第六十三話、『歴史の言葉』
『駆動要塞』編 【5/10】
「嘘つかないで! あなたは救世主なんかじゃない!」
「救世主?」
「世界を救い、私たちの罪を許してくださる方よ!」
彼女は急に暴れ始め、拘束から逃れようとした。
「あなたも奴らの仲間なんでしょ!」
「奴ら……パンドラのことか?」
「とぼけないで! 奴らは私たち龍族が生き残っていることを知って、執拗に追い詰めてきた! だから私たちは結界の中に身を隠したのに――」
「違う!!」
怒号を上げると、彼女は怯んで抵抗の力を弱めた。
「僕は……ルナと一緒に暮らしたいだけなんだ。本当は世界なんてどうでもいい。ルナを救い出して、さっさとパンドラも《ロキ》もぶちのめして、幸せに暮らしたいだけなんだよ」
それ以外に何も望まない。
彼女は敵対心剥き出しの目を閉じ、警戒度を下げてくれた。
「分かった……とりあえず、その手を話しなさい」
僕はゆっくり彼女の拘束を解く。
掴まれたところをさすりながら、不機嫌そうに彼女は背を向けて歩き出した。
「お、おい。君!」
「ついてきなさい。歴史の言葉を見せてあげる。――それと、君じゃなくてロロア。で、あなたは?」
「ルノア。ルノア・アルカスだ」
ロロアは無言で歩き始めた。
会話も一切交わさず、森を迷いなく進んでいる。
その先には巨大な気があり、その下には大きな石碑が立っていた。
そこには古代文字がびっしりと刻まれている。
「これが歴史の言葉よ。太古の時代に、今は失われた文明が存在していたこと。その世界に終焉を齎したのは、私たちの先祖ということもね」
石碑には、ラグナロクについて事細かに記されている。
だから怖くなった。龍族の子孫が皆ルナを恐れ、そして憎んでいるのではないのかと。
「ラグナロクを起こしたのは、四代目龍神の息子。アレスは聖域を開いて、世界に終焉を齎す神を降臨させた。妹のルナ様に罪をすべて押し付けてね」
「君たち龍族は……ルナのこと、憎んでないのか」
「憎むわけないでしょ。この石碑には、そんなことどこにも書かれていないし、私たちの先祖もそう言ってた」
そう言ってくれてのが少し嬉しかった。
早くルナにこのことを伝えたい。
龍族は滅びてなかったんだって。
誰もルナのことを憎んでいないって。
「ルナ様の罪は、等しく私たちの罪。そしていつか救世主が現れて、ルナ様を救って厄災を消し去る。それでやっと、私たち一族の罪は許されるのよ。それまで私たちは、こうやって世界から隔離されたこの場所で、罰を受け続けなくてはいけない」
ロロアは遠い目をしてそう語った。
だからさっき、救世主という言葉を使ったのか。
「でも、先祖の罪を背負わないといけないなんて、そんなのはおかしいよ。それに全ての元凶は、未だにのうのうと生きている。罰を受けるべきは、アレス一人だけのはずなんだ」
「……待って。生きてるの、そいつ」
「え?」
ロロアは信じられないという様子で目を見開いた。
そうか。アレスは《ロキ》を産み落とす代償とし聖域に吸い込まれ、そのまま死んだことになっているんだ。
「いや、その――」
「隠さないで! 生きてるのね、アレスが」
「……ああ。パンドラを作って、君たち龍族を追い詰めたのもそいつだよ」
ロロアの目は憎しみに染まっていた。
3000年も龍族を苦しめ続けた敵が、今も生きてることを知らなかったのだ。
「そう。ルナ様も、アレスも生きてるのね。――良かったわ」
その笑顔を見て、身の毛がよだった。
狂笑。もはやルナの生死なんて、どうでもいいのだろう。
「私たちはずっと、ルナ様が死する時まで罰を受け続けなくちゃいけなかった。でも、罪を償う方法があったのね。アレスを殺さば、私たちは解放される」
ロロアは声を出して笑った。
しかし、そこに幸せなど微塵も感じられない。
「あなたに協力するわ、ルノア。一緒にアレスを殺しましょう」
本来、喉から手が出るほど欲しかった龍族の協力。
なのに僕は、彼女の迫力に気圧されて笑うことすら出来なかった。
〜〜~
それから物事はとんとん拍子に進んだ。
ロロアは龍族の住む村に案内してくれた。
また襲われたりすんじゃないかと思ったが、ロロアは「大丈夫よ。心配しすぎ」とどんどん先を急いだ。
村は天族の村と似た光景だった。
人数も多く、子供たちもちらほら見られた。
その全員が僕を見た瞬間、敵意を向けてきた。
しかし、ロロアが皆を説得してくれ。
まだ年齢がいっているようには見えなかったが、かなり信頼を置かれているようだ。
「……ロロアって、何歳?」
「まだピッチピチの100歳よ」
「そのスケール分かんねえわ」
「そこに待ってて。私が村長に説明してくるわ」
そう言ってロロアは僕を置いてどこかへ消えた。
急に不安になってきた。捨てられた子犬の気分だ。
「よっ、兄ちゃん! ロロアから話は聞いだぜ!」
急に大きな手のひらで背中を叩かれる。
そこには身長2メートルはありそうな大柄の男性が大仰に微笑んでいた。
ご立派な翼と尻尾をしている。
ルナは龍化しなければ人族と見た目は変わらなかったが、普通の龍族は全員龍の特徴があるようだ。
「アレスの野郎が生きてるんだってな。兄ちゃんはルナ様と共に世界を救おうとしてると」
「ルナは今はいませんが、必ず救い出します」
「ガハハハ! 兄ちゃんみたいな威勢の良い男は嫌いじゃねぇ! 安心しろ、俺らが味方になったからにはもう大丈夫だ!」
彼――トールは厚い胸板を叩いた。
「いいか。龍族ってのは特殊な鱗で肌を覆われてて、魔法や物理での攻撃はあまり通らねぇ。だが、その鱗に唯一有効なのが、同じく龍族のもつ『龍閃』って力だ。――一緒にアレスの野郎をぶちのめしてやろうぜ!」
トールと固い握手を交わす。
逞しい腕で振り回され、肩がはずれそうになった。
それに握力が強く、かなりの痛みが襲った。
「あの……トールさん?」
「やっとだ。やっと俺たちは罪から解放されるんだ。だからよ――裏切ったら許さねぇからな」
トールの双眸が憎しみに光を失った。
言葉にはならない恐怖を味わい、僕は無言で頷く。
「じゃあ、よろしく頼むぜ。俺のことはトールって呼べ。あと敬語なしだぜ」
優しく微笑みかけ、トールは去っていった。
きっと皆良い人なんだろう。
龍閃……確かに心強い強力な味方だ。
でも、なんだこの得体の知れない恐怖は。
ジンジンと痛む右手を眺めていると、村全体からどよめきが上がった。
村の人たちが不安そうに空を見上げている。
『ああ、なんてことだ。結界が――』
透明で気づかなかったが、村全体を覆っていた膜のようなものが消滅していく。
あれがこの村に辿り着けないようにしている認識阻害の魔法だろうか。
ということは、ユシィが魔法の破壊に成功したということか。
いくつもの気配が猛スピードでこっちに向かってきている。
『ルノア様! ご無事ですか!?』
姿を現したのはラーファだった。
その後ろからユシィや他の仲間も続々と到着した。
〜〜~
その後、ゾルマや他のメンバーも集まってきた。
皆一様に幻の龍族に出会って驚いていたが、ルナを知っているものは恐れている様子はなかった。
「まさか、龍族が生きてるとはの。魔族同様、別の大陸には生存しとる可能性もあったが、まさかこんな小さな村に隠れ住んどったとは」
「ええ。わたくしも驚きましたわ。ですが、ルナ様のことを思うと喜ばしいことですわね」
ラーファは嬉しそうに手を合わせた。
「それで、どうするつもりだルノア。俺たちの目的は龍族ではなく、あくまでも駆動要塞だ」
「分かってる。この村の……いや、この結界のどこかにある気がするんだ」
ゾルマが四方を警戒しながら話す。
龍族からの信頼を得ていない以上、ゾルマが警戒するのは無理もない。
ルナを知らなければ、初めて龍族を見るだろうし。
それに村人の目が怖い。
絶対、村を守る結界を破壊したからだな。
「で、ユシィ。結界は直せるか?」
「天族の時同様、『龍族のみ効果がない』という条件つきでは無理じゃ。というか、この村には魔法の概念はあるのじゃろ?」
「あの結界を張れる魔法師はもういないんだって」
でも、もしこの結界内に駆動要塞があるのから、暫くは結界のない状態でいてほしい。
『ルノアくん。だったかな?』
ユシィたちと話していると、ロロアが村長らしき人を連れてきた。
やはり龍族というのは年齢が現れにくいのか。ダンディーな髭が生えてはいるが、とても若く見える。
「ロロアから話は聞かせてもらったよ。厄災アレスが存命なんだってね。それに君はルナ様の番でもあると」
「はい」
「その決意の漲った目を信じてみよう。是非、我々も協力させて欲しい。私はこの村の現村長、シェルバーだ」
「はい。よろしくお願い――」
「でも、その前にいくつか条件がある。なに、簡単な話だ」
シェルバーは差し出した手を掴まず、重苦しい雰囲気を醸し出した。
「一つは、結界が直るまで、村の子供たちを君たちの住む天空神殿で匿うこと。それと、我々は厄災アレスとの戦いには助力するが、その他一切の事物には関与しない。いいね」
「……はい。分かってます」
今、僕は釘を刺されたのだ。
結界が直ればまたこの村に戻ってくると。
そして、仲間になったと勘違いはするなと。
あくまでも村のため。龍族のため。
僕たちのことも世界のこともどうでもいいのだ。
僕は握手のために差し出した手を、ゆっくりと戻した。
「君たちがここに来たのは、神獣様――駆動要塞と言ったかな。その調査が目的だと聞いた。ロロア、彼らを案内してあげなさい」
「分かりました、お爺様」
「もちろん。君たちが神獣様を腹に入ることは許可するが、それに伴って発生する一切の面倒事には、我々は関わらない」
含みのあるその言葉が、嫌に記憶に残った。




