第七十八話、『お別れの時間』
眠れぬ夜が明け、お別れの時間がやってきた。
話し合いの末、それぞれの種族が出会うことなく天空神殿から退去することになった。
すでに荷物の運搬は済んでいる。
まだ夜の余韻が残る早朝5時。
トップバッターを買ってでたのは龍族だった。
天空神殿に住むことなって一番日の浅い我らから退去すべきだ、と村長のシェルバー申し出たのだ。
「おはようございます。ルナ様、ルノア殿」
「申し訳ありません。こんな朝早くになんて」
僕とルナが到着する頃には、バロア大森林に繋がる魔法陣に『雨龍十八人衆』を除く全員が入り終わった。
あとはこの腕輪で転移を発動させれば、もう二度とこの魔法陣が起動することは無いし、彼らが再びここに来ることも無い。
「それで、これからどうするんですか?」
「やはり我らはバロア大森林に戻ることに致します。ルノア殿のご期待に添えず、何と謝罪すればいいものか」
「だからいいですって。それより、村の結界を直せること黙っててすいません。……六種族が揃っているところを見たいっていう、ただの僕の我儘に巻き込んでしまって」
「それこそ謝る必要などございませぬ。我々とて、ルナ様にお目にかかれたこと、心より感謝しておりまする」
シェルバーが敬意を払っているのは、どちらかと言うとルナの方だ。
こうやって敬語を使ってくれてるのも、ルナが彼らに取り憑いていた『先祖の罪』という呪いを解いてからだ。
「……本当にアレスと戦うんですか? 今ならまだ――」
「ルノア殿。この意志は、この憤りは、この憎しみは、間違いなく我らのものです。先祖の言葉など今はどうでもいい。我らは、ルナ様とルノア殿とともに気高く戦いとうございます」
「……そうですか。じゃあ、転移魔法陣を起動させます」
「はい。家族との別れはすでに済ませております。そして、今生の別れにする気など毛頭ありませぬ」
シェルバーを筆頭に、雨龍十八人衆は真っ直ぐな眼差しで僕を見つめた。
僕は300人近い龍族たちが乗った転移魔法陣を起動させた。
〜〜~
時計が6時を指し示す。
天空神殿を柔らかな朝日が照らし出した。
ルナとシェルバーたちはそれぞれ部屋に戻り、僕は眠そうなユシィを引っ張り、魔大陸へと繋がる特別な転移魔法陣の設置された場所へ向かった。
この戦いにおいて、七災魔皇を含むユシィの部下たちは参戦させない。
もちろんその旨を伝えると反論が上がった。
ユシィも部下たちは別に僕に恩義も忠義も感じていないし、僕に指図される筋合いはない。
我々は常にユクシア様とともにある。
と、実際はもっと酷い罵声を浴びせられた。
激情は加速するばかりで収束を知らず、話し合いが意味をなさなくなってきた。
それら一切の話し合いにユシィが口を挟まなかった。
しかしある日を境に、七災魔皇を筆頭にユシィの部下たちが僕の指示に従ってくれると言い始めた。
この戦いには関与せず、魔大陸へと戻ると。
ユシィは何も言っていないと言うが、それにしては不気味というか何か裏があるのではないかと思ってしまう。
「ほら行くぞ」
「まだ眠いんじゃ……。別にいいじゃろ見送りなんぞ。どうせこの戦いが終われば妾も魔大陸に戻るんじゃし」
「……そっか。そういや、お前がどうするかは聞いてなかったな」
仲間思いのユシィなら当然か。
それにまだ人界じゃ魔族は住みにくいだろう。
当たり前だが、いつまでも一緒にはいられないんだ。
「魔大陸はユシィにとっての楽園だもんな。あれだけ散々欲しがってた牙城ってもんがあるのか?」
「それはこれから手に入る予定じゃ。ここより禍々しく邪邪しい妾におあつらえ向きの牙城がの!」
「邪邪しいってなんだよ。まあ、住む所があるなら安心だな。何にも考えてないのかと思ったよ」
「うぬは妾のことを何だとと思っておるんじゃ!」
今なら本当に魔大陸でユシィの国を作ってしまいそうだ。
そんな雑談を交わしているうちに転移魔法陣にたどり着く。
「全員揃ってるか? もう戻って来れないから、忘れ物とかはするなよ」
「そんなことあんたに言われなくても分かってるんですケド!」
『病災』のサリエラが条件反射的に反論し、数々の嫌悪の混じった視線がこちらを向く。
元々仲が良かったなんてことは微塵もないが、話し合い以降むしろ関係が悪化した。
「俺たちは貴様のお望み通り魔大陸に帰ってやるのだよ」
「オマエは死んでオレたちがいないことを後悔するがいいゾ」
「ま、まあ皆さん、そんな喧嘩腰にならなくても……」
一人だけ喧嘩を仲裁しようとする『風災』のフローセル。
そして、黙ってその様子を冷たい眼差しで見守る少女――『氷災』のミュウ。
正直、『氷魔王』たる彼女には助力を乞おうと思っていたが、今更一人だけを贔屓にするようなことはできない。
「ユシィは何か伝えなくて良いのか?」
「舐めるでない。妾の部下たちは妾を信頼しておるし、その逆もまた然りじゃ。妾たちの間に言葉などいらん。遠くは離れていても主従という絆の元に繋がっておる」
「そっか。お前がそういうロマンチックなこというなんて意外だよ」
なんだかんだ、ユシィは部下のことを信頼しているし大切な仲間だと思っているんだろう。
仲間なんて言うと、そんな安っぽい関係ではないって訂正されそうだけど。
転移魔方陣の淡い燐光が去りゆくものを包み込む。
ユシィはああ言っていたが、心配そうな顔つきのものは多い。
転移が発動する直前、ユシィが口を開いた。
「安心背せえ。妾は不死魔族じゃ。うぬらさえ生きていればまたどこかで会える。ーー命令じゃ。生きて妾の国を作る手伝いをしろ」
生きて。その言葉はユシィがかけられる側だと思ったが、もしかしたら本当に裏で何かをするつもりなのかもしれない。
その後、ユシィはごまかすようにあくびをしながら飄々とした様子で部屋へと戻っていった。
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時刻は7時、静まり返った朝は何時ぶりだろう。
今度はソフィアと二人で、海底都市へと繋がった転移魔方陣へと向かった。
ソフィアは海底都市の一件で水中で息をする海族特有のスキルが身についていることが明らかになった。
その後、フィーネの協力もあって、ソフィアの曽祖父に当たる人物が海族であったことが判明した。
ほとんど血なんて薄れているし人族であることは間違いないのだが、あの土壇場でそのスキル発現させたのだろう。
「あたしがここに来てからまだ半年か。本当にあっという間だったなー」
「ソフィアはこれからどうするつもりなんだ?」
「とりあえずはラーファさんたちと一緒にルノが帰ってくるのを待ってるよ。その後は、その……レイナさんのところに行くつもり」
「へえ。レオについて来いとでも言われたか」
「あ、あいつは関係ないし!」
必死に否定する辺り図星なのだろう。
レオとは半恋仲であることは聞いていたが、まさか一緒についていく道を選ぶとは少し意外だ。
「そっか。じゃあ安心だな」
「……信頼してるんだ。あいつのこと」
「そりゃたった一人の親友だからな。それにソフィアのことを大切に思ってる、一途で真っ直ぐな熱い男だ。だから好きになったんだろ?」
「べ、別に好きとかじゃ……! あいつが好き好き猛アピールしてきて鬱陶しいから仕方なく付き合ってるだけ。他の女の子にちょっかい出したら問答無用で嫌ってやるんだけど……あいつバカだから……」
自分で言ってて顔を赤らめるソフィア。
レオは本当に真っ直ぐなバカだからな。
ソフィアしか視界に入っていないだろう。
「だから、もうちょっとだけ付き合ってやるつもり」
そう強がってはいるが、一緒についていくなんて軽い気持ちで決断したわけではないだろう。
僕の転移魔法があれば中央大陸から西大陸まで一瞬で移動できる。
わざわざ一度ラーファたちについていき、僕を待つことを選んだのは、絶対に生きて帰ってこいと無言で圧を欠けられているようだ。
ソフィアとの恋バナが盛り上がってきた頃、僕たちを真っ先に見つけたある人魚が、元気いっぱいに挨拶をしてきた。
「あっ! ルノアお兄ちゃん! ソフィアちゃん! おはよー!」
僕を兄のように慕ってくれるティアラ。
しかし、彼女の実の兄は今日はここにはいない。
そこにはゾルマを除く、僕たちと関わりのある海底都市の住民が集結していた。
「ごめんね。結婚式くらい行きなよってお兄ちゃんに説得したんだけど、『あいつはもう戦友ではない』の一点張りでさあ。お兄ちゃん頑固で、一度決めたらテコでも曲げないから」
ティアラが申し訳なさそうに耳を萎らせる。
『お兄ちゃんの頑固者!』と言っている姿が目に浮かぶ。
「いいんだよ。こんな形で最後の日を迎えたくはなかったけど」
「でもお兄ちゃんの気持ち分からなくもないな。だってずっと『ルノアと共に戦うんだ』って戦闘訓練してたから。頼られなかったのが悔しいんだよ」
「うん。分かってるよ」
でも、ゾルマはきっと自分の命を蔑ろにしても戦い続けることを選ぶだろうから。
駆動要塞でのヴァニアルとの戦いでそれを痛感させられた。
「ルノア様。今からでも遅くありません。今一度考え直してはくれませんか?」
そう申し出たのは戦士団副団長アルベルトだ。
誰よりも傍でゾルマの背中を見てきた彼は、今日に至るまで幾度となくそう頼んできた。
「僕の考えは変わりません」
「……そうですか。残念です。我々も団長と同じ気持ちです。恩義ではなく良き友として、あなたと共に戦いたかった」
きっと、皆が同じ気持ちなのだろう。
決意の漲った眼差しがこちらを向いた。
「じゃあね! ソフィアちゃん! 絶対絶対また会おうね!」
「うん。またね、ティアラ」
ティアラが涙ぐみながらソフィアに抱きついた。
そしてアルベルトが住民を代表して握手を求めてきた。
「ではまたいつか」
再会を誓う固い握手が解けると、転移魔方陣の光が彼らを包み込み、ソフィアと僕だけが取り残された。
賑やかだったその場所が一気に静寂に飲まれ、暫くは同じ方向を見つめたまま無言の時間が続いた。
「……よし。じゃあ戻るか」
「うん……そうだね」
「……大丈夫か? 泣いても良いんだぞ」
「強いね、ルノは。あたし……うぅ」
ティアラの前では涙を見せなかったソフィアが、耐えられなくなったように静かにすすり泣いた。
〜〜~
いつもなら子供たちの元気な声が聞こえ始める8時。
泣き止み落ち着いたソフィアと再び移動を始める。
その道中、六枚の純白の翼を折りたたみ廊下に静かに佇む女性と出会った。
シャリティアはどこかで隠れ住む天族を守るために四聖神に加わった。
ループの中でゼクスが選んだ最強の四人のうちの一人だ。
「おはよ。今から最後の見送りに行くのよね」
「シャリティアさんも一緒に行きますか?」
「アタシは遠慮しておくわ。あの子たちもアタシがいれば萎縮しちゃうでしょうし」
「喜ぶと思いますけど」
それでもシャリティアは首を横に振る。
確かに、彼女は天空神殿に残って見送るような立場ではないのかもしれない。
「だから伝言を頼もうと思ってね」
シャリティアに伝言を預かり、僕は集合場所へと向かった。
その魔方陣は西大陸へ繋がっている。
天族の里長であったサノンは、里へは戻らず西大陸の新たな境地へと移住することを決断した。
西大陸では天族の村がいくつか見つかっており、少しずつではあるが共存関係にある場所が増えている。
それにサノンたちを受け入れたいと言っている国があったのだ。
本当は少し心配だったが、西大陸を統括する『白虎』シャリティアがついてるなら問題ないだろう。
「あ、やっと来た。もう皆準備できてるよ」
すでにルナは来ていたようで、子供たちにお別れを悲しまれていた。
もちろん《ロキ》のことは一部の人にしか伝えていない。
「また会えるよね。ルナ様!」
「…………うん。いつかきっと会えるよ」
「じゃあ約束だね!」
差し出された小指にルナはぎこちなく小指を絡ませる。
子供たちの笑顔に、ルナが必死で笑顔を装う光景が胸をえぐった。
「商会はこれからも儂らで経営していくつもりじゃ。拠点もすでに移してあるしの。それに西大陸と言えば天帝様の守護下じゃからな」
「そのシャリティアさんから伝言です。『アタシはこれからも四聖神として活動していくし、天族が人界で不幸な思いをしないように頑張るから、あなたたちは何も心配しないで他種族と関わりなさい』ですって」
「おお……なんと有り難いお言葉か。それもこれもすべては主のおかげじゃ」
サノンは手をこすりあわせ崇めるように感謝を示した。
「僕は本当に何もしてませんよ。そもそも天族の里の結界を壊したのはーー」
「過ぎたことじゃ。儂らがこうして豊かな生活を送れたのは紛れもなく主のおかげじゃし、他種族とか関わろうだなんて思わんかったじゃろう。今一度、心からの感謝を」
サノンに続き、全員が頭を下げた。
恐縮しそうになったが、最後くらいはその手に余る感謝を正面から受け取った。
「じゃあな! オレたちは離れ離れになっても親友だからな!」
「お前はまたそういう恥ずかしい台詞を……いや、そうだな。ソフィアのこと頼んだぞ」
「安心しろ! 俺がこの命に代えても守るから!」
「おう。泣かしたら承知しねえからな。任せたぞ、親友」
レオが太陽のような笑みで親指を立てた。
がっしりと握手を交わすと、ソフィアが恥ずかしそうに「バーカ」と呟いた。
「ルノアさん」
その後ろからアイリが花束を持って前に出た。
「ありがとうございました。絶対に勝ってまた会いに来てくださいよ。そのときにはきっと身長も抜かしてると思いますので」
「散々小さいって言われたことまだ気にしてたんだ」
「あ、当たり前ですよ!」
今にも泣き出しそうに言葉を絞り出す。
僕が花束を受け取ると、転移の光がアイリたちを包んだ。
「ではお元気で。大好きでしたよ、ルノアさん」
最後は顔を真っ赤にしながら満面の笑みでアイリたちは旅立っていった。
ソフィアはレオの笑顔に胸を熱くさせ、ルナは小指を握って苦しそうに俯いた。




