第六十八話、『神滅刀ヘイムダル』
『駆動要塞』編 【10/10】
ユシィは作戦開始の直前にある紙を作り出し、そこに魔法陣を書いて渡してくれた。
「これを持っていけ。この魔法陣は、例の魔法陣とリンクさせておる。転移魔法陣の応用、離れた魔法陣を発動し、書き換える遠隔魔法じゃ」
つまり、この紙に描かれた魔法陣に地形情報を加えることで、駆動要塞は止められるということだ。
僕はユシィから渡されたスクロールを床に敷き、その上に立って扉にそっと手を触れた。
冷たい、この奥には何も無い。
やっとここまで辿り着いたんだ。
真実を知り、ルナを失い、ディアと計画を企てた。
ルナ救出作戦の一番の鍵。
《ロキ》を殺すための武器――『神滅刀』の獲得。
待っててくれ、ルナ。今すぐに会いに行くからな。
『本当に愚かだよね、君たちは。君たちにとって、あの王国の民は他人でしかないだろ。それなのに命まで投げ打って。ナンセンスだ。人間は与えられた不自由な身体を守るために、他者と殺しあって生きているのに』
イプシロンはつまらなさそうに呟いた。
こいつもゼータと同じで、人間を否定したいのだろう。
「確かに僕たちは完全な生き物じゃない。完全じゃないから、殺し合うし、過ちも犯すよ。でも、不自由なんかじゃない。誰もが自由で、幸せになる権利がある」
『いや不自由さ。だって俺っちたちですら、自由にはなれないのだから』
どこか寂しそうな声が響く。
『なあ。なんでお父様は来て下さらないのかな』
「え?」
『俺っちは実体がないから聖域は開けない。だからお父様が来て下さると思ってたんだ。……なのに、お父様どころか「戦闘用」も来やしない。お父様ならすぐにでもここに来れるのに、一体何を考えていらっしゃるんだ』
もしここにアレスが来たなら、今の僕達では太刀打ちできなかったかもしれない。
何千年も世界を滅ぼすために地道に暗躍していたようなアレスだ。この絶好のチャンスを逃すとは思えない。
『俺っちは捨てられたのか。お父様だけに尽くしてきたというのに。……デルタとゼータのように、「戦略用」は役目を果たせば用済みなのかな』
悲痛な嘆きが聞こえる。
ダメだな。敵に同情するなんて。
こいつは天魔大戦を起こし、ゼンを狂わせ、大勢の人を不幸にしたというのに。
『そろそろだ。全く、揃いも揃ってお人好しか。――全員、蹴散らしてやる!』
駆動要塞が僅かに速度を上げたのを感じ取る。
これからバロア王国に突っ込むつもりだろう。
僕は扉に触れて、大きく深呼吸した。
聖域は大いなる意志によってのみ開かれる。
ディアはそう言っていた。
アレスは世界の終焉を、アルカディア王は世界の存続を。
僕はルナを救いたい。ルナと幸せに暮らしたい。
でも、みんなにも幸せになってほしい。
六種族が共存する未来を、僕は諦めたくはない。
綺麗事かもしれない。それでも僕は――
「世界を救う英雄になりたい!」
腕輪が青白く発光し、呼応するように次元の扉の王家の紋章が眩く輝く。
僕の『意志』が今、聖域の扉を開いた――。
〜〜~
駆動要塞、外部。
ユクシアと七災魔皇はバロア王国の城壁の前で、駆動要塞が猛スピードで突っ込んでくるのを待ち構えていた。
高い壁に囲まれたバロア王国で、駆動要塞の突進を察知したのは実に直撃5分前のこと。
王国の緊急事態を告げる鐘の音で、国民は恐怖のどん底へと落とされた。
伝説の人喰い龍が森から出てきたと、恐怖は言い伝えと結びついて具体化する。
森を踏み荒らし、神獣の足音が近づいてくる。
足音の間隔は徐々に短く、振動は徐々に大きくなっていく。
生き物たちが一斉に騒ぎ出し、それは姿を現した。
「来たぞ。――怪物じゃ」
イプシロンは城壁に待ち構えるユクシアたちを視認すると、駆動要塞を加速させた。
「良いか。駆動要塞はあらゆる魔法を吸収する特殊な装甲で覆われておる。確かに大地を穿つのも悪くはない手じゃ。――じゃが、甘いの。そこで見ておれ、魔法を極めし覇者の深淵を」
魔法は陣を介して発動する。
しかし魔法陣を描くには時間を要するため、魔法使いは身体に魔法陣を刻むことによって『魔法を使う能力』を得る。
通常、身体に刻む魔法陣は一つ。強い力を持つ魔族の中には、二つの陣を刻む変わり者もいた。
アリストリア時代、『狂魔王』と恐れられたユクシアは、十二騎士ルナとの戦いで三つの魔法陣を身体に刻んで操って見せた。
そして、3000年の封印より復活したユクシアは、身体に五つの魔法陣を刻んだ。
胸元に刻まれた命魔法を除く七属性を操る『魔神の紋章』。
右手の甲に刻まれた、史上唯一ユクシアのみに天が与えた『軍姫の紋章』。
左手の掌に刻まれた、触れた物体や空間そのものを崩壊させる『破壊の刻印』。
左足に刻まれた、周囲の空間を捻じ曲げて高速での移動を行う『空間歪曲の刻印』。
右足に刻まれた、周囲の重力をねじ曲げる『重力操作の刻印』。
本来、魔法陣は複数を同時に発動させることはできない。
しかしユクシアは、そんな常識を嘲笑うかのように覆した。
五つの魔法陣の同時発動。
七属性を右腕に束ね、前方の空間と重力を歪め、破壊の刻印とともにただ思い切りパンチを繰り出す。
あまりにも威力が強いため、ずっと封印していたユクシアの必殺技である。
「喜べ怪物! 我が最強の魔法をもってうぬを沈めてやろう――大災害!!」
駆動要塞を破壊してしまうため、ユクシアは直接攻撃するのではなく衝撃波で吹き飛ばそうとした。
発生した凄まじい突風は、木々を根元から吹き飛ばし、駆動要塞を完全に停止させた。
あくまでも目的は駆動要塞を停止させることである。
「今じゃ、うぬら!」
動けなくなった駆動要塞に七災魔皇が追い打ちをかける。
動き出さないように足場を徹底的に破壊していく。
大災害は反動が大きすぎるため、ユクシアは一度使うと暫くの間、身体が動かなくなるのだ。
猛攻は1分間とめどなく続いた。
次第に七災魔皇はその異変に気づき始めた。
駆動要塞は城壁の前から一歩も動かなくなっていた。
〜〜~
数分前。駆動要塞、内部。
巨大な揺れの後に次元の扉に触れたルノアは、眩い極光に呑まれて姿を消した。
その様子を尻目に、ラーファはゴーレムと対峙する。
通路が狭いことが逆に死角を減らし、一番隊にとって有利にはたらいた。
ゴーレムの動きは鈍く、俊敏性と柔軟性に優れた獣族は一度も攻撃を喰らうこともなく、脅威であるレーザー光線も発動前に対処できていた。
「このままルノア様がお戻りになられるまで耐えますわよ!」
『はい!』
このまま順調にゴーレムを倒していける――そう思っていた。
しかし崩壊は、いつもわずかな綻びから始まるのだ。
集中の乱れがレーザー光線への対処を遅らせ、生じたわずかな連携のズレが戦線の崩壊を招いた。
形成は一気に逆転した。
次々となだれ込んでくるゴーレムを死にものぐるいで倒し続けるが、もはやそこに連携などという余裕は存在していなかった。
「ここは一度退いて戦線を立て直しましょう!」
「いけません! まだルノア様が戻られては――」
そして静寂が臨んだ。
仲間の一人がゴーレムの打撃に倒れ、動揺するラーファに高熱のレーザーが放たれた。
「ラーファさん!」
直後、ラーファは突き飛ばされ、レーザー光線がアップの身体を貫いた。
「アップ……どうして、あなたは」
「……なんですか、その情けない顔は。しっかりしてください……あなたは、私たちの希望なんですから。でも、良かった…………死んだら、許しませんから」
そしてアップは瞼を閉じた。
とめどなく血が流れ出る冷たい身体を抱き、ラーファはフツフツと心に湧き上がってくる熱い何かを感じた。
戦線の維持は困難。倒れゆく仲間。
追い打ちをかけるように、ラーファをゴーレムが取り囲んだ。
「分かりましたよ、アップ。あなたの思いは、痛いほどに伝わりましたから」
ラーファはアップをそっと寝かせて立ち上がる。
灰色の髪が逆立ち、牙のごとく鋭い眼光が光った。
可視化できるほどの闘気を纏い、愛剣を振りかざす。
そんな怒り狂うラーファの肩を、一切の憎悪もない優しい手が触れた。
「もういいよ。あとは、僕に任せろ」
初め、ラーファはそれが誰か分からなかった。
あまりにもその青年の気配が変わっていたからだ。
「ルノア様……ッ! 自分の成すべきことを果たされたのですね。おめでとうございます!」
ルノアの手には、四尺はあろう大太刀が握られていた。
そのあまりの美しさにラーファは涙を流した。
極限まで無駄を削ぎ落とした、武と美の究極。
それは、三代目アルカディア王が紡いだ一欠片の希望。
人類が作り給うた最高傑作と呼ぶべき一級品。
刻まれた銘は『神滅刀ヘイムダル』――名の通り、神を滅ぼすための武器だ。
それを手にすることが許されるのは、世界の安寧を脅かす存在に立ち向かう意志を持った英雄のみ。
「ルノア様、レーザーが来ます!」
「大丈夫だよ、ラーファ。ゆっくり休んでろ」
同時にいくつものレーザーが暗闇を貫いた。
と、同時。ルノアが神滅刀を振るうと、刃が光線を跳ね返した。
「アリストリア流剣術。奥伝『月の輪』」
紫電一閃。白銀の刃が虚空に円を描いた。
ラーファはその剣を目で追えなかった。
ただ、気づいたときにはゴーレムは一掃されていた。
ルノアは止まらなかった。
誰にも止められなかった。
凄まじい速度で通路を駆け抜けると、あたりのゴーレムは一体足りともルノアを認識することなく掃討された。
「出てこいよ、イプシロン。この戦いに決着をつけよう」
『………………調子に乗るなよ。人間が』
ルノアが静かに呼びかけると、背後を取るように人型の影が現れた。
イプシロンに実体はないが、あの愉快そうな笑顔などどこにもなく酷く不機嫌そうに見えた。
「どうせお前らは俺っちを殺せない。神滅刀を手に入れたところで、すぐにお父様がお前を殺すに決まってる」
「諦めろ。アレスは来ない。お前は捨てられたんだ。所詮は『戦略用』、役目を終えたら用済みだ」
「……お前がお父様を分かった気になるな! お前は俺っちすら殺せない! 実体のない俺っちには、あらゆる物理攻撃は通じない!」
イプシロンの言う通り、ルノアは影を斬れない。
神滅刀とはそんな便利な武器ではない。
実体のない相手には、ただの刀と何一つ変わらない。
「そうやって自分をも騙し、虚勢を張ってきたんだな。本当にお前らは悲しい生き物だ。人間に対するどうしようもない劣等感を誤魔化すため、人間という生き物を否定したいんだ」
「なん……だと。お前に、俺っちの何が分かる!?」
「分かるよ。お前を殺す方法もな」
ルノアは静かに人影を見つめる。
そしておもむろに足元に視線を移した。
「お前が実体のない影なら、何故わざわざ人の姿を模した。それは、斬れないことをアピールするためだろ?」
「な、何が言いたい!」
「本気で僕を倒したいなら、ずっと誰かの身体を乗っ取り続ければよかったのに。お前はその可能性を放棄した。この近くには僕とお前以外誰もいない」
「――――ッ!」
ルノアが神滅刀を構えると、イプシロンは逃げ出した。
その冷たい双眸に、身の危険を感じ取ったからだ。
人の影は消え、暗い通路だけが広がっている。
だけど【神眼】は、はっきりとイプシロンを捉えていた。
「嫌だ! やめてくれ! 死にたくない……ッ!」
ありったけの殺意を孕んだ視線がイプシロンを凝視している。
明らかにその殺意は、殺される恐怖を味わわせるため意図的に込められたものだった。
イプシロンは壁の中には逃げなかった。
否――駆動要塞に憑依したところで無駄なのだ。
「お願い……殺さないでくれ」
「これで、やっとスタート地点か」
ルノアがぼそっと呟くと、直後、イプシロンの身体が一刀両断された。
細い断末魔の声を残し、『欺瞞』のイプシロンのとてつもなく小さな身体は消滅した。
そこに一切の躊躇いはなかった。
怒りも悲しみも慈悲もなく、ルノアは無感情にイプシロンを両断した。
――そして、存在しない空を見上げて涙を流した。
『戦略用』ホムンクルスはすべて倒された。
四大迷宮は攻略され、聖域に遺された『神滅刀』は英雄の手に渡った。
そしてルナ救出作戦は最終段階へ移行する。




