第七十六話、『終焉に向かう物語』
『終焉の足音』編 【8/8】
ルナの出産から更に2ヶ月。
終焉決戦まで残り1ヶ月を切った。
天空神殿内はより一層緊張感を強め、僕は日々戦闘訓練に励んで――
「べろぺろばー! パパでちゅよー」
などおらず、愛娘に全力の変顔を披露していた。
この二ヶ月ずっと業務をサボってデレデレしているが、それに対してもはや誰も叱ってはくれなくなった。
出産後も母子ともに健康で、クレイシアはすくすくと成長しているし、ルナは3日後には全回復していた。
子育てに関しては頼れる先輩たちもいるし、手伝ってくれる優しい仲間たちにも恵まれている。
僕も業務を減らして基本的にルナに付き添っているし、子育ても率先して行っている。
申し訳ないことと言えば、クレイシアが夜泣きした時はルナに任せっきりになっていることだ。
どうにも聖域に接続した以降、睡眠時間がかなり伸びて、寝起きがとても悪くなった。
「想像はしてたけど、絵に描いたのような親バカになったね」
ベッドの縁に座り、呆れたようにルナは呟く。
でもどこか嬉しげだ。
それにルナも、一時たりともクレイシアから離れようとはしないし、どっちもどっちだ。
いや、ルナから離れようとしないのはクレイシアの方かもしれない。
最近は落ち着いてきたが、ルナが少しでも離れるとクレイシアは暫くして大声で泣き出すのだ。
「なのに何故か懐かれないんだよな……」
「寧ろソフィアちゃんに懐いてるよねー」
切ないことに、ルナに抱っこされてる時はすやすやと眠るのに、僕が抱っこすると急に泣き出すのだ。
正直ショックだ。いないいないばあってやったら、いない時の方が穏やかなんだから。
するとクレイシアが泣き出した。
「あー、また泣かしたの?」
「またとか凹むこと言うなよ……」
「そう落ち込まないでよ、パパ」
ルナは微笑ましそうにクレイシアを抱き抱えた。
「うーん……泣き止まないね。お腹減ったのかな?」
そう判断すると、ルナはすぐにベッドに座って母乳を与えた。
その光景を眺めるのが今の僕の幸せである。
不思議なことに、この時だけはおっぱいを見ても一切いやらしい気持ちにはならない。
それはともかく、父親……か。まだその実感はない。
今となってはもう両親の顔も思い出せないけど、きっと父さんは今と同じ気持ちだったのだろう。
「ルナ。そろそろ皆に話そうと思うんだ。これからのこと」
「うん。それが良いと思うよ。きっと皆気づいてると思うから。それに私は、何があってもルノアの味方だよ」
本当に僕は幸せな男だ。
間違ったときは叱り、悲しいときは傍にいて慰め、嬉しい時は共に笑ってくれる人がいる。
頼りなる仲間に囲まれている。子供たちの笑い声が絶えない場所で暮らしている。
でも、いつまでも続く幸せなんてないから――。
~~~
定期的に行われていた神殿会議が開かれた。
今回集まったメンバーは僕とルナ、獣族からラーファとアップ、天族からサノンとレイナ、海族からゾルマとアルベルト、魔族からユシィとボルアドープ、龍族からシェルバーとロロア。
各種族の代表者と言える面々だ。
この面子が招集される意味を、みんな薄々気づいている。
だからこそ、緊張した空気が流れていた。
「今日は突然招集したのにも関わらず集まってくれてありがとうございます」
「それはいいのですが、このメンバーを集めるということは、何か重大な相談ということですわよね」
「はい。天空神殿のこれからについてです。――これが、最後の神殿会議になります」
そう付け足すと、皆が驚いたように息を飲んだ。
中には予期していたのは、困ったような表情を浮かべるものもいる。
「……どういうことですか? アレス戦に備えて一時的に天空神殿から退去するというのは聞いていますが」
沈黙を破り、ラーファが慎重に質問をする。
アレスが天空神殿に襲来することは前回のループで判明している。
「世界連合との共同戦線を張るに当たって、僕はゼクスといくつかの協約を結びました。その一つとして、この戦いが終わった暁に天空神殿は世界連合に譲渡します」
「つまりそれは、儂らに黙って居場所を売ったということじゃな」
サノンが不機嫌そうに確認する。
確かに一番不満に思うのは、故郷を捨てて移り住んでくれた天族だろう。
「なに、いずれはこうなるとは思っておった。儂は主の決断を非難するつもりはない。じゃが、儂が許るせんのは、何の相談もなしに主が勝手に決断したことじゃ。何のためにこの会議はある? いつからこの城は主の独裁国会になった? 皆が安心して暮らせる場所にしたいと言っておったのは主じゃろうが」
「相談しなかったのは謝ります。今日まで隠していたのも、申し訳ないと思っています。でも、これから先の未来、世界連合が人界を統一して行くにあたって、この空飛ぶ難攻不落の要塞は確実に役に立つともいます。そうなれば、六種族が共存する社会にも繋が――」
「そんなことは聞いておらん。主は最後の最後に儂らの信頼を裏切ったんじゃ」
サノンが怒りを露わにする。
今はどんな合理的な理由を説いても届かないだろう。
「……と言いたいところじゃが、薄々感づいてたぞ。半年ほど前から地上で暮らす方向に目を向けているのは明白じゃったからのぉ。1年前まで通貨も知らんかった儂らが、今や商会を運営するようになった。主のおかげで、地上で人族の形成した社会で暮らす知恵がついた」
「もちろん、強制はしません。里に戻って、前と同じ生活に戻るというなら、それも一つの選択だと思います」
「抜かせ。あのベッドの寝心地と上手い飯を知れば、あんな旧時代の生活に戻れんよ」
サノンがしわの深い笑みで微笑む。
緊迫していた空気が緩和する。
確かに天族の里は文明レベルが300年以上前だった。
嬉しそうにベッドで飛び跳ねる子供たちの顔が浮かぶ。
「わたくしも思うところがあるのは事実ですが、天空神殿を明け渡すことには反論はありませんわ。本来、このような神話の世界で暮らすことが異質ですから」
タイミングを見計らい、ラーファが賛同の意見を述べる。
その柔らかい笑みに何度救われただろうか。
「俺たちは元の暮らしに戻るだけだ。もともとアトランティスが復興するまでの間、交流という名目で何人かが宿泊していただけだからな。残念がるものも多いだろうがな」
海族は天空神殿で一緒に暮らしているわけではない。
そもそも海底都市と数分あれば行き来できるので、親戚の人が泊まりに来ている感覚だ。
「しかしそう遠くない未来、他の都市の海族だけでなく地上で多種族と交流できるようになるかもしれん。ルノア、お前とも悠久の別れではないだろう」
「ゾルマ……」
「はじめお前と会ったとき、六種族が共存する世界など馬鹿げた幻想だと思っていた。だがお前たちと一緒に生活して、俺もその馬鹿げた幻想を見てみたくなった」
ゾルマは逞しく微笑んだ。
志を共にする心強い仲間だ。
「じゃあ、ユシィは――」
「んが!? な、何じゃ! 別に寝ておらんぞ!」
「しっかり寝てんじゃねえよ。今、大事な話してるから」
うたた寝していたユシィが飛び起きる。
どんなに空気が悪くなっても彼女は空気を読まない。
それが意外とありがたかったりする。
「よく分からんが、妾は魔大陸で適当に生きるつもりじゃ。いや、妾だけの王国を築くのがいいかの。そうしたら、自堕落な毎日を送れるからの!」
「そっか。それで、ボルアドープたちはどうするんだ?」
「愚問なのだよ。ユクシア様のいる場所が俺たちの居場所であり戦場だ。だから人族との共存なんて真っ平ごめんなのだよ」
妄想してニヤけるユシィの隣でボルアドープが断言する。
どうやら、魔族と共存する日は遠そうだ。
まあ、ユシィ達が協力してくれるとは最初から思ってなかったけどな。
「シェルバーさんたちはどうします?」
「我らはバロアの森へ帰ろうと存じます。結界修復の目処は立っていると言伝がありましたゆえ」
「……一体誰が」
いや、結界が修復できることを伝えたのはルナとユシィだけだ。
あいつ……黙ってろって言ったのに。
下手名を口笛を吹くユシィを横目で睨み、シェルバーと話を進める。
「申し訳ありませぬが、現時点では多種族と共存などは考えておりませぬ。今や、龍族など神話の存在として認知されている故、今まで同様身を隠して生きていく所存です」
「そうですか……」
少し残念ではあるが、強制はしないと決めている。
彼らがどう生きるかは、彼ら自身が決めなくてはいけない。
六種族が共存する社会なんて、僕の理想でしかないんだから。
でもこれで、とりあえずは全員の賛同を得たことになる。
正直、天空神殿の譲渡にサノンが賛同した時点で、批判意見はもう出ないと思っていた。
「あと1ヶ月、残された時間でじっくり考えてください。これから先どう生きていくのか。後悔の残らないように、僕が言いたいのはそれだけです」
会議は踊らず、つつがなく最後の神殿会議は幕を閉じた。
~~~
人界の裏側に位置する魔大陸。
緑の枯れ果てた荒野の果て。
奇怪に渦を巻く鈍色の空の元、死に最も近い場所にその城は屹立していた。
ここには魔力の濃度が生命の生存できる範囲を遥かに超えているため、魔族ですら立ち入ることを拒むほどだ。
「おはようございます。マスター」
その城に仕えるメイドは、ベッドの上で目を開けた男にそっとキスをした。
「……俺は、どれくらい眠ってたんだ?」
「3ヶ月ほどでありましょうか。お早いお目覚めですね」
「そうか。昼寝のつもりだったんだがな」
『太陽龍帝』アレス・ゴールドアイズ。
種族:金翼龍。
四代目龍神によって拾われて育てられた、ルナの義理の兄である。
人族以外に苗字の文化はない。
しかし名の上げたものは、他者の名前と差別化するために種族名や役職をつけて呼ばれることが多かった。
アレスは自らの姓をゴールドアイズと名乗った。
それは囁かなる父親への反抗だった。
「俺が寝てる間、なんか動きはあったか」
「いえ。駆動要塞の一件以降、特に動きはありません」
「だろうな。このクソつまんねェ世界は、何千年経とうと何一つ変わらねェ。だから俺が面白くしてやろうって言うんだ」
アレスはベッドの縁に座り、嬉しそうにほくそ笑んだ。
その部屋にはベッド以外の家具はなく、窓も扉もなく、一切の光が存在していない。
何も無い。何の情報もない空間が、アレスには必要だった。
「マスターはお優しいですね。人類にも慈悲を与えるなんて。本当ならこんな世界、とっくの前に滅ぼせたでしょうに」
「そう言うなよ、オメガ。一方的な蹂躙なんざつまらねェよ。敵が反撃してきてこそのゲームだ。俺の可愛い妹が生きてるなんて知らなきゃ、痺れ切らして聖域に接続してたかもな」
アレスの不可解にも思われた行動理念。
それはあまりにも単純明快だった。
3000年前、アレスは聖域に接続して世界の終末を願った。
そしてインデックスによって情報の海に囚われた。
しかし、1500年の時を自我を保ち続け、アレスはこの世に舞い戻った。
だが、アレスはある障害を抱えた。
莫大な魔法知識をすべて吸収した上、情報の海でとめどなく情報を取り入れては忘却するというサークルを延々と繰り返した。
その結果、脳が許容できる情報量を遥かに上回った。
常に膨大な負荷がアレスの脳を襲い、処理しきれない情報が頭の中で渦巻いていた。
目を開けているだけで、世界に蔓延るあらゆる情報が流れ込んでくる。
故に、常にアレスは急激な睡魔に憑かれていた。
一日の半分以上を睡眠に使い、定期的に長い眠りにつく。
それは1週間だったり1ヶ月だったり1年だったり、時には十数年も眠り続けることもあった。
脳を休ませなければ、自我が崩壊してしまうのだ。
たった一時間起きているだけで、常人にとって数十日も寝ていないほどの疲労が蓄積する。
世界を滅ぼしたいという願望は、この3000年で失せていた。
ただすたすらに思考することが億劫で、毎日を眠って過ごす日々をアレスは送っていた。
1500年。アレスが目覚めてから今日に至るまで世界が存続し続けていたのは、ただ面倒だからであった。
「眠ィ……だが、3000年振りに血が滾ってるぜ。久しぶりだ、この感覚。ずっと死んだような日々を送ってきた。満たされることの無い退屈にずっと苛まれてきた。――やっと、楽しくなってきやがった!」
アレスの目を覚ましたのは享楽だ。
数日後に迫る青き月の前兆、莫大な魔力の奔流を感じ取ったからだ。
その日、世界はかつてない災厄に立ち向かうこととなる。
「散々、お膳立てしてやったんだ。精々この俺を楽しませろよ、ルナ。そして3000年も滅びなかったアルカディアの意志は、俺がこの手で握り潰してやる」
アレスは立ち上がり、部屋の壁を破壊して外に出た。
そして仄かに青く染まる月を見て、狂気的に嗤った。
牙城の周囲には枯れた大地が何処までも続き、人の形を模した知性を持たない黒い物体が無数に蠢いている。
ホムンクルスの出来損ない。
無数の失敗作。十万を超える闇人形。
そして3体の『戦略用』ホムンクルスを除く、18体の『汎用』ホムンクルスと、3体の『戦闘用』ホムンクルス。
「幹部共をここに集めろ。――さあ、戦争を始めるぜ」
こっから最終章です(本当ならここらで終わってるつもりだった)




