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第六十二話、『龍の棲む森』

『駆動要塞』編 【4/10】

 方針が決まっても会議は続いていた。

 ラーファ苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、あることを報告してきたからだ。

 それは僕にとって、待ち望んだ吉報であり、知りたくなどなかった悲報でもあった。


「おそらく、例のアークという青年がバロア王国に滞在しています。まだ見間違いの可能性もありますが――」

「見間違いなんかじゃないわよ! ……見間違いなんかじゃないです。私はこの目で見て、確認しましたから」


 レイナが声を荒らげた。

 アークはパーティメンバーを殺害する前、天族の里を襲撃して神器である『聖剣』を奪っている。


「色が抜け落ちたような白い髪。狂気に満ちたあのおぞましい眼を、見間違えるはずがありません……。あいつは……あの男は、里を襲撃して聖剣を強奪して……あたしの兄と父を、殺したんです!」

「…………ッ」


 知らなかったわけじゃない。

 天族の里に初めて訪れた時、あまりにも男性が少ないと感じたのを覚えている。

 里を守ろうと必死に戦った戦士たちを、アークたちは無慈悲に殺したんだ。


「あの男は笑ってたんです。嬉々として殺人を行ってたんです、神に歯向かう邪教徒だって。夢にまで見ましたから……あの眼は、絶対に忘れません」


 震えるレイナに、ラーファは優しく寄り添った。

 アークは記憶を失った東和民。僕の幼馴染の誰かだ。


 パンドラとどのように関わっているのかは知らない。

 だけどあいつは、僕が決着をつけなきゃいけない気がする。


「今は二番隊が彼を見張っていますが、依然変わった様子はないようです」

「よく手を出さないでくれた。絶対に接触はせずに、監視を続行して欲しい」

「……殺したいほど憎んでます。でも、私たちは生きろって命じられていますから」


 僕が神殿騎士団を結成するに当たって定めた、誰も死んではいけないと命令。


「お願いします……ルノア様。私たちを救ってください」

「当たり前だろ。お前らの苦しみは、等しく僕の苦しみだ」



〜〜~



 そして二番隊を除く新生神殿騎士団が一堂に会した。

 魔族と海族のメンバーに困惑するものがほとんどだったが、事前に伝えていたため速やかに会議を始められた。


「今説明した通り、これからバロア大森林に眠る駆動要塞を捜索を始める。クムティカ大森林とは比べ物にならないくらい広いため、いくつかに班を分けて捜索する」


 これじゃあ騎士団というより捜索隊だな。

 班に一人は魔法を使えるものを入れて、迷った時は天高くに魔法を放つようにする。

 あとは通信の魔道具で連絡を取り合いながら創作を進めていく。



 創作開始から3時間程度で、その難易度の高さに気がついた。

 一班3〜4人で、全20近くの班を作ったが、バロア大森林があまりにも広く一向に進展は無かった。


 加えて険しい獣道と、360度変わらない景色で、コンパスが無ければ真っ直ぐには進めない。

 今、どの辺りにいるのか分からず、同じ場所をループしているような気もする。

 何より異常な湿度と気温で体力が奪われる。


 創作開始数時間で体力は底を着き、空の水筒を補給のために何度も引き返した。


「ルノア様……休憩を挟んでもよろしいでしょうか」

「ああ、無理はしないでくれ」

「ありがとうございます」


 一歩間違えたら脱水症と熱中症で死んでしまう。

 何度も死の淵に立たされ、捜索を断念するとの連絡が後を絶えなかった。

 その日一日、何の収穫も得られなかった。



 そして一週間が経過した。

 一日二日で見つかるとは思っていなかったが、これほどまでに時間がかかるとは思わなかった。

 死者はいないが、意識を失って倒れたものが何人かいた。



 更に創作開始から15日。

 バロア大森林の至る所を調べ尽くして尚、巨大な駆動要塞よ発見には至っていなかった。


 しかし、これで一つ安心したことがある。

 ゼータの次元の扉の解析が完了して三週間。

 奴らは駆動要塞の位置を掴んでいない可能性が高い。

 座標の『狂い』が直せないだけかもしれないが。


 そんなことを考えながら歩いていると、バッタリとユシィの班と出くわした。

 この広い大森林で他の班と会うのは珍しい。


「うぬと会うなんて奇遇じゃの!」

「そうだな。ってか、事前に決めた捜索範囲から外れすきだって」

「何を言っておる。捜索範囲から外れたのはうぬの方じゃろ。妾たちは真っ直ぐに進んでおったわ」

「……いや、ユシィと会うのはおかしくないか」


 僕とユシィは互いに嫌な予感を感じ取り辺りを見渡した。


「……ほう。妾をだまくらかすとは、中々に良き魔法陣を使っておるようじゃな」

「えっと、お二人ともどうなされたんですか?」

「認識阻害の魔法だよ。僕たちは知らない間に方向感覚を狂わされてたんだ」


 真っ直ぐに進んでいたつもりが、ある時を境に別の方向へと進まされていたんだ。

 天族の里に描かれていたものよりずっと強固だ。

 あの時はルナが膨大な魔力を流すことで遠くから魔法陣を焼き切ったんだっけ。


「この辺りは捜索は?」

「多分初めてだ。ユシィ、壊せるか?」

「やってみんと分からん。時間がかかるやもしれん」

「大丈夫。じゃあ頼む――え?」


 次の瞬間、ユシィたちが消えた。

 僕は大森林の中に一人置き去りにされ、他の仲間は影も形もなくなってしまった。

 さっきまで澄んでいたのに、濃い霧が視界を埋めつくした。


「……なんだ。認識阻害の魔法なのか」


 危険とは思いつつも歩き出す。

 もはやコンパスも地図も宛にならない。


 すると、遠くの方で霧に人影が浮かんだ。


「…………え」


 それは、間違いなくルナだった。

 僕は駆け出した。早く近寄って抱きしめたかった。


「来ちゃダメ!」


 鬼気迫る叫び声に、僕は足を止める。

 落ち着け。ルナがこんなところにいるはずがない。

 だってルナは、日の光の当たらない地下に幽閉されているのだから。


 僕は立ち止まり、深く深呼吸をする。

 もうルナの幻影は見えない。

 そして霧は徐々に晴れていった。


「……恐ろしいな、これは」


 ルナが立っていた場所は、断崖絶壁だった。

 あのまま進んでいれば、僕は足を踏み外して落下していただろう。

 大切な人の幻影を見せて、死へ導く。タチが悪いな。


「にしても。どこなんだよ、ここ」


 あの時近くにいた仲間が同じ目にあってないといいんだが。

 少なからず、認識阻害の魔法の中心に迫っていることは確かだ。


「……水の音」


 極限の喉の乾き。生存本能が、遠くの水源を感じ取る。

 その音を辿ると、そこには澄んだ湖と滝があった。

 僕は犬のように水を流し込み、喉を潤す。


 そこにもまた、人影があった。

 今度は幻影じゃない。

 もしかしたら仲間かもしれない。


「――誰!?」


 気配に気づいたのか、その人は振り向いた。

 僕はその光景に釘付けになった。

 彼女は水浴びをしていたようで、一糸まとわぬ姿だった。


 いや、そんなことより――彼女には、龍の角と翼、そして尻尾があった。


 滅びたはずの龍族。

 その生き残りがいるなんて。


「侵入者!?」

「待って! 話をさせてくれ!」


 彼女は軽い身のこなしで襲いかかってきた。

 その手には、さっきまでは姿形もなかった剣が握られている。


 彼女は凄まじい速度で剣先を加速させ、僕の喉元へと伸ばした。


「――――ッ!?」

「だから、話聞けって。僕は君たちの敵じゃない」


 剣を弾き飛ばし、彼女の両腕を取り押さえる。

 純粋な力じゃ勝てなくても、『虎神流』なら僕の力でも自由を奪うことはできる。

 

「……あなた何者?」


 恐怖。悔しさ。怒り。様々な感情がその目に篭っている。

 当たり前だが敵対視されている。

 にしても……裸の女の子を取り押さえるとか、どっからどう見ても変態だな。


 と思っていると、彼女の肌を白い光が纏い、瞬時に動きやすい服が生成させた。

 ルナに何度か見せてもらったことがある。

 《具象化》スキル。または物質創造スキルか。


「君……龍族だよな」

「だったら何だっていうの? 私を奴隷商に売り払おうっての?」

「いや、本当に僕は敵じゃないんだ。ただ、龍族はラグナロクで滅びたって聞いたから」

「――ッ! なんであなたがラグナロクについて知ってるの!」


 彼女はラグナロクという単語に反応した。

 一切、他種族と関わってこなかった龍族がその単語を知っているということは、3000年前の話が今も語り継がれているのか。


「それに、なんで人族のあなたがこの結界に入れたの?」

「結界……ああ、認識阻害の魔法のことか。確かに、騙されて死ぬところだったよ」

「あれを破ったの!? 龍族でもないあなたが!?」


 どうやら、龍族以外にはたらく魔法のようだ。


「……あなたから私たちと同じ気配を感じるわ。あなた、血縁に龍族でもいたの?」

「いや、そんなことはないよ。でも……妻が龍族だ」

「……そう。契約の刻印。でも信じられないわね! 龍族はもう私たちしか生き残ってないはずだけど」


 契約の刻印といえば、龍族に伝わる夫婦の証だ。

 かつてルナが僕に施した仮契約を、後に本契約にした。

 それでルナの気配が混じっていたのだ。


 ルナから聞いたことがある。

 契約の刻印を人族に施した時、その人族の身体能力や魔力量が向上し、身体が龍族へとわずかに変化した事例があると。

 僕は気にしていなかったが、少しルナは気にしていた。


「……多分、龍族はここ以外にはいないよ」

「だったら!」

「僕の愛した人は、ずっと長い間封印されていたんだ」

「ま、まさか……嘘! そんなことあるはずがない」


 彼女は目を見開いて取り乱した。

 封印、龍族。その二つの単語に反応したということは、きっと知っているのだろう。


「ルナ。僕の妻の名前だ」


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