第六十一話、『最後の四大迷宮』
『駆動要塞』 編 【3/10】
ゾルマたちを天空神殿に案内すると、出迎えてくれたソフィアにティアラが嬉しそうに抱きついた。
どうやら天空神殿に来たのは、友達の家に遊びに行く感覚だったらしい。
その後、戦士団――つまり三番隊の仲間に、これから駆動要塞があると思われるバロア王国に向かうと伝えた。
「えー! 私、一緒に行っちゃダメなの!?」
「当たり前だ。これは楽しい旅行じゃないんだ」
何故か付いてくるつもりだったティアラを、当然のようにゾルマが叱る。
「だって私がトランスしなきゃ、海神槍は使え……あ」
「やはりそのつもりだったか。いいか、二度とそんな危ないことはさせんし、戦場に付いてくることも許さん」
「むー!」
トランスというのは、人魚の魂を海神槍に取り込むことだ。
人魚からすれば、槍に変化したように感じるためそう呼ばれている。
「……ルノ。あたしもついていっちゃダメなの?」
「海底都市に付いてくるだけって約束だっただろ。それに今回で一件で、本格的にパンドラとの戦闘も視野に入れなきゃいけないんだって思い知ったんだ」
海底都市にゼータがいたあたり、すでに駆動要塞だって見つかっているかもしれない。
そして次元の扉の解析が終了した今、事は一刻を争う。
それにアークの所在だって不気味なほど掴めないまま。
最後の四大迷宮。
もはや何事もなく攻略できるだなんて思っていない。
それは全員同じ気持ちだろう。
「……うん。分かった。絶対に生きて帰ってきてよね」
「分かってる。僕の帰る場所は、ここしかないんだから」
その日の昼過ぎ、僕たちはバロア王国に向けて出発した。
目的は駆動要塞の調査、次元の扉の『狂い』の解消。
そして、聖域に接続して『神滅刀』を手にすることだ。
〜〜~
バロア王国は、南大陸の南部に位置する小国だ。
海岸から距離のある内陸国であり、周囲を巨大な森林に囲まれ、近隣国が存在しないため建国後一度たりとも戦争を経験したことのない平和な国。
そして何より、特筆すべき点と言えば――
「暑っつい……マジで死ぬ」
「世界を救おうという英雄が、暑さに音を上げてどうする」
「いや、暑いとかそういうレベルじゃないだろ。空気が殺意もって充満してやがる」
南大陸は年中気温が高いとは聞いていたが、これほどまでとは……。
高い湿度と相まって汗が止まらない。
先に向かったラーファたちが通ったであろう道を通ってはいるが、誰かが道半ばで倒れていないか心配だ。
「ホントにだらしないわね! こんなのの下に着くなんて最悪なんですケド!」
「……そういうお前らは平気なのかよ」
「私たちはあんたと違って貧弱じゃないの」
「魔大陸は、とーっても暑いのよぉ。サリエラちゃんはー、あたしたちの中でも、暑がりな方だけどぉ」
「ちょっとシャラール! あんた空気読みなさいよ!」
自慢げ胸を張るサリエラの鼻っ柱を問答無用で折るシャラール。
「もー。お姉ちゃんたちうるさい! ちょっとは静かに――」
「クシャナ! あんたは黙ってなさい!」
サリエラの弟であるクシャナが舌打ちをする。
幼そうに見えて、多分みんな僕より年上なんだろう。
『火災』のボルアドープ。
『震災』のフォーミラ。
『氷災』のミュウ。
『水災』のシャラール。
『病災』のサリエラ。
『風災』のフローセル。
『雷災』のクシャナ。
あのユシィがつけそうな二つ名だ。
全員に『災』とついてるため『七災』。
そして全員が『魔神の紋章』を刻まれ、七災魔皇に関しては固有の魔法陣が備わっているらしい。
流石ユシィの部下だ。ルナが聞いたら引くんだろうな。
とまあ、無駄口を叩けたのは最初の内で、最初に限界を迎えたのは海族の戦士たちだった。
「すまないルノア。海族は基本海の中で生活してるため、日差しには弱いんだ」
「そっかごめん、無理させてたな」
「いや、高い木々のお陰で日差しは防げてはいる。だが、乾燥が問題だ。海族は長時間、外気に晒されると体調に害がある」
「おま――それを先に言えよ!」
全員で来るのはやめた方が良かったな。
総勢50名近くいるし、引き返すのも大変だ。
「せめて雨が降ればいいのだが」
「南大陸の降水率は低いって――」
「なら降らせばいいじゃろ。シャラール!」
「はいはーい。任されましたぁー」
シャラールが名前を呼ばれて手を振った。
そして手の甲の魔法陣が水色に光り輝き、空が分厚い雲に覆われ始めた。
「豪雨!」
そして打ち付けるような大雨が降り注いだ。
一瞬で視界が悪くなり、足場がぬかるんだ。
「これで大丈夫じゃろ?」
「お前なあ!? 獣道を大雨の中進むとか更に危険だぞ! シャラール! 今すぐに雨を止ませろ!」
「えー、無理よぉ。途中で解除できる魔法じゃないしぃ」
「終わった……完全に詰んだ」
雨合羽もなければ、川が濁って綺麗な水が汲めない。
引き返すにも土砂崩れやはぐれる危険もある。
「安心せえ。小一時間あれば妾が魔法陣を描いて帰還できる」
「そっか! 良かった……って、待て。じゃあ最初から、お前が一人で行って転移魔法陣を開通すれば良くないか?」
「あ……」
「あ……じゃ、ねえよ!」
いや、そんな考えに至らなかった僕にも責任がある。
……よし。一旦帰ろ。
次の日、僕とユシィと七災魔皇の10人でバロア王国に向かい、そして転移魔法陣を繋げて全員が無事に到着した。
そして転移魔法陣を描いてくれたおかげで、大人数が宿を取らずとも行き来できるようになった。
というか、初めユシィに転移魔法陣を直してもらったとき、一晩ぶっ通しでやってもらっていた。
それですらルナが異常だと言っていたのに、本当に一時間程度でゼロから転移魔法陣を作ってしまうとは。
多分、僕が想像している何倍も何十倍もユシィは凄い奴なんだろうな。
〜〜〜
転移魔法陣を描いてもらっている間、僕はラーファたちと合流した。
そしてラーファとアップとレイナの四人で、簡易な会議を行った。
「ご無事で何よりです。ルノア様」
「はい。こちらの成果は伝えた通り、海底都市の次元の扉の封印と、パンドラ幹部一人の討伐です。狂いの原因は未だに掴めてはいません。――それと、海族の戦士団の協力を得たことと、ユシィがやっと帰ってきました」
一応、通信の魔道具でも伝えたことだが、面と向かってもう一度報告する。
しかし三人は、どこか神妙な表情を浮かべていた。
「ルノア様。わたくしに敬語を使うのはお止めくださいまし。ルノア様がそうやって敬意を払ってくださるのは嬉しいのですが、わたくしにもユクシア様のように、対等な仲間として接して欲しいのです」
ラーファは照れくさそうに言った。
思い返せば、初めて会ったのはラガスの街。あの貴族にポーカーの勝負を挑んで、勝ったあとラーファに怒られたんだ。
その時に敬語を使っていたため、それからはずっと敬語を使っていた。
確かに、敬語を使われるのは少し距離を感じてしまうものだ。
「それにわたくしから見て、ルノア様はもう年下の気弱な少年ではありませんから。寧ろ父親になられた今、わたくしよりも大人ですわよ」
「そうですね……いや。分かったよ、ラーファ」
ラーファは満足気に微笑んだ。
僕はもっと、神殿騎士団の総長としての自覚を持たないといけないのかもしれない。
「では本題に入りましょう。調査の結論からお伝えすると、おそらくこの国に駆動要塞はないですわ」
「……その根拠は?」
「ないことを証明するのは難しいですが、ないと仮定すると腑に落ちる点があります。四大迷宮調査の当初の目的である『狂い』の正体ですわ」
「…………座標か」
聖域を開くためには、次元の扉を正三角形を描くように配置し、その中央に天空神殿を浮かべる必要があった。
そして駆動要塞と天空神殿には、それぞれ位置関係を維持するために自動で座標を移動するシステムが組み込まれている。
そのため、海底都市と駆動要塞の位置を特定できた。
しかし、どこかで異常を来たし、駆動要塞が本来あるべき場所に移動できなくなった。
だから聖域は開かず、駆動要塞もこの国はない。
こんな簡単な推測すらしていなかったのは、位置関係は常に崩れないという事実を信頼しすぎていたからだ。
「なるほどな……多分、その推測で合ってる」
「では、またゼロから位置を特定しないといけないんでしょうか」
アップが心配しそうに訊く。
「いや、そうでもないんじゃないかな。ディアがこじ開けたとはいえ、僕は一度聖域の末端に触れている。多分、座標は大きくズレていないんだと思う」
バロア王国に広大な森林に囲まれている。
駆動要塞なんて巨体、今まで見つからないなんてことがあるのか。
『高い木々のお陰で日差しは防げてはいるが――』
昨日のゾルマの発言を思い出す。
「バロア大森林のどこかに、駆動要塞が眠ってるんだ」
「わたくしも同意見です。それに、面白い噂話が聞けましたことですし」
「面白い噂話?」
「バロア大森林には、クムティカ大森林同様『迷いの森』の二つ名があります」
迷いの森。思い当たるのは、やはり認識阻害の魔法だ。
「そして、『人喰い龍が棲んでいる』という都市伝説があります。その二つ名と都市伝説により、長年バロア王国の民は森林には近づかなかったそうです」
「益々怪しいじゃねえか」
「人喰い龍に関しては、移動する要塞が転じた都市伝説かもしれません。どちらにせよ、調べるべきかと」
これからの方針が決まった。
まずはバロア大森林に眠る駆動要塞を見つけ出す。
「しかし……」
「いや、今は考えないでおこう」
ラーファが不安そうな表情を浮かべる理由は分かる。
駆動要塞が見つかったところで、聖域が開けないという事実が判明するだけなのだ。




