第六十話、『誰もが安心して暮らせる場所』
『駆動要塞』編 【2/10】
行きは僕とソフィアの二人だったが、帰りは21人と賑やかになった。
とはいっても、会話と言えば僕への不満とユシィの自慢話が大半で特に中身はなかったが。
「いいか。絶対に問題は起こすなよ」
「うぬは心配性じゃの。何も心配することはない。何せ妾の可愛い部下たちじゃぞ」
「だから心配なんだけどな」
「貴様! 今、ユクシア様を侮辱したな!」
本当に賑やかだ。良い意味でも悪い意味でも。
見慣れた庭園に迎えられ、僕を先頭にユシィたちが続く。
正直、かなり緊張している。
ユシィはともかく、魔族を皆に紹介するには。
「おっ。無事に帰ってきたようだな」
と、子守りをしているレオと出会った。
神殿騎士団を除いて、ルナのことや僕たちがやろうとしていることを知っている数少ない人物の一人。
本人は一緒に戦いたいと言ったが、天族の兄的存在のレオにはこうして子供たちと一緒にいてもらう方がいいと判断した。
「ソフィアちゃんも、無事で何よりだぜ」
「う、うん。ただいま、レオ」
ソフィアが弱々しい笑みで返答する。
そう言えばレオは、海底都市に向かう少し前にソフィアに告白したらしい。
まあ、関係も薄くて玉砕覚悟だったため、返事はいいからこの気持ちを伝えたかったと、男らしく言ったらしい。
ソフィアはレオのことを嫌っているわけではないが、告白されるのなんて初めてで戸惑っている。
それにレオは熱血で一途だしな、少し苦手なタイプでもあるかもしれない。
まあ、僕が外からとやかく言うつもりは無い。
「ってか、ユクシア……さんも、帰ってたんですね」
引きつった笑みで敬語を使うレオ。
レオは唯一ユクシアにだけは謙る。
「うぬは確か……そうじゃ、思い出した! 妾を腐った悪魔と罵った青二才じゃ!」
「ユシィ! お前はなんでそういう失言をするんだ!?」
「失言したのは妾じゃなくてあやつじゃろう!」
確かにそうだけどそうじゃないんだ。
あの時、レオは里の代表となって不満をぶつけることで、他の者が暴走するのを抑制しようとしていた。
それ以降、関係は良好だったし、ユシィも特に気にしていなかったはずだ。
「へえ。腐った悪魔……ねえ。流石は空飛ぶ虫けら共だゾ。そうやって、オレたちを高いとこから一方的に見下して、いい気になってるクソ野郎共」
「あァ? なんだお前ら。もしかして……魔族か」
気性の荒いフォーミラがまず噛み付いた。
レオのやつ……ソフィアしか眼中になかったな。
最悪の構図だ。
天魔大戦以降、魔族と天族はずっと仲が悪い。
奴隷商会を潰したところで、差別が消えるわけじゃない。
六種族が互いを尊重し合う、差別のない世界を作るのは相当難しい。
それでも、この天空神殿がその夢物語を実現させる足がかりとなるようにしたい。
まずいな。魔族全体の雰囲気が重い。
こうならない為に釘を指したのに……ユシィのやつぅ。
「やめろフォーミラ。天族と魔族が抗争しておったのは、もう1000年も昔の話じゃろ」
「でも! あいつらは魔族に戦争をふっかけて、活動領域を草木の生えない荒廃した魔大陸に追いやったんだゾ!」
「は? 寝言は寝て言えよ。戦争をふっかけてきたのはお前ら魔族だろ!」
話が食い違い、レオが反論する。
確かに、天魔大戦は魔族が原因で起こったと言い伝えられている。
魔族への差別が激しいのはそのためだ。
「はあ! 意味分かんないんですケド! そっちが魔族の子供を虐殺したから戦争になったんでしょ!」
サリエラがそこに加勢する。
このままじゃ仲良くするどころか殺し合いになる。
「うぬら……一度黙れ」
しかし、ユシィの低い声がその場を支配する。
「妾がうぬらを部下にするにあたって、貸した制約はなんじゃ。言うてみろ」
「……ユシィサマの命令には従うこと。そして仲間同士で争わないことだゾ」
「そうじゃ。この天空神殿は妾の牙城! そしてまたこの場に住まう者もまた、妾が統べる王国の民、つまりは仲間じゃ」
ユシィがどこまで計算づくだったのかは分からないが、僕たちを仲間だと言ってくれたのは素直に嬉しかった。
「仲間って……奴らは魔族を沢山殺したんだゾ!」
「当時の天族などここにはおらん。それに妾に文句があるなら、今すぐにこの場から立ち去れ。帰りの魔法陣くらいは描いてやろう」
「…………分かったよ。ユシィサマ」
フォーミラが口を噤んで大人しくする。
本当にユシィにだけは従順なんだな。
それにしても、まさかユシィがそんなことを思ってくれているなんて驚きた。
「今はまだ天族に不満があってもいい。ただ一緒に暮らして、お互いのことを知り合って、分かり合えない壁なんてないことを知って欲しいんだ」
後に天族の長であるサノンとユシィに協力してもらって、魔族と天族の交流を目的とした歓迎会を開いた。
この関係がいつまで続くかは分からないが、暫くは一緒に暮らすことになるだろう。
本当はすぐにでもバロア王国に向かって、神殿騎士団と合流したいところだが、今は束の間の休息を謳歌しようと思う。
〜〜~
数日後、僕は例の無人島に設置した転移魔法陣を使い、ゾルマを迎えに行った。
海岸にはすでに数十人の海族が集まっており、ゾルマはその中心で海神槍を携えて座っていた。
「あっ! ルノアお兄ちゃんだ! やっほー!」
「元気そうで何よりだよ。って、お兄ちゃん……?」
「気にするな、ルノア。ティアラは気に入ったやつをそう呼ぶ」
ティアラが駆け寄ってきて勢いよく抱きつかれる。
その様子をやれやれとゾルマが見守る。
人魚も魚人も、水分に触れていなければ耳や首元に鱗が見られる程度で、人族と変わりない姿をしている。
「やっぱりルノアお兄ちゃんっていい匂いだな~。ほわほわって、緑と太陽の柔らかい匂いするよ」
「そうか? 天空神殿には地上と変わらないくらい自然が溢れてるから、そのためかもな」
「えっ!ホント!? 早く行きたーい!」
抱きついたままのティアラがゾルマに引き剥がされる。
本当に水晶の中に閉じ込められていた人魚とは思えないな。
「悪いな。ティアラは歳こそ人族でなら大人だが、まだ幼い子どもなんだ」
「安心しろ。子守りには慣れてる」
「えー! お兄ちゃんたちひっどーい! 私が面倒のかかる子供みたいじゃん!」
「そう言ってるんだ」
見ていてとても微笑ましい兄妹だ。
ソフィアはあまり甘えてはくれなかったからな。
「それで、後始末とやらは済んだのか?」
「ああ。祠の崩壊に関しては老人たちは良い顔をしなかったがな。それと海神槍を勝手に取り出したのも、それを尚持ち続けることにも渋い顔をされた」
「許可して貰えたのか?」
「今回のことで、老人たちは俺に恩があるからな。あとは武力行使だ」
「おいおい……」
「それと世界の終焉について話すと、この槍を俺に託すと言ってくださった。伝統だ歴史だと祠を維持し続けてきたが、老人たちもその理由を知らなかったのだろうな」
つまり、世界の終焉に立ち向かうために海神槍は受け継がれてきたと、そういった理解をされたということだ。
それが事実かはさておき、二度と人魚が50年も水晶に閉じ込められることがなくなって良かった。
海神槍は、人魚の魂を封じ込めることで真の力を発揮する。
ゾルマからすれば、二度とティアラにそんな危ないことはさせたくないだろう。
『貴方が街を救ってくれたルノア殿か』
そんなことを話していると、年老いた老人が声をかけてきた。
この人がゾルマが言うところの『老人たち』の一人なのだろうか。
「私はアトランティスの自治を行っているジズという者だよ。ゾルマから全ての話は聞いた。住民を代表して感謝を申し上げる」
ジズは膝まづいて頭を下げると、その後ろに控えていた海族たちも同様に膝をついた。
「やめてください! 僕は何もしていませんから」
いや、本当にほとんどユシィのおかげなんだよな。
「しかしてルノア殿は、世界を救うために凶悪な組織と戦っていらっしゃると聞いた。その組織の一員が、我らを氷像にかえたと。――ならば、我らの敵も同然だよ。どうか、私たちも協力させて欲しい」
強い意思の灯った目が僕を双眸を覗き込む。
ゾルマがいなければ街は滅んでいただろう。
その憤りは凄まじいものだ。
「ルノア。元より俺は手を貸すつもりだったが、戦士団全員がお前と一緒に戦いたいと言っている。魚人の戦士は一度決断したことを曲げん。諦めて俺たちに協力させろ」
「……分かった。でも、僕から一つだけ条件を出してもいいか?」
「なんだ?」
「死ぬな。戦士としての矜恃なんて知らない。自分の命を一番に守れ、危なくなったら尻尾巻いて逃げろ。――それだけだ」
その言葉に戦士団の多くは困惑した表情を浮かべた。
ゾルマと接していて、恐ろしいと感じたことがあった。
戦士としての誇りが、結果的に自らの首を絞めることになる。
――僕はこの戦いで、誰も失いたくないんだ。
こうして、二隊しか存在していなかった神殿騎士団に、ゾルマを隊長とする海族25名で構成された三番隊と、ユシィを隊長とする魔族19名で構成された四番隊が加わった。
そして三番隊含め、アトランティスが復興するまでの間、交流も兼ねて何人かの海族が天空神殿に住むことになった。
転移魔法陣で海底都市と行き来できるとは言え、常に魔法陣を起動させておくことはできない。
天空神殿には確か使われていない巨大プールがあった。
今まで掃除が大変で使っていなかったが、今回を機に塩水プールを作ってみようと思った。




