第七十話、『希望への回帰』
『終焉の足音』編 【2/8】
ルノアの転移後。
ヴァニアルは斬り伏せた敵などには一瞥もくれず、通路を迷いなく進み続けた。
そして、次元の扉の前に辿り着いた。
しかし扉は奇怪な氷塊で覆われ、直接触れられないようになっている。
その氷塊の表面に触れたところで、通信が入った。
「――はい。ルノア・アルカスの拘束には失敗しました。おそらくすでに『神滅刀』は奴の手に渡っているかと思われます。――誰も殺しちゃいませんよ。――オーケー、ボス。全員本部に護送して俺も戻ります」
通信を終えると、ヴァニアルは立ち尽くした。
「これが次元の扉。いや、聖域か」
そして嫌悪に塗れた表情で次元の扉を睨んだ。
「くだらねえ。なんでこんなもんがこの世に存在してんだよ。なんで皆こんなもんに執着する? なあ……教えてくれよ、親父――」
〜〜〜〜
薄暗い部屋に一人、ベットの縁に座る僕は、どうしようもない無力さに打ちひしがれ、自責の念に身を焦がしていた。
出迎えてくれた者にアップを任せ、何があったのかと呼び止める手を振り払って部屋に鍵をかけた。
胸にぽっかりと穴が開いてしまったようだ。
『また泣いて、諦めるのかい。キミはいつもそうだね。負けるのなんていつもの事じゃないか』
「……そうだよな。もう何度負けたんだろうな。――って、ディア!?」
懐かしい声に、自然に受け答えしてしまう。
なんて、ほんの1ヶ月程度会っていなかっただけだが、思わず涙が流れてきた。
「そう情熱的に名前を呼ばれると照れちゃうな。でも悪いね。生憎とボクは、キミのような泣き虫はタイプじゃないんだ」
そんな軽口を叩き、夕暮れのような赤髪の少女が僕に微笑みかける。
「お前――今までよくも僕を放っておきやがったな! どれだけ僕が心細かったか!」
「でもキミはやり遂げたじゃないか。その『英雄の紋章』が証拠さ。それにもう、キミには頼れる仲間が沢山いるはずさ」
確かに、僕一人じゃ到底聖域には辿り着けなかった。
でも僕にとってディアは、常に傍にいてくれて困った時には知恵を貸してくれる存在だった。
あの日、ディアが暫くのお別れだと言ってから、半身がもがれたような気がした。
「というかお前、なんで普通に顕現してるんだよ」
「キミが聖域に接続して無尽蔵の魔力を得たことで、ボクたち英霊もその恩恵に預かって無限に顕現できるようになったんだよ」
「無尽蔵の魔力……実感はないけど、アルカディア王と同等の力を得たってことだよな」
「まあ、あの王様は同時に【不老不死】【神眼】【継承】の権能も手にしたんだけどね」
神の代行者。その話も聖域で聞いた。
僕が得たのは無尽蔵の魔力と莫大な魔法知識。
それとアルカディア王の【継承】で受け継がれた、運命の流れを見透す【神眼】の権能。
「って、ボクたち?」
「ああ。いい加減に出てきなよ。聖剣の英霊――アイシャ」
部屋の壁に立てかけていた聖剣が輝き、その前に獣族の少女が現れた。
「ひ、久しぶり……だね? か、隠れた訳じゃないよ」
「君が聖剣の英霊?」
「そ、そう……です。アイシャ、っていいます」
視線が合わず、おどおどしているアイシャは見るからに気弱そうだ。
こんな子がアリストリア最強と謳われた十二騎士の一人なんて信じられないな。
「あ、見た目で騙されない方がいいよ。これでも獣王。それも力加減が下手で、手合わせした相手にトラウマ背負わせて恐れられてたから」
「ディアちゃん……っ!? い、言わないでよ!」
この慌てよう。マジで本当なのか……。
ディアはアイシャを揶揄うとベッドに飛び込んだ。
「一度、このベッドに寝てみたかったんだよねー。キミとルナ様が気持ちよさそーに寝てるの見てたから」
「含みのある言い方するな。あと見てんなよ」
悪戯っ子のように微笑むディア。
確かに顕現していないとベッドに寝転ぶなんてことはできない。
英霊として3000年も腕輪に宿るというのは、一体どういう気分なのだろうか。
「……って、ルナちゃん封印解けてるの!?」
と、今更のようにアイシャが驚く。
そう言えば、アークと一緒にいたならルナのことは知らないのか。
「何も知らない奴が一人いると説明が面倒だよねー」
「ご、ごめん! 外のこと、何も分からなかったから」
「というか、そもそもキミがあんな奴に『王権能力』与えたから、厄介なことになったんじゃないか」
「だ、だって……あの人の英雄になろうとする気持ちは嘘じゃなかったから……あんなことしてるなんて、知らなかったの。……本当に、ごめんなさい」
アークが【略奪の権利】なんていう王権能力を得らなければ、天族の里で大勢の人が殺されることもなかったかもしれない。
でも、英雄になろうとする気持ちで発現するものなのか。
「アイシャは悪くないよ。アークは本気で世界を救うつもりだった」
「……まあ、ボクのご主人様がこう言ってることだし、別に咎めたりは……って何、そのニヤケ面」
「ううん! ディアちゃんは昔から変わってないなって。あの頃の優しいまま」
「そんなこというなら、キミもその勘違い癖は変わってないね」
「ええっ!?」
多分、二人はとても仲が良いらしい。
その後、アイシャにことの全てを話した。
ラグナロクの詳細を知っている分、説明は早かった。
しかし、ルナが置かれている状況を話すとポロポロと涙を流し始めた。
「……そ、そんな……悲しすぎます。世界のために、ルナちゃんが死ななきゃいけないなんて。それも、最愛の人に殺さるなんて……。アレスくんが悪いのに……絶対に、許さない!」
大人しめな女の子かと思ったが、まさに獣のような闘争心が見て取れた。
「そうならないための『ルナ様救出作戦』なのさ」
「……え?」
そうだ。この作戦の最終目標は、ルナも世界も救うこと。
「そうだろ? キミは聖域に接続して『神滅刀』を手にした。あとは、これからあのゼクスとかいう坊やと会って、憎たらしい顔についた鼻っ柱を圧し折るんだよ。そうしたら、ルナ様も散っていった仲間も助けられる」
「いや、大分お前の私情混じってたけどな。それと散っていったって言うな。死んだみたいじゃねえか」
そう言えば、あの会議室でディアはゼクスに散々コケにされた上、ヴァニアルに胴体を切断されているんだ。
『神滅刀』を手にした今、世界の命運を握っているも同然。
この事実はゼクスとの交渉で最も有用なカードとなるはずだ。
「多分、数日後にゼクスから連絡がある」
「……で、でもでも、救い出したところでルナちゃんを殺さなきゃいけないのは変わらないんじゃ……ない、ですか」
「もちろん策はあるよ。聖域の力を使って、ルナ様の中にいる《ロキ》を別の『器』に移し替えるんだ」
「別の『器』?」
「ラグナロクを引き起こした忌むべき存在――『太陽龍帝』アレスさ。ルナ様を救い、アレスを殺す。まさに一石二鳥の策だよ」
例えアレスが神同然の力を持っていたとしても、《ロキ》が宿った時点で『神滅刀』によって滅ぼせる。
この作戦は実に完全無欠であった。
ただ、実現可能であるかどうかは不明である点を除いて。
聖域は完全なるブラックボックス。
何ができるかなんて未知数だ。
つまり《ロキ》をルナからアレスに移すなんてことが可能かどうかは、見て見ぬふりをするしかなかった。
「ディア、アイシャ。――話すよ。聖域の中で何があったか」
〜〜~
そこは、窓も扉もない、無数の本に囲まれた塔だった。
天井は見えず、壁伝いに永遠と螺旋階段が続いているように思えた。
そして中央には、安楽椅子に優雅に座る、艶やかな黒髪に吸い込まれるような黒の装束を纏った女性がいた。
「いらっしゃい。君を歓迎するよ、ルノア・アルカス」
深いゆったりとした声だ。
さっきまで荒波だった心が凪のように落ち着く。
この塔には一切雑音がない。
でも、どこからかチクタクと時計の秒針が動く音がする。
「……無視されると困るな。客人が来るのも、誰かと会話するのも久しぶりなんだ。そう無言でいられると心細い」
「あなたは一体……ここは、どこなんですか?」
「ん? ここは『聖域』の内部だよ。正確に言うなら、聖域の中心部――世界のすべてが保管された『聖なる禁書庫』だ」
彼女はどこか楽しげにそう答えた。
聖域に接続したことは覚えている。
でも、その行為の先に何があるかなんて考えたことは無かった。
ディアが聖域をこじ開けたとき、そこは無限に広がる平原だったし、まさか人がいるなんて……。
「そうだ! 僕は早く戻らないといけないんだ!」
「そう焦せらないでくれ。ここと君たちの住む世界とは流れる時間が異なる。ゆっくりと話せる時間くらいはあるよ」
「……そう言えばそうだったな」
彼女と話せば、分かるのだろうか。
僕が知りたかった答えの全てが。
「まずは座りたまえ。君には私に訊きたいことがあるはずだ」
気がつくと、目の前に安楽椅子が存在していた。
普通の椅子が良かったが、座ってみると心地良かった。
「……あなたは一体誰なんですか?」
「私に名前はないよ。私はただここに存在しているだけだ。でも、名乗るならそうだな……聖域の管理人『インデックス』と行ったところだ」
「インデックス……?」
彼女――インデックスは、自らをそう名乗った。
ただそこに存在しているだけ。道端の石ころに名前はつけないだろとでも言いたげな物言いだ。
「ここは聖域の内部と言ったが、一口に聖域と言っても、同心円状に三層に別れてるんだ。一番外側の第一層には何も無い『果てなき平原』が広がっていて、無尽蔵の魔力が蓄えられている。第二層の『情報の海』には、君たちの世界を構成するあらゆる情報が嵐となって渦巻いている。そして第三層には、その情報の海が図書という形となって纏められ存在している。――私はその本を管理するだけの存在さ」
この世界を構成するあらゆる情報。
アリストリアでは、聖域に接続することで莫大な魔法知識と世界の真理を得ることができると信じられていた。
「さあ、君は何が知りたい! ここは望みが叶う場所じゃないが、君の望みを叶えるための知識が眠っている!」
インデックスは楽しげに微笑む。
僕がここに来た理由。聖域との接続を望んだ理由。
僕が知りたいことはたった一つ。
「ルナから《ロキ》を引き剥がす方法を探している」
「ロキ? ああ。君たちの世界ではアレをそう呼んでいるんだったね。なら、君たちの言葉を借りるなら『ロキは黒き太陽がルナに寄生した存在』といったところだ」
そう言えば、ディアはそんなことも言っていた。
黒き太陽と青き月が交わりし時、世界に神が光臨して終焉を告げる、と。
青き月はルナのことだろう。なら、引き剥がすべきは《ロキ》ではなく『黒き太陽』の方か。
「黒き太陽って、一体何なんだ?」
「世界終末プログラム。通称、《ラグナロク》と呼ばれる世界を一度リセットするための仕組みだよ。一度そのプログラムが発動されれば、黒き太陽が君たちの世界に産み落とされて世界を滅ぼす」
インデックスは不敵に微笑み、意味の分からないことを口走った。
「なんだよ、それ……まるで、この世界が誰かによって作られたみたいじゃねえか」
「作られたんだよ。それこそ『神』によってね。聖域は世界を形成する情報が蓄積された保管庫。私はその聖域を管理するためにここに存在している」
淡々と語るインデックスは、分かる必要はないとばかりに質問の余地を与えない。
「……なんで、そんな飄々としてんだよ。お前にとって世界が滅びるのはどうでもいいのか?」
「勘違いするな。君たち人類は何度も絶滅と誕生を繰り替えしている。君たちは何世代目だったかな?」
「…………ッ」
「私にとって君たちは観察対象だ。滅びの趨勢は見守るだけで干渉はしない。あの青年が世界の終焉を望んだのなら、それもまた一つの結末だと思っただけだ」
つまるところ、世界がどうなろうがインデックスの知ったことではないということだ。
アレスが望んだから《ラグナロク》を発動させた。
アルカディア王が望んだから《ロキ》を封印した。
そこに特別な感情は存在しない。
「お前がどういう奴か、どういう立場なのかよく分かったよ」
「そうか。理解が早くて助かるよ」
「お前が理解の及ばない怪物だってことも、頼めばなんでも言うことを聞く尻軽女だってこともな」
「酷い言い草だな。傷つくよ」
そう言うがインデックスの表情は変わらない。
しかし、僕にとってもそれは好都合だ。
「つまり、僕が世界を救いたいって言えば、協力してくれるんだろ?」
「協力はしない。君が望んだ知識を与えるだけさ」
「だったら、ルナから『黒き太陽』を引き剥がす方法を教えろ。アレスに押し付けて、『神滅刀』で消滅させる」
「なるほど。確かに完全無欠な策だ」
その質問に、インデックスは無表情でこう告げた。
「――そんな方法は存在しない」




