第六十四話、『駆動要塞アヴァロン』
『駆動要塞』編 【6/10】
駆動要塞へ案内してもらう道中。
先頭を歩くロロアの背中が、やけに遠く感じた。
「良かったでは無いか。これで六種族共存といううぬの願いが叶ったんじゃろ」
「……龍族の生存が知れたことも、協力も得られたことも良かったけど、多分、龍族は僕たちのことを仲間だなんて思ってないよ」
所詮、共通の敵がいたというだけ。
大抵この場合は、敵が消えれば関係は消滅する。
アレスを討つための一時的な協力体制。
「皆、あの歴史の言葉に呪わてるんだ。先祖の犯した罪を、生まれきた子供たちが背負わなきゃいけないなんておかしいのに」
あの石碑がある限り、龍族は自分を罪人だと思い込む。
償うために自らに罰を貸し、徹底的に痛めつけている。
「誰もがアレスを殺せば救われるって信じてる。それで罪を償って、解放されるんだって。――それは、本当に正しいことなのか」
少なからず、そんな風に龍族が苦しんでいることを、ルナは快く思わないだろう。
本当に罪を背負うべきは私なのにって、優しいあいつは言うんだろうな。
「ルノア様はお優しいですわね。ですが、今はそんなことを考えてる場合じゃないですわよ。まずは目の前のことに集中しなければ」
「……そうだよな」
ラーファに諭され、前を向いて歩く。
数分後。開けた場所に、それは佇んでいた。
表面にコケが生え、根やツルに絡まれ、巨大な生き物の死骸のように、駆動要塞は沈黙していた。
「私たちはあれを『神獣様』と呼んでいたわ。村の守り神。本来なら、近づくことすら許されない聖域よ」
「そんな場所に入っていいのか?」
「こんな古びた神に縋るより、憎き悪魔を殺す方がいいとは思わない?」
アレスを殺すことしか頭にないような言い方だ。
駆動要塞アヴァロン。
次元の扉を正しい座標に配置するためだけに作られた装置。
他の三つの四大迷宮と異なり、この要塞は人が住むことを想定としていない。
自立した制御システムが、万年に渡って六本の脚を動かすと考えられていた。
この様子なら、かなり昔に動かなくなったのだろう。
「どうする。全員で入るという訳では無いのだろ?」
「ああ。不測の事態に対応するために、中に入る隊と外で待機する隊に分けようと思う」
ロロアたち龍族が手助けしてくれるのはここまで。
ここからは僕たち神殿騎士団だけでやらなくてはいけない。
話し合いの結果。
ラーファを筆頭とした一番隊と、魔法関連の問題を解決するためにユシィ、そして僕で駆動要塞に入ることになった。
ゾルマを含む三番隊と、七災魔皇含む四番隊は外に残ることになった。
巨大な要塞と言っても内部はそう広くはないだろうから、大人数で調査する必要は無い。
「ありました! ここから入れるみたいです!」
かつて使われていた扉のような場所が見つかり、力づくでこじあける。
中には真っ暗で何も見えない通路が奥へと続いている。
神獣の体内。そこに踏み入る者に、どのような運命が待ち受けているのだろうか。
「よし。行くぞ」
そして最後の四大迷宮――駆動要塞の攻略が始まった。
〜〜~
駆動要塞に侵入して数分。
特に罠が仕掛けられているわけでもなく、何事もなく進めている。
やげて通路を抜けると、駆動要塞の中心部にたどり着いた。
柵から下を見下ろすと、その光景に息を飲んだ。
「ほお。凄まじいなこれは。妾ですらこれほどのものは作れん!」
中央には巨大な水晶の柱が立っていて、その周囲の床には巨大な魔法陣が描かれている。
いや、よく見ると大小様々な魔法が大量に重なって、一つの魔法陣を形成しているようだ。
ユシィが未知の魔法に目を輝かせるほど、僕にとっては理解も及ばない魔法式が組まれているのだろう。
「これが神獣の脳。制御システムってことだよな」
「ああ! そうじゃ! 常に周囲の大気や環境から魔力を吸い上げ、座標を認識して突き進む! しかし人の住む街や小さな集落は通らないように設計されてる」
「それって、3000年前の地形で、ってことだよな」
「そうじゃな。今となっては地形は変わり、街も集落もどこにもない」
バロア王国は認識していないというわけか。
どれかの魔法陣が、街や集落を認識する役割を担っていたのだろう。
「止まっておるのは魔力吸引の回路に異常が生じて、動力源の魔力が枯渇してしまったからじゃろうな。これくらいなら一日もあれば直せるぞ」
「まだ直すなよ。急に動きだしでもしたら困るからな」
「ですがルノア様。本来あるべき座標というのは、バロア王国の内部なんですわよね?」
駆動要塞を動すと、バロア王国に突っ込むことになる。
そうなればバロア王国に生じる被害は計り知れない。
問題はそこだ。どうやって正しい座標に直すかだ。
「ユシィは引き続き、魔法の調査を任せる」
「任せておけ!」
「僕は次元の扉を探しに行くよ」
「わたくしもお供します」
ラーファと何人かを連れ、また通路を歩き始める。
暫くすると、あることが気になり壁を叩いた。
「どうかされました?」
「いや、駆動要塞の大きさに対して通路が狭い気がするんだ。何も無い空間が多いって言うか、もっとコンパクトに作れなかったのか?」
「意外と乱暴なことを仰いますわね」
ラーファが上品に微笑む。
まあ、アリストリアの魔法技術や機械技術はまだ不明なところが多いからな。そこをツッコんでも仕方ないか。
「あれ? 着いてきたのってラーファだけだったか?」
後ろを振り返ると、ラーファしかいなかった。
確か三四人くらいいた気がしたんだけど。
「迷ったのではないでしょうか。気にせず進みましょう」
「迷うって。一本道だったけど……」
仲間思いで心配症のラーファが、いなくなった仲間を気にしないとは珍しい。
「ん? 連絡か。誰からだろう」
通信用の魔道具が反応していた。
『ルノア様! 至急報告があります!』
「レイナか? どうした!」
『例のあいつが、動き出しました! さっき国を出て、南に真っ直ぐ向かっています!』
「……アークが、こっちに向かってる?」
なんで、このタイミングなんだ。
今は結界もないし、駆動要塞の場所は判明している。
誰かがそのことをアークに伝えたのか。
「――――ッ!?」
背後に殺気を感じて咄嗟に回避すると、細くしなやかな剣が脇腹を掠めた。
傷口を抑えながら、避けなければ致命傷だったかもしれないと背筋が凍おらせる。
「……どういうつもりだ。ラーファ!」
「あら。避けられてしまいましたわね」
ラーファは見たこともないような狂笑を浮かべた。
目が赤く血走っている。
「死んでくださいまし。ルノア様」
「ラーファ、なんで……いや、誰だお前!」
「変なことを仰いますわね。わたくしがルノア様を裏切るのがそんなに不思議ですか?」
「残念だったな。お前は知らないだろうけど、ラーファは二人きりの時、意外と甘えん坊になるんだよ」
もちろんハッタリだ。
でも、ラーファでなければそんなことは分からない。
ラーファの姿をしているのか? いつからだ。
それとも……乗っ取っているのか、身体を。
「……チッ。バレたならしょうがないな。これ以上、この女のふりをし続けるのもナンセンスか。アヒャ、アヒャヒャヒャ!」
ラーファは――いや、そいつはバカにするように大仰に手を叩きながら、歪んだ表情で嗤った。
「お前、まさか……」
「そうさ。俺っちの名前はイプシロン! パンドラ幹部。『欺瞞』のイプシロンだ!」
パンドラ幹部。これで三人目だ。
戦闘用? いや、もしこいつが同じようにアークを操っているのだとすれば、デルタとゼータと同じ戦略用ホムンクルスだ。
「さあ! 俺っちを殺してみろ! 俺っちは幹部の中で最も弱いんだ! ほおら。首元をよく狙って、殺してみなよ」
イプシロンは両手を広げ、無力なことをアピールする。
確かに、今なら簡単に首は切れる。
でも――ラーファは、間違いなく死ぬ。
「それとも俺っちが手助けしてやろうか」
「――ッ! やめろ!!」
イプシロンは自らの――ラーファの首に刃を押し当てた。
赤い線が走り、血が垂れる。
ダメだ動けない。どれだけ剣技が早くても、ラーファを殺されてしまう。
「いや、見てないでさあ――死ねよ。早く」
こいつは本当に弱いのかもしれない。
でも、今は殺せない。勝ち目がない。
僕はゆっくりとフレイヤを抜剣し、自らの腹に押し当てた。
〜〜~
同刻。駆動要塞、外部。
レイナから報告を受けたゾルマは、警戒を強めていた。
「でもさあ、ここまで来るって言っても、今日中にはたどり着けないんじゃない? 今から警戒心剥き出しなんて、疲れちゃうと思うんですケド」
自由気ままなサリエラが、真面目で堅苦しいゾルマにイチャモンをつける。
三番隊はゾルマの指示に従って周囲を警戒しているが、四番隊は暇そうに各々で休息していた。
「いや、そうでもないみたいだぞ」
「はあ? だって、まだ10分も――」
次の瞬間、空から一人の青年が駆動要塞の上に降り立った。
帯刀している剣に描かれた紋章が光り輝いている。
それは、天族の里に800年間封印されていた五つの神器の内の一つ――王家の聖剣。
「海族に魔族……揃いも揃って、みんな邪教徒の仲間入りかよ」
その場にいた者すべてが目を疑った。
バロア王国から南に向かったという報告から10分足らずで、アークは遠く離れたこの場へと赴いてみせた。
かくして中と外、駆動要塞での戦いが幕を開けた――。




