第七十四話、『キミと刻む終焉神話』
会議室を出ると、ディアが待ち構えていた。
そしてルナを見るなり胸に勢いよく飛び込んだ。
「ルナ様……おかりなさい」
「ディアちゃん……うん。ただいま」
ルナがディアの小さな身体を抱きしめると、その後ろでオドオドとしていた獣人娘に気がついた。
「って、アイシャちゃん!?」
「ひ、久しぶり……だね?」
「アークと戦って、聖剣を取り返したんだ。アイシャはそれに宿っていた英霊」
「ふーん。ルノア、二人の美少女侍らせてたんだ。もしかしてロリコン?」
「言い方! その件に関しては僕悪くないよね?」
なんて、懐かしい会話で笑い合う。
思い返すと、ディアとルナが触れ合うのはこれが初めだ。
それに十二騎士が三人も揃っている。
涙ぐましい光景だ。
「ルナ!」
と、遠くから大人びた女性の声がした。
振り返ると、シャリティアが駆け寄ってきてルナを抱きしめた。
「本当に良かったわ」
「シャリティア……うん。ありがと」
身長差でシャリティアの胸にルナの顔が埋まる。
そういえば、ルナよりもずっと年上なのか。
「えっと……二人ってどういった関係で?」
「友達だよ。私が幽閉されてるとき、何度も話し相手になりに来てくれてたんだ」
「シャリティアさんが?」
「あんたもよくやったわね。最初会った時は冴えない坊やかと思ってたけど、中々見所あるじゃない!」
「……ありがとうございます。本当に、何から何まで」
彼女には感謝してもしきれない。
あの奈落の縁から天空神殿へ帰還できたのは、他ならぬシャリティアのおかげだ。
「話は聞いたわ! こうなったからには全力でサポートするわよ! 一緒に世界の敵と戦いましょう!」
「ええ。もちろんです! 僕も公式にシャリティアさんと共闘できるのが嬉しいです」
シャリティアは逞しく豊満な胸を張った。
話し合いを終えてすぐなのにも関わるず、シャリティアが状況を把握していたのは、ゼクスの王権能力のおかげだろう。
ゼクスを信じる者に干渉・作用する【覇王の権利】。
身体に乗り移る。思考を読む。心を通わせる。能力を底上げする。命令を強制する。基本的に何でもありだ。
それが発動するってことは、スクルドもシャリティアもまだゼクスを心から信頼を置いてるってことだ。
本人たちこの能力はおろか『王権能力』という存在についてすら知らないらしい。
それにしても、大分戦力が集まってきたものだ。
『月龍帝』ルナ。『狂魔帝』ユクシア。『聖天帝』シャリティア。
現在判明している時点で、帝等位が三人。
そして同等の強さを誇るヴァ二アル。
更に『賢龍王』ディア。『猛獣王』アイシャ。
王等位が二人と、それに準ずるであろう四聖神のスクルドとディエナ。それと七災魔皇の『氷災』こと『氷魔王』ミュウもいる。
僕とゼクスはこのクラスに分類されるだろう。
しかし安全を期すのであれば、僕とゼクスはあまり戦いには介入できない。
僕が死ねば《ロキ》を止める手だてがなくなり、ゼクスが死ねば問答無用で世界が繰り返されるからだ。
これなら勝てるかもしれない……『厄災』アレスに。
「なんかルノア、シャリティアのこと随分信頼してるみたいだよね。なんか妬けちゃうんですけど」
「そんなんじゃないって。シャリティアさんはマジで尊敬してる恩人で、信仰してる女神様って感じだから」
「いや余計ダメなんだけど!?」
その後、もちろんルナが一番だと熱弁すると「もういいから!」と可愛らしく照れてくれた。
何もかもが久しぶりの感覚だが、何一つあの時と変わっちゃいなかった。
ただ――死ぬほど幸せだ。
「そういえば、捕らえていた君の仲間たちってどういうことなの?」
「神殿騎士団のメンバーだよ。ルナを救うために結成されて、今は世界を救うために戦ってくれる仲間だよ」
「私のため……そっか。じゃあ、お礼言わなきゃね」
「驚くと思うぞ。半分以上が、海底都市で出会った海族とユシィが引き連れて帰ってきた魔族で構成されてるから」
「ユシィ帰ってきてるんだ!」
最初にそこに食いつくあたり、やはりルナも冷たくしていたが本当はいなくなって寂しかったのだろう。
「この1ヶ月。本当に色んなことがあったんだ。天空神殿に帰ったら、聞いて欲しい話が沢山あるんだ」
「うん。私もいっぱい聞きたいな。この1ヶ月、ずっとルノアと話したかったから。今夜は眠れないかもね」
僕とルナは手を繋いで皆が待つホールへ向かう。
ディアとアイシャは英霊体となり、王家の紋章へと帰って行った。
「ルノア様! そして……おかえりなさいませ、ルナ様!」
「ラーファちゃん。うん……ただいま!」
初めに僕たちに気づいたのはラーファだった。
神殿騎士団の中では一番ルナと一緒にいた時間が長いこともあり、ルナを見てラーファは涙を零した。
そしてルナを知る者もまた、歓喜に涙ぐんだ。
「へえー、アイツがユクシアサマの言っていたルナか!」
「めちゃめちゃ可愛いのがムカつくんですケド」
「フォーミラもサリエラも言葉を慎め。ユクシア様が最も敬愛する御方だ。我々もまた、ユクシア様と同等の敬愛を示す必要があるのだよ」
と、ルナを初めて見る魔族と海族は口々にその感想を言っていた。
大半が絶賛するような声を上げたため、ルナが小っ恥ずかしそうに頬をかいた。
「ほう……彼女がルノアが言っていたルナか。想像通り、お前と似た目をしているな」
「そうか? ルナに比べれば僕の目なんて濁ってるだろ」
「そうじゃない。他者を敬い慈悲をかける暖かい目だと言う話だ。良き番を見つけたものだ」
ゾルマがルナを見定めるようにじっくりと見て、そう称した。
こいつは堅物だが、たまに恥ずかしげもなくベタ褒めするときがあるからやめてほしい。
「いい人たちだね、みんな」
「ああ。後でちゃんと紹介するよ。最っ高の仲間たちだから!」
僕たちは転移魔法を使って天空神殿に帰還した。
今度は全員が揃っての凱旋だ。
ある意味、長い駆動要塞での戦いが終わったのだ。
再会に感涙し、勝利を喜びあった。
そしてサプライズとしてルナには黙っていたが、海族と魔族に留まらず、バロア大森林に長年隠れ住んでいた龍族がいたことを伝えた。
「貴方様が……お会いしとうございました、ルナ様」
帰ってきたルナを見て、村長のシェルバーやその娘のロロアを筆頭に龍族たちが揃って頭を垂れた。
中には感極まって泣き出すものもいる。
ルナは龍族としての姿をしていないが、やはり彼らには分かるのかもしれない。
「えっと……」
「大丈夫だよ、ルナ。ここ人たちは、誰も君のことを恨んじゃいない。何があったか知った上で、ルナのために戦いたいって思ってくれてる」
本当はアレスを殺したい一心なのかもしれないが、その目に篭っていたのは敬愛だった。
それでも、いや、だからこそ、ルナはシェルバーたちに対して深く頭を下げた。
「ごめん。私と兄が悲しい思いさせたよね。君たちには何の罪もないっていうのに。本当に……ごめんなさい」
「頭を上げてください! 先祖の罪は、等しく今を生きる我らが背負うものでもありますゆえ。当然でありまする」
「そんなことないよ! そんなのはおかしいよ……」
ルナは罪悪感から胸を抑えて俯いた。
僕はその耳元で、歴史の言葉が刻まれた石碑によって、先祖が罪の意識に囚われていること。アレスを殺せば開放されると信じていることを伝えた。
ルナはとても悲しそうな目で「……そう」とだけ呟いた。
「龍神の娘として、お父さんに代わって貴方たちに命じます――自由になりなさい。歴史の言葉が貴方たちを縛り付けることは、もうありません」
「……有り難きお言葉。しかし、厄災アレスだけは我らの手にて仕留めたく存じます。これは先祖の呪いなどではなく、我らの意志でござりまするゆえ」
シェルバーは村人を代表するように宣言する。
他のものまた、それに同調するように目を輝かせた。
「ルノア殿。我ら『雨龍十八人衆』を神殿騎士団にお加えください。必ずやお役に立ち、厄災アレスの首を討ち取ってみせまする」
「……分かった。元から共闘する約束だったからな」
神殿騎士団にシェルバーが率いる五番隊が加わった。
でも今になって、僕は神殿騎士団の在り方に迷い始めている。
その夜、今までにないほど盛大なパーティが催された。
今までは寂しかった大食堂が、今では席が足りなくなるほど賑わっている。
龍族、魔族、天族、海族、獣族、人族。
いつだったか思い描いた、六種族が共存する世界。
ルナも、ソフィアも、ユシィもいる。
やっとだ。この景色が、この一年の集大成なんだ。
多分、世界は何一つ変わっちゃいないだろうけど。
だけど、この場所が平和の礎になればいいと思う。
「どうしたの、ルノア?」
「……え。なんでだろう。楽しいのに、涙が止まらないんだ」
そして夜が更けていく。
多くのものは部屋に戻らず、酔い潰れるか騒ぎ疲れるかで至る場所で眠ってしまった。
〜〜~
僕とルナはパーティの熱気から離れ、静かな部屋へと戻ってきた。
その夜もまた、部屋のガラス張りの壁の奥に綺麗な満月が浮かんでいた。
月明かりがぼんやりと照らす中、ルナのお腹に目をやった。
龍族はあまりお腹が膨らまないとディアに聞いたが、確かに華奢なルナの身体つきは変わっていない。
4ヶ月だったか。ゼクスは3ヶ月後に生まれると言っていた。
特に問題なく母子ともに健康に出産が終わるらしい。
それを聞いて発狂するほど嬉しかったが、何故かは分からないがそれ以上は未来について何も言わないで欲しいと頼んだ。
「……なあ、ルナ。お腹、触ってもいいか?」
「うん。いいよ。そういえば、赤ちゃんのこと言わなかったのごめんなさい」
「謝んなよ。謝るのは僕の方だ。ずっと傍にいたのに、自分のことに精一杯で気が付かなかった。3ヶ月も、ルナ一人に背負わせてしまっていた」
ソフィアのことで頭がいっぱいだったなんて言い訳はしない。
ただひたすらに、ルナが悩んでいたのに気遣ってやれなかった自分が情けないんだ。
「所詮、僕はガキで何にも分かっちゃいなかった。本当にごめん」
「いいよ。許したげる。だから触って。音を、命を聞いてあげて。パパなんだから」
「……ああ!」
僕は初めて小さな命に肌で触れた。
この子に母親を会わせてあげたい。
やっぱり……ルナを殺せない。その思いが強くなる。
ダメだ。泣くな。父親だろうが。
「無理して強がらなくていいんだよ。私にだけは、弱いところを見せて欲しい」
ルナはお腹に耳を当てる僕をそっと抱擁した。
やめてくれ。そんなことを言わないでくれ。
今そんなことを言われたら、閉じ込めていた思いが決壊する。
「なんだよ、それ。別に強がってなんか……」
「本当はね。私自身が分かってるんだ。私はルノア殺される以外、選択肢なんてないんだって」
「そんなことねえ! 絶対にあるはずなんだ! ルナから『黒太陽』を引き剥がす方法が!」
インデックスが知らないだけだ。
魔導書には載っていないだけだ。
『そんな方法は存在しない』
お前が知らないだけだろ。
『君はこれからとてつもなく大きな壁にぶつかる。そして「諦める」という選択を強いられる』
まだ分かんねえだろ。
『君は結局、彼女を救う方法を見つけられず《ロキ》が覚醒する直前に殺すんだ』
今回のループではそんな未来は変えられるかもしれない。
諦めろ。諦めろ。諦めろ。
何度も頭の中で反響する。
「私はルノアのこと愛してるよ。何があっても。だから話して欲しいな、君の弱いところも全部」
「……おかしいだろ。なんでルナが死ななきゃいけない。悪いのは全部アレスだろ。」
そして、必死で堰き止めていた思いが決壊して溢れ出す。
泣いて泣いて泣き喚いた。
こんなに泣いたのは、生まれたとき以来かもしれない。
「ごめん……無いんだ。ルナを救う方法だけがどこにもないんだ! あるはずだって信じてたけど、みんなみんな『諦めろ』って言うんだ」
「うん」
「僕は君を殺さなきゃいけない……世界のために。未来のために。正直、君がいないなり世界なんて滅びてしまえばいいって思ったけど、頭の中でみんなの笑顔が浮かぶんだ。ソフィアがいる。ユシィがいる。ラーファがいる。アイリも、ノノも、アップも、レオも、ゾルマも、みんな生きてる。その未来を奪えない……なのに――」
「うん」
「初代アルカディア王と聖域で話したんだ。君がアリストリア神話を終わらせてくれって言われた。でも、僕には……できない」
僕は神話に憧れてルナに出会って、神話を終わらせるためにルナを殺さなきゃいけない。
でも無理なんだ。ルナを殺せない。殺したくない。
「大丈夫、私もいるよ。君一人じゃない。一緒に世界の脅威に立ち向かうの。だから、一緒に終わらせようよ。私と君で刻むんだ。――この美しくも残酷な神話に、永遠の終焉を」
君が刻むラグナロク。
君と刻む神話の終焉。
ゼクスは言っていた。
《ロキ》が覚醒したのは過去3回、アレスがルナに接触してくるのは、決まって半年後のもっとも月が美しく見えるという『青き月』の日だと。
その日にパンドラとの全面戦争――通称『終焉決戦』が起こる。
終焉決戦まで、あと185日――。
『終焉の足音』編 【6/8】




