第七十三話、『未来を見据えて――』
『終焉の足音』編 【5/8】
東和の村で生まれ育ったただの少年が、たった数十年で人界大戦を終結に導き、世界連合を組織することができた理由。
それはループによる情報収集と、ゼクス自身のたゆみない努力だ。
「世界が滅びるって……それは、僕がルナを殺しても、という事ですか?」
「そうだ。私が世界の終焉に立ち会ったのは13回。そのうち9回は、聖域に接続して神化したアレスによるもので、3回は、覚醒した《ロキ》によって起こされたものだ。残り1回は例外だ」
《世界終焉プログラム》は現在『実行中』と見なされていることを聖域で知った。
アレスが聖域に接続したとしても、《ロキ》が覚醒することも再びラグナロクが起こることもない。しかし――
「神化……ですか」
「私が勝手にそう呼んでるだけだ。アレスは聖域に二度目の接続を果たし、人界全土を五日で崩壊させるほどの力を得る。何度か四聖神とともに抵抗したこともあるが、到底勝ち目などなかった」
神化アレスと、覚醒ロキ。
そのどちらも止めなければ未来はないということだ。
「でも、今回のループじゃ聖域には接続できないはずです。ルナだって……覚醒を止める力はあります」
「知ってるよ。君はここに来る前――天空神殿に存在する次元の扉を破壊してきたのだろう?」
そうだ。駆動要塞のときは覚悟が決められなかったが、僕はオーディンの言葉を思い出して次元の扉を破壊した。
もう二度と、誰も聖域になんて接続できないように。
「聖域は失われ、神滅刀は君の手に。それが前回のループであり『例外』だ。今とほとんど同じ条件かつ、私は君を使って『器』を殺させた」
「……僕が、ルナを殺したんですか」
「ああ。君は結局、彼女を救う方法を見つけられず《ロキ》が覚醒する直前に殺すんだ。悔いる必要はないよ。私がそう仕向けたんだからね」
だとしても、そんなこと聞きたくはなかった。
今とほとんど同じ条件の世界線で、僕はルナを救う方法を見つけることができなかった。
インデックスも、オーディンも、ゼクスも、みんな揃ってルナを救うなんて諦めろと言ってくる。
「アレスの行動パターンは大きく二つだ。《ロキ》を覚醒させようとするか、自らが神になろうとするか。実はアレスはルナ君が生きていることを知らないんだ」
「……そんな、でもあいつらは」
「ルナ君の封印が解かれることで、アレスは初めてルナ君の存在を知り、《ロキ》を復活させようとする。面白いことに、この場合アレスは聖域に接続しようとはしないんだ」
アレスは聖域に数千年も囚われていた。
ルナがアレスの生存を知らなかったように、アレスもまたルナの生存を知らなかったんだ。
「……いや、おかしいですよ。アークにルナが封印されている場所を伝えたのはイプシロンですよね」
「それは違う。封印の迷宮を最初に見つけたのは、アーク君なんだよ。そしてルナ君の封印を解くのが、君だ。それは強固な運命の流れによって引き起こされる」
アークが封印の迷宮を見つけ、
イプシロンがアークを洗脳し、
僕が巻き込まれてルナの封印を解く。
「……じゃあ、東和の村が炎龍によって滅ぼされることを、あなたは知った上で見逃したんですか?」
「そうだ。その出来事がなければ、君もアーク君も冒険には出ることはないからね。もちろん事前に防ぐことはできた。しかしその場合、ルナ君の封印は解かれず、アレスが駆動要塞の次元の扉を使って聖域に接続する」
今こうして世界が存続するためには、東和の村が炎龍によって襲われることが必須だったとでも言うようだ。
「炎龍襲撃のトリガーとなるのは、君の父が【継承】によって世界の終焉を知ってしまうことだ。それによって古代文字が解読され、デルタによって炎龍が差し向けられる。そして私が『王家の腕輪』を村から持ち出すと、君の父に【継承】が発現しないんだ」
「だから、腕輪だけは村に残されていたのか……」
神器を身につけているものは、権能を受け継ぎやすくなる。
父さんの【継承】然り、僕の【神眼】然りだ。
「私は二度目のループ以降、四つの神器をもって村を飛び出していた。しかしあるループで、私は王家の腕輪を村に残したんだ。その結果、未来は大きく変わった。だから私は確信したんだ。世界を救うためには、君を英雄にする必要があるとね」
「……何を言っているんですか」
ゼクスは弾丸のように語り始めた。
今回のループでゼクスが不自然な行動を取った理由。
僕に真実を教え、ルナを拘束し、明確に敵対の意思を示しつつ一切の妨害をして来なかった理由。
「君は私が、天才か鬼才とでも思うかね? 残念ながら私はどこまでいっても凡人だよ、何度も世界を繰り返せるだけでね。何千何万という失敗の上に私は立っている。世界連合を組織して最高主宰と呼ばれようとも、私は世界を救う英雄になどなれなかった」
「なぜ私自らが聖域に接続しないのか分かるかね? 簡単な話だよ。私は莫大な魔法知識とやらを吸収しきれずに脳死する。仲間の命をどれだけ犠牲にしようとも、私はアレスには勝てなかった」
「だから私は誰かを英雄を仕立てる必要があった。そこで神器を村に残してみたのが、君との出会いだったよ。それでも世界の滅亡は避けられなかった。君はあっさりアレスに敗北する。どうやら彼は、ルナ君をとても憎んでいるらしい。彼女が《ロキ》として世界を滅ぼすのを見て笑っていたよ」
「でもそのループで私はこう思った。君にならアレスを倒せるのではないか、とね。だから私は君を追い詰めることにした。君がパンドラ幹部と渡り合えるほど強くなり、聖域に接続するように仕向けたんだ。それに君が聖域でより多くの知識を得ることができたのは、君が聖域に接続するのがこれで二回目だかだよ」
「確かに私は今回のループは期待していない。しかしとても重要なデータが取れた。次こそは君を更に絶望へと追い詰め、無敵の英雄へと研ぎ澄ます。――それこそが私の戦いだ」
ゼクスはあまりにも悪辣で合理的だった。
命を繰り返しすぎて、自他の生死に鈍感になってしまっているのだろう。
確かにこのループで失敗しようと、ゼクスには次がある。
だから、その先にある未来を見据えていないんだ。
「例えば東和の村が滅びず、誰もが幸せになるルートがあったとしても、僕はこの世界で必死に足掻くつもりです。――この世界に何の期待もしてないって言うなら、全部僕に寄越せ! お前の知識も、知恵も、力も!」
インデックスが僕にループする世界の真実を教えたのは、おそらく初めてのことなんだろう。
だからこそ僕は、この世界にまだ希望があるのだと確信している。
今までのループで取っていなかった行動を取れば、未来は変わるはずなんだ。
「それはつまり、私に君に従えと言うのか?」
「違います。あなたが得た情報をすべて共有してくださいと言っているんです。そして諦めることを諦めて、僕とともに戦ってください。――このループで、アレスを倒す!」
そう言って僕はゼクスに詰め寄り、右手を差し出す。
しかしゼクスはこちらを見ようとはしない。
遠い目をして前を見据えるだけだ。
「この力を誰かを話したことはなかった。荒唐無稽で突拍子もない馬鹿げた話だからね。四聖神ですら隠し続けてきた。どうせ私は、初代と同じように孤独に戦い続けるものだと思っていた。……そうか。こういう世界も有り得たのか」
世界を繰り返しているなんて誰が信じるだろう。
僕も直接ゼクスに打ち明けられたら疑っていただろう。
もしかしたらそうやって信じて貰えず、人間不信に陥っていたのかもしれない。
僕と同じように、ホラ吹きと嘲笑されてきたのかもしれない。
なら、一緒に戦いたい。その重すぎる責務を背負ってあげたい。
「座りたまえ」
ゼクスは僕の手を取らず、静かにそう言った。
「協力体制をとるにあたっていくつかの条件がある。――この世界の未来を見据えた話し合いだ」
〜〜~
ゼクスのとの話し合いは小一時間に渡った続いた。
今までのループの概要、そこから得た勝利に必要な条件。
正直、アレスに勝てる望みは薄いことが伝わってきた。
『戦闘用』ホムンクルスは三体存在している。
どれも四聖神以上の強さを誇り、更にホムンクルスは複数体存在しているらしい。
ルナの封印が解かれないと、神化アレスに。
ルナの封印が解かれると、覚醒ロキに。
そして聖域を塞いでルナを殺すると、通称『終焉決戦』でパンドラとの全面戦争に発展する。
それが世界を救うための最後の防衛戦。
敗北すれば『例外』によって世界は滅びる。
前回ループでは為す術なく蹂躙されたようだ。
また、ルナが炎龍と戦ったときのように、ルナに対するストレスや肉体ダメージが蓄積されることで《ロキ》は覚醒する。
つまりアレスとルナの邂逅が《ロキ》復活のトリガーとなる。
前回のループと異なるのは、ルナを殺さないということ。
つまり、アレスがルナに接触して《ロキ》を覚醒させようとするパターンが起こるはずだ。
過去三度、僕はルナを守れず敗北しているらしい。
ちなみにルナが復活していない場合、イプシロンが駆動要塞を動かした直後にパンドラと世界連合が次元の扉を巡って争う『駆動要塞決戦』が起こるらしい。
いずれ《ロキ》が覚醒することを視野に入れば、次元の扉を破壊できないのが難点だ。
加えてゼクスの三つの王権能力と、四聖神の一人一人の能力や戦力についても聞いた。
敵に回すと厄介でしかなかったが、こうして味方になるとこれ以上なく頼もしい。
そしてお互いに条件を突きつけ、妥協点を探りあった。
「正直、勝てる算段はない」
「でもそれは諦める理由にはなりません」
僕の目を覗き込み、ゼクスはため息をつく。
するとコンコンと扉がノックされた。
丁度話が終わったタイミングだった。
「入りたまえ」
「失礼します。彼女をお連れしました」
声の主はスクルドだった。
まさか扉に耳を当てて盗み聞きしていたわけではあるまいし。
と思ったところで、その後ろに続いて入ってきた女の子に気がついた。
その艶やかな銀髪を、美しい顔立ちを、その華奢なシルエットを、僕が見間違えるはずがない。
「安心しろ。あの日から彼女に危害を加えたりはしていない。後で君の仲間たちも全員解放するよ」
たった1ヶ月程度会っていなかっただけ。
なのに千年ぶりに会ったようだ。
ゼクスの話など今の僕には届かなかった。
僕とルナは視線を通わせ、お互いに駆け寄っていた。
そして痛いくらいに抱きしめあった。
心休まる匂い、柔らかな感触、肌の温もり。そのすべてを覚えている。
「ルナ……ルナぁ……!」
「うん。うん……そうだよ。ルノア」
「ごめん、随分待たせちゃって」
「ううん! ずっと会いたかったから……嬉しい」
自然と涙が零れてきた。
ずっとこの瞬間のために頑張ってきた。
やっと、ここに辿り着けた。
「いいんですか? ゼクス様」
「スクルドは私のことを信じられないのか」
「そういうわけでは……」
「いや、いいんだ。私は生まれて初めて自らの選択に自信を持てなくなった」
「ゼクス様は何だかんだお優しいですからね」
「……そうかもな」
ゼクスは自嘲するように微笑んだ。
「というわけでルナ君、君を解放するよ。捕らえていた君の仲間たちはすでにホールに集合している。今の君になら転移魔法で自由に帰れるだろう?」
暫くはこのままルナを抱きしめていたい、とそう思ったが、ゼクスが咳払いひとつで水を指した。
「解放って……どういうことなの?」
「君が監禁されている間に状況が大きく変わった。もはや君を拘束する理由はない。後はルノア君に任せるよ」
「……そう、なんだ」
ルナは全てを悟ったように寂しげな表情をした。
きっと、僕が神滅刀を手にしたことに気づいたのだ。
僕はルナの手を握り、優しくほほ笑みかける。
「君たちが行くのは修羅の道だ」
「それでも、その先に未来があるのなら――」
扉が閉まると共に、ゼクスとの短い冷戦が幕を閉じた。




