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第七十一話、『聖なる禁書庫』

『終焉の足音』編 【3/8】

 ない。はっきりとそう告げられた。

 無情に無慈悲に、ありのままの事実を。


「……は? ふざけんなよ」

「何もふざけてなどいない。一度《世界終末プログラム(ラグナロク)》が発動されれば、『黒き太陽』を消滅させる手段は存在しえない」

「で、でも実際、世界は存続している! 『神滅刀』だって存在してるんだろ!?」

「そうだな。まずは勘違いを質そう。《終焉を齎す者(ロキ)》なんてものは本来、存在してはいけない『バグ』なんだよ」

「ば、ばぐ?」


 聞いたことのない単語が飛び出る。

 こいつはさっきから何を言っているんだ?


「黒き太陽とは、君たちの世界に存在するあらゆる生命の魔力――つまりは生命力を狩り尽くすシステムだ。人も動物も昆虫も植物も魔物も、魔力を吸い取られ塵と化す。命は死に絶え、森羅万象は形を失い、何も無い荒野へと果てる。『1』によって構成された世界を『0』に還元する。――それこそが神話の終焉(ラグナロク)だ」


 それによりアリストリア文明は消失した。

 しかし世界は滅びの運命を辿らなかった。

 黒き太陽はルナと交わり《ロキ》が生まれた。


「本来、黒き太陽が人に宿って人格を乗っ取るなんて、そんなことは起こり得ないはずなんだ。黒き太陽は消滅も封印もできない。だからこそ、その『バグ』は君たちにとっては救いだった」

「……お、おい。意味が分からない」

「簡単な話さ。《ロキ》が誕生したことで封印が可能になったんだ。そして君たちによって『神滅刀ヘイムダル』が作られて、《ロキ》を殺すことも現実味を帯びた」


 黒き太陽を消滅させる手段は存在しない。

 しかし、それがルナに宿ったことで滅亡を回避する手段が生まれた。

 本来起こりえない『バグ』が、避けられない滅亡に逃げ道を作り出した。


「でもそれって、お前が知らない概念が人類によって作られたったことだろ」

「それも勘違いだよ。『神滅刀』は私が生み出させたんだ」

「……はあ? 三代目アルカディア王が作ったんじゃ……」

「そうだ。しかし、その概念(レシピ)を与えたのは私だ。黒き太陽が人に宿るなんて『バグ』は修正される必要があったからね」


 突拍子のない話に一切ついていけない。

 見かねたインデックスが指を鳴らすと、僕とインデックスの間に塔の空から一本の美しい刀が落ちてきた。


「これが《ロキ》を殺すための武器『神滅刀ヘイムダル』、君たち人類が生み出した最高傑作だよ」


 神滅刀は光の粒子となって消滅し、僕の手の甲へ紋章となって刻まれる。


「おめでとう。君は『バグ』を修正する大役に任命されたんだ。その『英雄の紋章』は君の身体から消滅せず、誰かに譲渡することも叶わない。ただ君の意識が消滅すれば、その刀も同時に崩壊する。――どうか、その刀で《ロキ》を殺すまでは死なないでくれたまえよ。英雄ルノア」


 英雄、とインデックスは皮肉のように口にする。

 僕が目指した英雄とは、最愛の人を殺して世界を救うことなのか。

 こんなものが、英雄の証なのか。


 ……違う。ルナを救ってこその英雄だ。


 諦められない。諦めてはいけない。

 僕はもう、諦めないって誓ったんだ。


「……黒き太陽を別の『器』に移すことは不可能なんだな」

「そうだとも」

「でもそれは、お前が知らないだけだろ」

「ほう。確かにそうだね。私はインデックス、本の内容を記憶しているのではなく、本の位置を記憶しているだけさ。もしかすると存在するかもしれないね。事実、この聖域に接続する術があるなんて私は知らなかった」


 本当はそんなこと一ミリたりとも思っていないことは、インデックスの表情を見れば分かった。

 でも最後、全知全能の神が「知らなかった」と口にしたことで、僕の中に僅かな希望が生まれた。


「聖域に接続したものは、莫大な魔法知識を得られるんだったな。――ここにある知識を、全て僕によこせ」

「いいだろうとも。しかし知識を甘く見てはいけない。富や権力よりよっぽど有益だ。それを得ようと言うんだ。覚悟は出来てるんだろうね」


 インデックスが指を鳴らすと、本棚が目まぐるしく移動し始めた。

 そして安楽椅子から軽やかに立ち上がると、近くの本棚から分厚い一冊の図書を取り出した。


「これらの本は『知識の図書』と言ってね。表紙に触れることで内容を吸収できるんだよ。それ故に、一部分のみを知ることは不可能なんだ。そして、一度吸収した知識は容易には忘れない。――いや、忘れられないんだ」


 含みのある言い方だ。

 知識を一瞬で漏れなく吸収できる。

 一見、便利な道具に聞こえるが。


 気がつくと目の前に机が出現していて、インデックスは僕の目の前にその本を置いた。


「これは魔法に関する知識が収められた『魔導書』の一冊。順番はないけど、今は全127冊存在している。全て同時に吸収することは可能だが、一冊ずつ吸収することをお勧めするよ」


 一冊ずつとは面倒だ。これを127回繰り返すことになる。

 アルカディア王はこの工程を得て、莫大な魔法知識を得たのだろうか。


「じゃあ一冊目から――ッ!!」


 触れた瞬間、頭の中に大量の情報が流れ込んできた。

 一瞬思考することすらできず、床に崩れ落ちてしまう。


「知識を得るというのはこういうことだよ。君たち人類の脳は、流れ込んでくる莫大な情報を処理しきれない。そして記憶容量には限界がある。いずれ記憶が抜け落ち始め、思考力と記憶力が低下し、自我が崩壊して知識の廃人となる。――君はどこまで耐えられるかな」


 インデックスが享楽に呑まれて笑う。


 際限なく知識を吸収し続けられるわけではないようだ。

 容易には忘れない。つまり、この場で得た知識以外の記憶が抜け落ちるということだ。

 怖い……もしかしたら、みんなのことを忘れてしまうかもしれない。


「辞めるなら今のうちだ。今得た魔法知識だけでも君たちの世界で発展した魔法学を遥かに凌駕している。諦めろ。君には、あの二人のような力はない」

「あの二人?」

「世界を創造した男と、破滅させた男さ。オーディン・アルカディアと、アレス・ゴールドアイズと名乗っていたな。あの二人は凄まじかったよ。人類を超越した脳で、莫大な知識を次々と吸収してみせた」


 初代アルカディア王の名前は初めて聞いた。

 それにゴールドアイズ? ルナの姓はシルバーアイズだったはずだ。


「それに、アレスくんには心底驚かされたよ。ただ憎しみに囚われた亡者かと思っていたが、彼は『情報の海』に落とされてなお異常な精神力で自我を保ち続けた」

「……そうだ。お前はなんで、アレスを聖域に呑み込んだんだ?」

「ん? ただの気まぐれだよ。世界を滅ぼすのに苦痛が伴わないのはつまらないだろ? だから『情報の海』に突き落としたんだ。あそこはとめどなく莫大な情報が流れ込んできて、苦しみ続けたあと自我が崩壊するんだ」


 楽しそうに語るインデックスの横顔が、心底歪んで見えた。

 聖域で支払う代償は、すべてのこいつの気分次第か。


「数千年という時間を、彼は世界に対するひたらすらな憎悪で自我を保ち続けた。だから私は解放してあげたんだよ。彼が君たちの世界に舞い戻って何を成すか気になったからね」

「……じゃあ、何もかもお前のせいじゃねえか」

「それは間違っているよ。世界の終焉は、彼と、彼を殺せない君たち自身の無能が招いた結末だ。それは私のせいにしないでくれ」


 バカにするようにインデックスはほくそ笑む。

 確かにこいつが言っているのは間違っていないのかもしれない。

 アレスを殺すためには、強くならなくちゃいけない。


 そのためにも、ルナを救う方法を探すにも、莫大な魔法知識が必要になる。


「もう一度言おう。諦めた方がいい。あまりにも無茶だ。無謀すぎる。君のそれは蛮勇ですらない。ただの無知な愚者だ。それにたとえ全ての魔法知識を得たところで、黒き太陽は他者へとは移す方法は見つけられない。君の努力は無駄に終わる」


 無駄だ。無理だ。無茶だ。無知だ。無謀だ。

 人生で何度も言われた言葉だ。

 煩い……そんなことは百も承知だ。

 いつだって馬鹿な理想を追い続けて、叶うはずのない夢を見て、ホラ吹きだと嘲笑われて、無茶な戦いを挑んでは敗北して。


 ――それでも僕は、ここにいる。


「諦めない……」

「は?」

「僕は絶対に諦めないと言っているんだ!」


 立ち上がってそう宣言すると、インデックスは恍惚とした笑みを浮かべた。


「いいだろう! 君を気に入った! 気が済むまで知識を吸収し続けろ! いずれ君は、世界の全てを知りつくす全知全能の神へと変貌する!」

「神の座になんて興味ねえよ。ただ、守りたい人を守れるだけの力が欲しいだけだ」


 そして僕は、山のように積み重なった知識の書に手を触れた。









「だから言っただろ、君には無理だと。君には素質がない。人類を超越した叡智を得る素質も、英雄になる素質も。――そのまま『無』にしずんでしまえ」








 気がつくと、僕は暗い暗い深海にいた。

 何も感じない。呼吸の方法も分からない。

 思考するだけの存在でありながら、思考するのが億劫だった。


 このまま目を閉じて……いなくなってしまいたい。


 そう思った時、目の前に窶れた表情の男が現れた。

 黒髪の青年。しかし老君のような威厳が滲み出ている。

 初めて会ったが、僕は彼を――この御方を知っていた。


「貴方が、初代アルカディア王ですか」

「……ああ、そうだ。俺が初代アルカディア王――オーディン・アルカディアだ」


 彼は重々しい口調でそう名乗った。

 生命の魂は死後、等しく聖域へと導かれる。

 僕は今、死後の世界との狭間にいる。


「とは言っても、名ばかりの王だ。俺は守れなかった。結局アリストリアは滅びてしまった」

「でも僕たちは生きています。貴方と五人の英雄が命を賭して繋いでくれたんです」

「……そうか。でもそれは美談じゃない。死ぬのは俺だけで良かったんだ。あいつらまで命を落とす必要はなかった」


 《ロキ》の封印の代償に六人は命を落とした。

 今なら分かる気がする。

 他の五人は自ら進んで命を差し出し、アルカディア王と共に未来の礎となることを選んだ。


「ルノア君。君はこれからとてつもなく大きな壁にぶつかる。そして『諦める』という選択を強いられる」

「……ルナを救う方法がないって言うんですか」

「そうだ。彼女の言葉を借りるなら、本当に(さか)しき者は不可能であることを証明して諦める。本当は分かってるんじゃないか? 莫大な知識を得た君になら、思い描いた理想が叶わないことくらい」

「…………」


 僕は沈黙を貫いた。

 それを口にしてしまえば、多分僕は泣いてしまう。


「だが俺は、愚者でしか無かった。妻を諦めきれなくて、次元の扉なんてものを作ってしまった」

「会えなかったんですか」

「いや、会えたさ。聖域に遺されていた情報から、妻は記憶も感情もそのままに復元された。……でも、彼女は生き返ることも、不老不死になることも拒んだんだ。摂理には逆らいたくない、とそう言われたよ」


 オーディンは更に窶れた表情で、自嘲するように薄く微笑む。


「……俺は自分のことしか頭になかった。そのせいでアリストリアは滅び、子孫(きみ)たちにも迷惑をかけてしまっている。妻のことだって、俺と生きることが幸せだなんて独りよがりだったのかもしれない」

「それは違いますよ! その人は幸せに生きて、幸せに死んで、未練なんてないから生き返ることを拒んだんです。あなたがそう思えるような幸せな人生にしてあげたんです」


 必死に思いをぶつけると、オーディンは少し嬉しそうに「……そうか」と呟いた。


「ルノア君。一つ頼みがある」

「なんですか?」

「終わらせてくれないか。長きに渡った続いたアリストリア神話を」


 オーディンは自分たちが生きた時代を『神話』と称した。

 アリストリア神話はもはや、かつての話ではない。


「次元の扉も、四大迷宮も、神器も、《ロキ》も、君たちの生きる世界には必要がない。――そして、アレスを殺して欲しい。俺にはできなかった。奴が世界に抱いていた憎悪に気づくことができなかった」


 アレスは必ず世界を滅ぼすために行動を起こす。

 聖域に接続しているアレスは、オーディンに近しい強大な力を有しているだろう。

 そして同じく、聖域に接続した今の僕には、その同等の力があるはずだ。


「3000年、終わることがなかった神話に真なる意味での終焉を――今、君が刻んでくれ」

「はい、貴方の意志は僕が継ぎます。だから、ゆっくり休んでください。――アレスは、僕が必ず倒します」


 オーディンは光の粒子となって消滅した。

 その直前、確かに彼は少年のように微笑んだように見えた。



〜〜~



 聖なる禁書庫。

 空っぽになったように崩れ落ちたルノアを、インデックスは退屈そうに見下ろした。しかし――



「……驚いた。まさか本当に自我を保っているのか。いや、もはや意識はないはず。なのに、並外れた生存本能が君を糸一本で現世に引き止めているのか」



 ルノアは床に這いつくばって、インデックスの足を掴んだ。

 それはまるで、何かを掴み取ろうとしているようだった。


 そこにいたのは、もはやルノアではない。

 『死ねない』という意志だけが手足を動かしている。



「本当に君には、あの二人とも異なる何かがあるのかもしれない」


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