ宝玉”オムファロス”と連動しており、”オムファロス”の意思によって、宿主、すなわちマリアの状況に対応している。


赤く光っているということは、マリアの身に危険が迫っているということだった。


更に水晶は、”オムファロス”が転送した宿主の”思念”を再生することもできる。


これは、”オムファロス”がマリアの優しさや勇敢さを認め、”オムファロス”にもまた、マリアを守りたいという意思が芽生えたことによるものだった。


“オムファロス”はマリアを守ることを自らの意思とし、全ての力はマリアを守るために働く。ゴッドファイブが”オムファロス”の助力を受けられるのも、彼らも同じく、マリアを愛し、守ることを目的としているからだった。


花菜は、水晶に転送された思念を再生した。

『助けて、ゴッドファイブ』

静かに、マリアの声が室内に響きわたった。


「この思念が転送されたのはいつだ?」

尋ねたのは、水城(みずしろ) (りゅう)

水の神”オケアノス”の加護を受けた”青のゴッドファイブ”で、熱血で向こう見ずな烈とは対象的に、冷静に状況を判断できる参謀だ。


「ついさっきよ。この時間なら、マリアちゃんは学校にいるはずだけど・・・」

花菜が眉をひそめた。


「学校で、なにか危ない目にあってるってこと?」

聞いたのは、土門(どもん) 一雄(いちお)

大地の神”ガイア”の加護を受けた”黄のゴッドファイブ”で、その巨漢に(たが)わず怪力の持ち主だが、懐が深く穏やかな性格の持ち主でもあった。


「マリアを狙うってことは、やっぱり奴らの仕業(しわざ)なのか?」

一樹(いつき) 聡太(そうた)が言った。


彼は新緑の神”アトラス”の加護を受けた”緑のゴッドファイブ”で、メンバーの戦いのサポート役をこなしていた。


花菜が黙って頷いた。


マリアを、いや、彼女の持つ”オムファロス”を狙う者といえば、思い浮かぶ答えはひとつだった。


邪神軍”ギンヌンガ・ガップ”。


先の”ヨルムンガンド”との死闘に勝利し、相手の戦力は底をついたと思っていたのだが・・・

「こんなに早く次の手を打ってくるなんて」

花菜は苦い顔をする。


ここしばらく、ゴッドファイブの戦いに協力していたマリアを、「普通の女の子の暮らしに戻してあげたい」と提案したのは、他ならぬ花菜だった。

しかし、その判断が完全に裏目に出てしまった。


「俺のせいだよ」

花菜の言葉に被せるように言ったのは、烈だった。

「あの”ヨルムンガンド”との戦いのとき、もっと攻めて攻めて、相手の親玉を倒しておけばよかったんだ!」


「それは無理ッチ!」

アフロディーテの化身、ルビッチが烈を制した。

「あの時、ゴッドファイブも満身創痍だったッチ!”ヨルムンガンド”を消滅させられただけでも奇跡に近いッチ!あの状況から”ギンヌンガ・ガップ”の女王、ヘラを倒すなんて・・・」


「でもそのせいで、こうしてまたマリアが巻き込まれてるじゃねーか!」

烈の剣幕に、ルビッチは、ひぃぃ、と萎縮した。


「おい、落ち着けよ」

流が静かに言い放った。

「誰のせいとか、今はどうでもよくね?まずは、マリアに何が起こったのかを考えるのが先決だろ」

流とライバル関係にあり、普段はケンカ腰の烈。だがそれでも、正論を突く流の言葉には渋々同意するしかなかった。

「・・・悪かったよ」


「マリアちゃんが学校に行ってる時間だとしたら、まずは、彼女の通う学校に行ってみるのがいいかな」

聡太が雰囲気を切り替えるように、吹っ切った声色(こわいろ)で言った。


花菜も頷く。


「そうね。学校なら、他の生徒も巻き込まれてるかもしれない。放っておけないわ」


すると、先ほどまで(しお)れていたのが嘘のように、烈が拳を突き上げた。

「おっしゃぁ!許せねー、”ギンヌンガ・ガップ”の奴ら!コテンパンにしてやるぜ!」


***

男女のピエロは、並んで廊下を歩いていた。

傍らには、先ほどパフォーマンスを見せた教室の女生徒、瀬名が、なにやら大きな箱を乗せた台車を運んでいる。


一人の男性教師とすれ違った。

男性教師は、二人のピエロにギョッとしながらも、会釈する。


「さ、サーカスの方ですか?」

男性教師が恐る恐る聞く。

男のピエロはニッコリと微笑む。

もっとも、メイクのせいでその表情の変化はほとんどわからないが。


「ええ。今週末から広場で始まる”ドリームサーカス”の者です。今日は、ちょっとした宣伝(プロモーション)に」

「ああ、そうですか。それはそれは」

男性教師は適当に頷き、その場を去ろうとする。


どうやらピエロのメイクの男とは、あまり親しく喋りたくないようだ。

そこで、彼はつい、悪戯(いたずら)心を発揮してしまう。


「いやぁ、それにしても、この学校の先生方も生徒さんも素晴らしいですねぇ!」

ピエロが急に声を張るので、男性教師は思わずビクッとした。


「先ほど彼女の教室でパフォーマンスをさせてもらったのですが、皆さん礼儀正しいこと!おまけにこうして荷物運びもしてもらって。”ウチの団員に欲しいくらい”ですよ。なんせ、私の助手なんてホラ、こうして私の横に突っ立ってるだけでして!派手なのはメイクだけ!なははは!」

男のピエロがそんな風に侮蔑的なことを言っても、隣の女性ピエロはニッコリ笑ったまま立っているだけだ。


「は、はぁ、そうですか。公演、上手くいくといいですね。では」

異様な雰囲気を感じ取ったのか、男性教師はそそくさとその場を去っていった。


駐車場に停まっている、サーカス団のトラックまでたどり着いたとき、台車を持ったまま静止している瀬名を見て、男性ピエロは鼻を鳴らした。


「さっきの男性教師、あれはいけませんねぇ。せっかく”不審者”と言わんばかりの雰囲気を出して差し上げたのに。奇妙な人間がいれば、トコトン疑うべきです。それを、”面倒に巻き込まれたくない”という自己保身が優先して、その結果がこれです」


男性ピエロはおもむろに、瀬名が持っている台車の上の箱を、フタを開けて見せた。


箱の中には、数十人の男女が”すし詰め”状態で入れられていた。


それも、男子も女子も、全裸の状態だった。


彼らは、先ほど男性ピエロがパフォーマンスをした教室の生徒たちだ。

虚ろな目で、重なり合うようにぐったりと密着する彼らは、もちろん生きている。

ただ、男性ピエロの”魔力”によって、今は物言わぬ人形同然の姿。こうして狭い箱に押し込められても、文句ひとつ言うことができないのだ。


「目の前で堂々と教え子たちが連れ去られてしまう。ずさんで怠惰(たいだ)な仕事をしているから、こうなるのです」

男性ピエロは言いながら、”ある夫婦”の姿を思い浮かべる。


一転、男性ピエロは、意思を奪われ、虚ろな目で男性ピエロの言いなりに動く瀬名に、愛しげな笑みを見せた。

「お前をこのように”特別な仕事”に就かせているのは、明快にわたくしの”きまぐれ”に過ぎません。お前がわたくしの眼鏡に(かな)わないと見えれば、すぐに”彼ら”と同じように、箱の中にすっぽりと収まってもらいます。頑張りなさいね」


男性ピエロに言われると、瀬名は胸を張り、白目を剥く。

「ハイッ・ゴ・シュジン・サマッ」

魔力により、自我を”からくり人形”へと書き換えられている瀬名は、機械のような声で返事をした。


箱の中には、彼女の親友、マリアが裸で押し込められていたが、意識を完全に奪われているマリアが、瀬名のそんな姿を認識することはなかった。


「では、我が城に帰るとしましょうか」

男性ピエロに指示され、女性ピエロと瀬名は、生徒達が入れられた箱を、トラックに積み込んだ。


「お前はここまでです」

男性ピエロは、女性ピエロに言った。

「お前はここまでとても役に立ってくれました。感謝しています。思い出すことはないでしょうが、お前にとっても、わたくしの”人形”となることは、さぞ気持ちの良かったことでしょう」

男性ピエロはそう言うと、女性ピエロの額を、人差し指でぐっと押した。


ボンっ


という音とともに、女性ピエロの衣装のレオタードが破裂したかと思うと、女性ピエロは元のTシャツとデニムの姿になった。


真っ白なメイクも元に戻り、きつくお団子にしていた髪も、ナチュラルなポニーテールになった。


「それでは、また会う日まで。ごきげんよう」

男性ピエロが言うと、女性は白目を剥いて、クルリと体を(ひるがえ)した。


女性がスタスタと歩きだし、学校を出ていくと、男性ピエロは同じく白目を剥いて立ち尽くす瀬名に向き直った。


「さて、今からはお前がわたくしの”右腕”です。行きましょうか」

「ハイッ・ゴ・シュジン・サマッ」

“からくり人形”と化している瀬名は、男性ピエロの言いなりのまま、トラックの助手席に乗り込み、男性ピエロは運転席に乗り込むと、トラックは発車し、学校を出ていった。


ゴッドファイブが到着したのは、その数分後のことだった。


***

「つまり、男性と女性、雄と雌、二つの性器は”鍵と鍵穴”に同じです。二つの合体という奇跡の営みにより、”愛”という扉を開くことができるのですっ!」


学年主任の古手川(こてがわ)が、とある教室の前を通りかかったとき、そんな声が聞こえてきた。


こんな時間に授業?不審に思い、古手川はその教室に耳を済ませた。


「女子生徒諸君、あなたがた女は、男の”鍵”を受け入れ、その硬く閉ざされた”性”という鍵を開けて頂くという使命を受けています」

「こ、これはっ!」

古手川は教室から聞こえてくる授業の内容を聞き、ギョッとした。授業をしているのは、紛れもなく、この教室の担任の風祭先生の声だった。


そして信じがたいことに、風祭先生は無断で性教育を、しかも、完全に偏った見方で教えているではないか!


古手川はガラッと扉を開けた。

「風祭先生、何をしているのですか!」

古手川が教室に乗り込むと、風祭は黒板に男女の性器を模した絵を描き、それらが”合体”するまでの構図を詳しく説明した、極めていかがわしい図を元に、熱弁を繰り広げていた。


「つまり、わたくしをはじめ、全ての”女”は、殿方の”鍵”を受け入れるためだけに生まれて来たに他ならないのですつ!」

その風祭の姿を見て、古手川は更に目を丸くした。

風祭は全裸で、自らの性器を教鞭で指しながら、”鍵と鍵穴”の仕組みを教えていたからだ。


「か、風祭先生、いったい何を!?」

古手川は見てはいけないものを見た罪悪感と、教師の暴走を止めなければならないという使命感で、目を塞ぎながら懸命に風祭に近づいた。


「風祭先生、服を来て下さい!こ、こらっ!お前たちも見ちゃいけない!一旦、全員教室の外に・・・」

生徒たちを教室の外に促そうとして、古手川はまた目を疑った。


裸の風祭が熱弁を振るう先には、生徒の姿は一つも無かったのである。


あるのは乱雑に脱ぎ捨てられた大量の制服と、女子、男子入り交じった下着だった。

「こ、これは、これはいったい、どうなっているんだぁ?」

古手川は混乱のあまり、頭を抱えてうずくまってしまう。

その傍らには、相変わらず無人の教室に向かって性教育を続ける全裸の風祭。

「わたくしたち”オンナ”は、”オトコ”の性の道具となりぃ!」


騒ぎを聞き付けて、教室に駆け込んで来たのは、5人の若者たちだった。


「な、なんだこりゃ!?」

4人の男達が目の前の光景に目を丸くすると、その後ろから一人の女性が男達を小突いた。


「アンタ達は一旦出ててっ!」

男達を追っ払うと、女性はなおも演説を続ける風祭に駆け寄った。


「大丈夫ですか?しっかりして!」

しかし、風祭は女性の制止も聞かず、演説を続ける。

「オンナはオトコのどーぐ!オンナはオトコのオモチャ!オンナはオトコのにくにんぎょうなのらぁ!」

もはや正気の沙汰とは思えないことを叫ぶ風祭の目は、やはり狂気に満ちていた。


女性は首から下げたペンダントを取り出すと、風祭の方に掲げた。


ペンダントは、どす黒いオーラに包まれた。


「やっぱり、かなり強力な魔力に支配されているわ」

女性はカバンから一輪の白い花を取り出した。

目を(つぶ)って何事か呟くと、女性はその花を風祭の方に向けた。


花の匂いを嗅ぐと、女性はスウッと目を閉じ、そのまま女性の方に横たわった。

「白いポピーの花言葉は”眠り”と”忘却”。ゆっくりと眠りなさい」

女性は来ていた上着を風祭に着せながら言った。


「もう入ってきていいわよ!」

女性は教室の外から様子を伺う男達を呼んだ。


***

街のはずれにある広場の中央に陣取るように設立された、カラフルな巨大テント。その内部は、テントの中とは思えないほど広々として、空調設備も整った一つの完全な施設が出来上がっていた。


男のサーカスの団員たちが談話するための、広間のようなスペースは、いくつかのテーブルとイスが並べられており、奥に置かれた団長用の、一際大きな椅子には、不相応な装いの男のピエロが優雅に座り、これまた不似合いなブランデーグラスを転がしていた。


「ンフッ♪こんなに手応えのない”仕事”は初めてです。ですが、どうです?これがワタクシと貴方(あなた)との差」

男のピエロがそう言って振り返ると、どこからともなく、紫の鎧に身を包んだハデスが姿を現した。


「フン。学生(ガキ)どもをさらっただけで何だというのだ?そんなキテレツなナリで、いい気になるなよ、テュポーン」


ハデスの返しに、男のピエロに扮したテュポーンはまた、「ンフッ♪」と笑う。


「さらっただけ?貴方の眼は、さぞかし節穴なのでしょうねぇ。ワタクシは、貴方がたが万力尽くしても成し得なかった”仕事”を、とうに達成しているのです」

そう言って、テュポーンは、パンパンパン、と三回、手を叩いた。


なにやらカタカタと音が鳴ると思ったら、一人の少女が、膝も、脚も、関節という関節を曲げないようにピタリと伸ばしたまま、器用に歩いてきた。


瀬名だ。


瀬名はこのサーカスに到着して以降、当然のように全裸だった。

「オモチ・イタシ・マシタッ」

機械のような一本調子で言うと、少女はテュポーンに両手を差し出した。

その手には、真っ白に輝く石が乗せられていた。


ハデスはそれを見てゴクリと(つば)を呑んだ。


“宝玉オムファロス”。数日前、ゴッドファイブを追い詰め、そして、すぐ目の前まで迫っていたにも関わらず、その手にできなかった物だ。


「手に取ってもよいですよ?」

テュポーンが変わらず嫌みな含み笑いを浮かべて言うのを、ハデスは憎々しげに睨んだ。


「バカを言うな。魔族に触れられるわけがなかろう。俺も、そして貴様もな」

ハデスの返事に、テュポーンは「ンフッ♪」と笑う。


「その通り。だから、ワタクシは彼女たちを連れて来たのです。宝玉に触れられる”人間”をね」

テュポーンは、手を一回、パン、と叩いた。


その音に反応し、瀬名はクルリとテュポーン達に背を向け、部屋の隅にカタカタと移動した。

「タイキ・イタシ・マスッ」

瀬名は、オムファロスを乗せた手のひらを掲げたまま、その場で直立し、動かなくなった。


「ところで、なぜこの小娘が宝玉を持っている?”コイツ”に選ばれた別の娘はどうしたのだ?」

ハデスが言うと、テュポーンはやれやれ、と首を振った。

「”オムファロス”の加護を受けた、あの娘にコレを持たせては、せっかくワタクシが丹精込めて支配して差し上げた魔力を全て浄化してしまうではありませんか。だから、『宝玉を持つことはできるが、何の力も持たない』この娘に、宝玉を守る任をまかせたのです。必要な時はホラ」

テュポーンが、今度は手をパンパン、と二回叩いた。


部屋の隅で待機していた瀬名がビクンと反応し、テュポーンの元へ駆け寄る。と、同時に、シュバッ、と、目にも止まらぬ速さで別の影が現れ、二人してテュポーンの前に跪いた。


その影は、マリアだった。

マリアは瀬名と同じく、全裸で、髪をきつくお団子に結わえられていた。


「オヨビ・デショウ・カッ、ゴシュ・ジン・サマッ」

瀬名とマリアは全く同じ、機械のような声を揃えて言った。

マリアも、テュポーンの魔力によって、完全に”からくり人形”へと変えられているらしい。


「ワタクシの命令に逐一反応できるように、この二人には”からくり人形”になってもらいました。言葉も話せて、自由に行動できるが、ワタクシの命令に従う以外の意思は持っていない人形。どうです?我がサーカスこマスコットにピッタリでしょう?」


テュポーンの趣味が理解できないハデスは、フンと鼻を鳴らすのみだった。


そんなハデスを無視し、テュポーンは跪く裸の人形たちに続ける。

「お前たちには、ワタクシの側近として、仕事をこなして貰います。”他の団員(クラスメイト)たち”とは一線を画した立場になれるのです。嬉しいですか?」


「ハイッ・ゴシュ・ジン・サマッ」

「アリガタキ・シアワセニッ・ゴザイ・マッ」

そう言って、二体の”からくり人形”は直立する。二人はテュポーンの言葉を理解することは出来ず、ただご主人様の望む返答をしているだけだ。


「それでは、最初の仕事です。我がサーカスのマスコット、”からくり人形シスターズ”に相応しい姿になりなさい」

テュポーンが命じると、マリアがサッと動きだす。

「カシコ・マリマ・シタッ、ゴシュ・ジン・サマッ」


マリマは、瀬名がずいぶん前から、手のひらの上に掲げたままの”オムファロス”に、両手をかざした。


“オムファロス”が、ポワンと白い光を帯びる。


テュポーンたち魔族にとっては何よりも忌々(いまいま)しい、”聖なる神の光”だ。


『”オムファロス”ヨッ、ナンジガ・アルジ・ガ・メイジルッ、ワレラ・ヲ・”フサ・ワシイ・スガタ”ニ・カエヨッ』

マリアの機械のような声が、“オムファロス”に命じる力でもって、部屋中に木霊(こだま)する。”加護の力”を使うとき、マリアはもっと凛とした声で命じていたのだが、今はその陰もない。意思を持たない、裸に白目の人形が、プログラム通りの言葉を羅列しているだけだ。


それでも、”オムファロス”は主の命令を受け入れ、それに答える。


マリアと瀬名は、”オムファロス”が放った白い光に包まれ、たちまちその姿は見えなくなった。


しばらくして、光が弱まると、また二つの人影がポーズをとって立っていた。


それは、マリアと瀬名だった。しかし、先ほどまでとは打って変わり、真っ白に塗られた体と顔に、赤地に星の模様の入った、派手なハイレグレオタードを着ていた。


真っ白な顔には、黒い眉毛が乗り、同じく太い黒のアイラインと大きなマスカラで縁取られた目は、相変わらずグルリと白目を剥き、正気を感じさせない。


紫や青やピンクの派手なシャドーが、鼻筋や目のラインをくっきりと立て、どちらかと言えば可愛らしい顔立ちの二人は、まるで外国人のようにハッキリとした目鼻立に仕立てられていた。


極めつけは、赤紫色の毒々しい色に塗られた唇は、限界まで口角を持ち上げられ、二人は不気味なほどに満面の笑みを、その派手な顔に貼り付けていた。


ハイレグのVラインに、性器の割れ目がくっきりと映るのも気にせず、足を大きく開いて仁王立ちになったポーズのまま、二人は笑顔でテュポーンを見た。


「ゴシュ・ジン・サマッ、ワタクシ・タチ・ハ・『ドリーム・サーカス』ノ、マスコット・”カラクリ・シスターズ”デッ☆」


笑顔で自己紹介するマリアと瀬名改め、”からくりシスターズ”。


瀬名のレオタードの股間の部分には、埋め込まれた”オムファロス”が光を帯びていた。”聖なる神の光”も、場所によっては、こんなにもいやらしく感じるものなのだ。


テュポーンは満足げに頷いた。


「素晴らしい出来です。さすがは宝玉の力。その力で、せいぜいワタクシの役に立つのですよ?」

テュポーンに言われ、”からくりシスターズ”は笑顔のまま直立した。

笑顔はあくまで”作り物”であり、”からくり人形”である二人には、なんの感情も無い。(うやうや)しく、ご主人様の命令を待つのみだ。


「役に立つって、これからどうするつもりなのだ?宝玉を手に入れたのなら、さっさと女王陛下に・・・」

ハデスの言葉を遮るように、テュポーンはチッチッ、と指を振った。


「まだ重大な仕事が残っているのです」

テュポーンはそう言うと、腕を宙にかざした。


空中にぼんやりとした影が表れた。


影は徐々に、その形をはっきりとさせてゆき、やがて、道路を走る一台のミニバンの形になった。


テュポーンの任意の場所の、外の様子を映し出しているのだ。

ミニバンには、五人の青年が乗っているのが見えた。


「ゴ、ゴッドファイブ!もう嗅ぎ付けて来たか!」

ハデスがあからさまに狼狽する。

それに対し、テュポーンは余裕の様子だ。


「我々の手に落ちたとき、何らかの方法で彼女が助けを求めるのは明白です。この展開は想定の範囲ですよ」

テュポーンがマリアの近くに行くと、マリアはサッと、胸を張った。それに応えるように、テュポーンはマリアの、レオタードに包まれた胸を一撫でしてやる。


隣の瀬名は、いつでも使えるように、股間の宝玉を指でつかみ、性器ともども見せびらかすようにテュポーンの方に差し出した。


テュポーンは宝玉に触れぬように、それを制した。

「いえ、結構。お前たちはすっかり優秀な我がしもべですね」


その褒め言葉を喜んでいるのかは、ピエロ姿になった二人の表情からは読み取れない。


自分を助けるために車を走らせる五人の姿も、完全に裏返ったマリアの、真っ白な眼球が映し出すことはなかった。


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[良い点] 「どこが どういう感じだから」って うまく説明できないのですが、この物語には 読み手を虜にする不思議なパワーが有ります。 本編に入る前、あらすじを読んだだけで、いっきにハートを奪われて、…
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