第六十六話、『因縁の戦い』
『駆動要塞』編 【8/10】
「ああ、本当に久しぶりだな。アーク」
その顔を見て思い出したのは、怒りではなくソフィアを守れなかった屈辱だ。
「お前にあの迷宮の財を横取りされてから、俺の計画は狂った。俺がお前ごときに時間割いてやってるのが苦痛で仕方なかったよ」
「……ナジとガラハットを殺したんだってな。何故だ」
「マリアの奴のゲロったんだってな。どうでもいいが。あいつらも所詮は、神の言葉を聞けねえ下賎だっただけの話だ」
アークはイプシロンに洗脳されている。
ルナを連れ出したのが僕だと言うことも、天族の里に聖剣があることも、バロア王国にいたのも、全部イプシロンの指示なのだろう。
「その聖剣、返せよ。それは天族の里に受け継がれてきた大切なものなんだ」
「あ? 返すわけねえだろ。そもそもこの剣は元々神の所有物であり、邪教徒に奪い去られたものだ。俺は、卑劣な天族から奪還にしたにすぎない」
「……それで、そこで何人殺したんだ!」
「邪神に洗脳された哀れな子羊を救ってやったんだ。これは正義の制裁なんだよ」
全く悪びれる様子がないアーク。
いや、本当にそれが正義だと思っているんだ。
イプシロンの洗脳を神の啓示と信じ、正義のために行動しているつもりなんだ。
「お前は、この扉に触れることがどういう意味か分かってるのか?」
「知らねえよ。俺はただ啓示があっただけだ。扉に触れるだけでいい。それで世界は救われるってな」
聖域は強大な意思によってのみ開かれる。
触れるだけでいいのは、イプシロンが憑依できるからだ。
「バカか! お前が扉に触れれば、世界は滅びるんだよ!」
「あァ? さすが邪教徒は言うことが違ぇな」
『そうだ。信じる必要はない。彼らは邪神を信仰し、世界を滅びの運命へと導こうとしているんだ。そして君の目の前の男は、邪神教の司教だ。――英雄アークよ。今こそ、悪の権化を滅して世界を救うのです』
「分かってます。俺こそが正しき神の信じ、世界を救済することができるんですよね」
アークは聖剣を鞘から抜いた。
王家の紋章。俺の腕輪と同じで、英霊が宿る神器。
僕の【反撃の権利】のように、何かしらの『王権能力』が与えられているはずだ。
「残念だよ。同郷の仲間を殺したくはないんだ」
「同郷? 俺は過去は捨てた。お前なんざ知らねえよ」
「捨てたんじゃなくて、思い出せないだけだろ。お前は東和の村で生まれ育った、僕の幼馴染だ」
「……いい加減にしろ。俺を侮辱するな!」
アークは『虎神流』の構えをとる。
なんだ……今、一瞬昔の自分と重なった。
同じ流派だからだろうか。
でも、昔の僕に似ていると思ったのなら、アークの構えは僕よりずっと下手だということだ。
「――――ッ!」
踏み込んだ地面が陥没し、アークの姿が消える。
ゾルマや七災魔皇を蹴散らして侵入してきただけのことはある。
圧倒的な速度とパワー。あの日とはまるで別人だ。
「――な!?」
もしアークが真っ当に鍛錬を積んでいたのなら、勝てなかったかもしれない。
いや、僕がルナとユシィに稽古をつけてもらい、いろんな死線をくぐってこなければ瞬殺されていただろう。
全身全霊の一撃を軽くいなすと、アークは体勢を崩して転んだ。
「もう、お前ごときに負けてなんていられないんだ」
戦闘が始まって数秒足らず。
しかし、アークとの差は歴然としていた。
「何でだ! そんなことあるはずがねえ!」
力任せに振るわれた聖剣は、子どもをあしらうかのように捌かれる。
確かに力だけなら一級品だ。ノウム王国で戦った『鬼王』ゼオンに匹敵するかもしれない。
でも、だからこそ不自然なのだ。
アークの構えは『虎神流』だった。
あれを見て昔の自分が重なったのは、攻撃しようとする意思が顕著に現れていたからだ。
実際、アークは積極的に攻撃を繰り出してきた。
『虎神流』は防御に重きを置く流派。
なのに『鬼神流』のように攻撃的な太刀筋。
あまりにも稚拙だ。力の操作も全くなっていない。
どこで習ったのかはしれないが、ロクに稽古なんて受けてこなかったのだろう。
「俺がお前みたいなゴミに! こんな雑魚を相手にするかのように! おかしい……俺は神に選ばれたはずなのに!」
「お前は剣の師匠にそうやって相手を見下し、感情を顕にしろと教えられたのか」
「俺に師匠なんていねぇ! これは俺が自分で編み出した構だ」
「そうか。なら東和の村で教わった――」
あれ? ちょっと待て。
東和の村で『虎神流』を教えていたのは父さんだけだ。
昔の僕と重なったのは、同じ師匠に稽古をつけてもらっていたからか。
そう言えば、もう一人いる。
一時期、僕とともに夢を追い、冒険者を目指し、切磋琢磨しあった友達が。
「……嘘だ。お前……ゼン、なのか?」
そいつはすぐに大人になって止めてしまったけど、僕にとって生まれて初めてできた親友だった。
「誰だ? ゼン? 知らねえ――ッ!?」
アークは頭の痛みに顔を顰めた。
間違いない……髪は白いし雰囲気も全く違う。
でも、ゼンだ。あのバカみたいに明るい僕の親友だ。
「……なんでだよ。お前は誰よりも優しくて、皆を救う英雄に憧れてたんじゃないのか! ゼン!」
いや、その気持ちは悪用されたんだ。
イプシロンによって正義と悪の対象を入れ替えられた。
もしイプシロンが見つけたのが、ゼンではなく僕だったら、この立場は逆転していたかもしれない。
所詮、正義と悪は表裏一体。正義のために行うことが、必ずしも誰かのためになるとは限らない。
「煩い。俺はアークだ。……やっぱり、お前を見ていると吐き気がする」
「ああ、そうだな。お前は僕の親友のゼンじゃない。早く、楽にしてやるよ」
幼馴染だとは元々分かっていた。
それが親友であろうと、僕のやるべきことは変わらない。
「うおおおおお!」
再びアークが突進してくる。
乱暴な剣捌き。鈍い剣戟の声が響き渡る。
だが、少しずつアークの動きは衰えていった。
「なんだ……身体が、重い」
「【悪因悪果】――背負え。それがお前の背負うべき罪の重さだ」
「ふざけるな……ッ! これは、正義の制裁だ!」
アークの脇腹をフレイヤの赤刃が切り裂く。
何度も。何度も。服が鮮血に染まっていく。
なのに――傷が再生していく。それに、
「おりゃァァァァ! どうした! さっきまでの威勢はどこいったんだよ!」
段々とアークが勢いを吹き返し、反対に僕が押されていく。
【悪因悪果】で動きは鈍っているはずなのに。
それに……なんだこれ、疲れる。
聖剣の紋章が輝いている。
なんだ。何の能力がはたらいているんだ。
「はあ、はあ……」
「やっと疲労が見始めたな。俺と対峙しているやつは【圧制威光】の効果で体力を奪われる。もうお前に反撃の手立てはないんだよ」
「お前の『王権能力』って……」
「【略奪の権利】――それが俺に与えられた王の力だ!」
略奪とは、英雄らしからぬ力だ。
神器の所有者には、所有者の理想や願いに応じた力が発現するとディアが言っていた。
それが、アークのなりたい自分だったのか。
「俺は殺した相手のスキルを奪えるんだよ。今の俺には、邪教徒から奪った大量のスキルがある! お前ごときに負けるはずねえんだよ!」
「スキルを……殺して、奪った?」
天族は『天命』と呼ばれるスキルを一つ授かる。
聖剣を奪ってからアークが天族を殺したのは、単にスキルを奪って強くなるためか。
それを邪教徒への粛清と称して。
「やっぱりダメだ。お前は……ここで殺す! アーク!!」
ここで負ければ、世界は滅びると思え。
死んでも剣を振るえ。
手足をもがれても喉元に噛みつけ。
「水壊波!」
「魔法なんざ俺には効かねぇ! そのままそっくり返すぜ! 【反魔廻天】!」
「――――ッ!」
水魔法は聖剣の紋章に吸い込まれ、聖剣が光輝いた。
魔力を吸収してエネルギーに変換するスキルか。厄介だな。
『ねえ、ルノアくーん。君って意志の力とか信じてる?』
鎬を削る鍔迫り合いの最中、イプシロンは呑気に話しかけてくる。
妨害のつもりなのか。鬱陶しいとは思うが耳を貸さなければいい話だ。
『俺っちは信じてるんだ。中でも憎悪や嫉妬といった負の感情は最高さ。肉体と精神を極限まで研ぎ澄ませる。だからこそ君たちは争い事が耐えないんだよ。ちょっとした事が原因で、天族と魔族は1000年もいがみ合ってるしね』
アークに一太刀浴びせても、傷が浅ければ《治癒》のスキルで一瞬で感知する。
おまけに体力は僕から吸い取っているため、攻撃の手が止むことは無い。
『なんで知ってるかって? だって俺っちが天魔大戦を起こしたからさ! 天族と魔族に交互に乗り移って子どもを殺しまくったら、簡単に戦争を始めやがった!』
「――――ッ」
一瞬の隙が生まれ、聖剣が僕の頬を掠めた。
ダメだ。戦いに集中しろ。イプシロンの演説に耳を貸すな!
『俺っちの「役目」は、六種族がいがみ合う世界を作ることなのさ。お父様は異種族の共存なんざクソ喰らえだって教えてくれた。だって君たちは、常に他者と異なる点を見つけては恐れ、差別し、殺し合うのが好きなんだから』
感情的になるな。心の凪のように鎮ろ。
呼吸を整え、冷静にアークの剣を捌くんだ。
そうすれば、いずれチャンスは来る。
「いい加減に――くたばれ!」
アークの怒りが頂点に達し、剣筋が大きくぶれる。
その一瞬、隙が生まれる。
僕はその機会を見逃さず、最速のカウンターを繰り出す。
『ねえ! ルノアくーん! 君は同郷の友人を殺めるのかい!』
かつてのゼンの笑顔が浮かび、雑念が躊躇を生む。
カウンターは弾かれ、殺意の籠った聖剣が僕を斬りつけた。
なんでだ。なんで躊躇った。僕なら殺せたはずだ。
無様に一撃を喰らうことなんてなかったはずだ。
『アヒャヒャヒャ! 本当にバカだよね! まだそれを竹馬の友だと思うなんて!』
イプシロンの豪快な嘲笑が響き渡る。
いやはや。本当に愚かだ。でも、今の一撃で目が覚めた。
「勝負あったな。スキル【吸血鬼】は、斬りつけた相手の魔力を大幅に奪う。無様だな、ルノア」
魔力が尽きた時、人は気を失う。
身体が鉛のように重い、倦怠感を服として纏っているようだ。
「なんだ、剣を納めて。降参でもする気か?」
「反撃に備え、剣を構えろ、アーク。――人の痛みが分からないなら、その身をもって学べ」
腰を低く、居合抜刀術の構えをとる。
このくだらない戦いに、蹴りをつけてやる。
アリストリア流剣術、最速の抜刀術。――皆伝『彗星斬』。
「この一撃で、お前を倒す!!」
「いいだろう! お前の最強で来い! 今まで殺してきた全ての命をもって、俺の最強の一撃でお前を捩じ伏せる!!」
アークの聖剣と、僕の腕輪。
双方の神器の王家の紋章が、青白く光り輝いた。
「【因果応報】!!」
「【覇道一振】!!」
踏み込む動作すらなく、姿が一瞬で消える。
だが、アークは『彗星斬』を見切った。
聖剣と焔龍剣が火花を散らし、切り裂くような衝撃波が生まれる。
――そして、焔龍剣の赤刃がアークの胴体を薙いだ。
〜〜~
どうしようもない静寂に胸が痛んだ。
上半身だけとなったアークを見下ろす。
まだ意識はあるようだが、もう助からない。
『あーあ、壊れちゃったか。にしても、本当にバカだったよね。最後まで自分のことを英雄だと思ってやがった。本当は世界を滅ぼそうとしてたのにね。マジで笑える』
「……黙れ」
『知ってる? そいつの王権能力である【略奪の権利】には、殺せば殺すほど身体能力が上がり続ける【不敗の英雄】って最強のスキルがあるんだ。もっと殺せば君に勝てただろうに。本当にナンセンスだ。バカすぎる』
「黙れよ」
『それに女子供は殺さないんだ。天族の里で武器を持たない奴を殺せば、もっと簡単に有益なスキルを沢山得られたのに。パーティメンバーを殺させたときも、あのアマを口封じに殺せば指定手配されることもなかったし。所詮はその程度の覚悟だったってことさ。英雄になんかなれやしない』
「だから黙れって言ってんだよ! ゼンだって本当は、世界のために戦いたかったはずだ! お前はその気持ちを悪用したんだよ!」
アークが女と子供を殺さなかったのは、せめても良心、いや洗脳への抵抗だったのかもしれない。
本当に無差別に人を殺しまくっていれば、僕は適わなかったかもしれないのに。
「……ル、ノア。あれ? 俺は……ここで、何を」
目から光が失われたアークが、言葉を発した。
いや、そこで倒れていたのは洗脳の解けたゼンだった。
「……ごめん。散々……バカにしてたけど、本当は俺、お前の夢……応援、してる……から。親友、として……」
ゼンは震える手を高く伸ばし、涙を流した。
そして、事切れた。
僕は親友に、何も声をかけてやることができなかった。




