第五十七話、『海神槍トリアイナ』
『海底都市』編 【7/8】
数分前。
僕はクリスタルに囚われた人魚――ティアラに呼び止められた。
「ゾルマが……死ぬ?」
「お兄ちゃんじゃ、あいつには勝てないでしょう」
「僕が今から向かう! 絶対にゾルマを死なせない!」
「それでも、ルノアさんじゃあいつの障壁を破れません」
一部始終を見ていたのだろう。
確かに、僕じゃ突破力が足りない。
「ですから、これをお兄ちゃんに届けて欲しいんです!」
力強い声がして、クリスタルが燐光を帯びる。
すると僕たちの背後に一本の槍が錬成された。
「これは、海神槍トリアイナと言います。海神様が使用されていた世界最強の槍であり、3000年もこの祠に封印されていました」
海神。その名が指すのは、たった一人だけ。
彼もまた、世界のために身を賭した英雄である。
「この武器は意志を持ち、使用者を選定します。普通の人なら、握っただけで魔力を奪われて魔力欠損を起こすか、逆に注がれる魔力に耐えきれず意識を失います」
「ゾルマには、この武器を扱えるのか」
「お兄ちゃんは魔力に対して耐性のある特殊な体質ですから。それに――そもそも、資格があるのはお兄ちゃんだけなんです」
妙な言い回しだと思ったが、詳しく聞いている時間などない。
「だから、この槍をお兄ちゃんに届けてください!」
「ああ、分かった。……けどさ、どうやって運ぶんだ?」
「えっと……普通に持って行ってくだされば」
「触れただけで意識失うんじゃ?」
「…………ああ! ホントだ!!」
多分、凄い顔をしているんだと思う。
「一応、試してみるか」
「――やめてください!」
集中して海神槍を握りしめる。
が――強い電気が走ったように、手が弾かれる。
「拒絶反応……」
「……すごい。その程度で済むなんて」
なら仕方ない。少々強引ではあるが、地面に穴を開けて槍を落としてしまおう。
〜〜~
3階層の床の一部を破壊すると、海神槍は自重で2階層の床をも破壊して祈りの間に落下した。
「何故、海神様の槍がここに……」
「話は後だ。それを使って、一緒に戦ってくれ」
僕の攻撃じゃ、ゼータの障壁を破れない。
「馬鹿を言うな。海神槍トリアイナは海神様しか扱えん」
「お前になら扱えるんだって、妹ちゃんが言ってたぞ」
「……ティアラと話したのか!?」
「ああ。お前に死んで欲しくないんだって」
ゾルマは傷だらけの身体で立ち上がり、海神槍を持ち上げた。
僕が掴んだ時のような拒絶反応は起こらず、凄まじい重量のそれを軽々と振り回して見せた。
「凄い……力が内側から湧き上がってくるようだ」
ゾルマの瞳孔は開ききり、鋭い眼光で微笑んだ。
「ねえ、もう茶番はいいかな?」
そんな様子をただ黙って見つめていたゼータは、不機嫌そうに言葉を発した。
「所詮、お前ら人間の本質は孤独と自分可愛さな身勝手だ。そういう友情ごっこを見ていると反吐が出る」
「与えられた役目を愛と宣う、家族ごっこをしている貴様らよりかは幾分かはマシに思うがな」
ゾルマは臆することなくゼータを挑発する。
「……へえ。ここまでゼータを苛立たせたのはお前が初めてだ。お前らだけは、ゼータがこの手で殺してやる!」
胸元の魔法陣が光り輝く。
「来るぞ!」
「分かっている!」
ゾルマに警戒を促した直後、魔法の雨が降り注いだ。
同時に僕たちは走り出す。
言葉などなくとも、意思は通じていた。
第二ラウンドが始まる。
だが、そう長くは続かない。
僕が隙を作り、ゾルマが投擲技でゼータを仕留める。
「お前らごときが考えてることなんざお見通しなんだよ! 何度も同じ手が通じるか!」
もちろん、ゼータはゾルマを警戒している。
それに投擲技はモーションが大きいため、目を離しでもしない限りは防がれてしまう。
絶え間のない魔法の連撃が続く。
それも的を絞るのではなく、無作為かつ広範囲に放っているのか、地面が抉れて足場が悪くなっていく。
そして時折、死角から曲がってくる攻撃。
支配領域のせいで在らぬ方向から魔法が飛んでくる。
戦いにくい。
このままじゃ反撃に移れない。
一か八か。この作戦に賭ける。
今の僕の手のひらには、水神の刻印が再び刻まれている。
それが分かれば、ゼータは必ず消そうとしてくる。
ゾルマとアイコンタクトを交わし、反撃に移る。
「ゼータ!! 喰らえ――大洪水!!」
「いい加減、しつこいんだよ!」
額の黒い魔法陣が光り、放水した水が空中で霧散する。
水神の刻印が消された。でも、これで隙が生まれた。
既にゾルマは投擲モーションに入っている。だが――
「だから、全てお見通しだって言ってるだろ!」
地面から巨大な根が伸びてきてゾルマに絡みついた。
投擲技が事前に阻止される。
いや――ここまで全て許容範囲だ。
「ルノア!!」
ゾルマは僕の名前を叫んだ。
魔法の乱れ打ちを躱し、僕はゾルマに接近する。
焔龍剣フレイヤ。
炎龍の鱗より作られたこの剣は、一種の魔剣である。
強い魔力をフレイヤに纏わせると、途端、炎を帯びて燃え盛った。
「魔装『火喰槌』」
斬りつけた瞬間、勢いよく樹木が炎上する。
ゾルマは身体に火傷を負いつつも、縛り付けていた根は燃え尽きた。
「信じていたぞ。ルノア」
防御も取らず、抵抗しようともせず。
ゾルマは僕が根を焼き切ることを信じ、投擲モーションだけは崩さずにいた。
「魚人水槍術・奥義『凱貫穿』!」
「無駄だと言っているんだ! 重層障壁展開!」
ゼータを覆う障壁が何層にも重なっていく。
ゾルマは邪魔されて尚、一切ぶれない美しいフォームで海神槍が投擲した。
弾丸のように回転し、目にも止まらぬ速度で虚空に直線を描いて飛んでいく。
そして、何重にも張られた障壁を――一瞬ですべて貫通した。
「無駄なのは貴様の方だ。海神槍は防御不能。あらゆる盾を嘲笑うかのように貫通する」
海神槍はゼータの半身を吹き飛ばした。
そして、悠々と使用者のもとに帰還した。
これが意志を持つという伝説の武器か。
――だが、まだ戦いは終わってはなかった。
破壊された半身は、一瞬で傷一つなく再生する。
そして巨大な魔法陣が頭上に出現した。
「貴様らだけは、刺し違えてでもゼータがここで殺す!! 受けよ、究極魔法『ファンブルの冬』!!」
水色の巨大な魔法陣が、波のように冷気を放った。
壁や床が冷気に触れた瞬間、氷に覆われていく。
あれが海底都市の住民を一瞬で氷漬けにした大魔法。
祈りの間の温度が急激に下がり、白い息が登っていく。
「逃げるぞ!」
僕とゾルマは一目散に祈りの間から脱出した。
おそらく、あれがゼータの全魔力を使った奥の手。
これさえ生き延びれば勝ちなんだ。
床と壁に巨大な氷柱が形成されていく。
あの冷気に触れれば、一瞬で全身が分厚い氷で覆われる。
クソ……身体が悴んで感覚がなくなっていく。
「どうする! このままじゃ二人ともジリ貧だ!」
「いや、それどころではない。階層を隔てる壁が壊された以上、3階層までもが凍りつく」
「――ソフィア」
僕は一心不乱に階段を駆け上がり、ソフィアのいる3階層に辿り着いた。
壁や床は既に凍りつき、クリスタルに寄りかかるようにソフィアが倒れていた。
僕とソフィアは侵入者排除システムで水流に呑まれて、全身ずぶ濡れになった。
僕は戦闘で乾いたが、ソフィアの服はまだ湿ったままだった。
「ソフィア! 大丈夫か!?」
「……ル、ノ。おかしいな……見え、ないや」
「大丈夫だ。きっと助かる。僕がついている!」
僕は冷えきったソフィアの身体を抱きしめ、炎魔術を使った。
身体の震えがない。意識も朦朧としている。低体温症……このままじゃ死んでしまう。
どうする!? 脱出しようにも、今祠から出れば息ができない以上に水圧で潰される。
ゼータを倒そうにも、祈りの間には辿り着けない。
「……久しぶりだな。ティアラ」
追いついてきたゾルマが、クリスマスの中の少女を愛おしそうに見つめた。
「うん。久しぶりだね。お兄ちゃん」
「いや、お前はずっと、俺と一緒に戦ってくれていたのだろう」
「気づいてたんだね」
海神槍から光の粒が飛び出し、クリスマスの中へと吸い込まれていく。
「ルノアさんは知らなかったと思うけど、私は嘘をつきました。その槍は海神槍であっても、海神槍トリアイナではないんです。もう、トリアイナさんはいませんから」
「それって……」
「海神槍の中には、人魚の愛が篭っているんです。大昔、トリアイナさんは自らの心を武器の中に閉じ込め、大好きな人の傍で一緒に戦いました。海神槍は使用者を選定するのではなく、ただ一人の想い人にしか使えないんです」
ただ一人の想い人。
夫婦愛。家族愛。兄妹愛。
生きて欲しいと願う心が入ることで、海神槍は真価を発揮する。
だから、ゾルマにしか使う資格がないなんて言ったのだ。
「ねえ、お願い。お兄ちゃん。私は世界のためになら死んでもいい。きっと今日のために、私たちは海神槍は受け継いできたんだよ。――だから、ね。二人で終わりにしようよ」
「ああ……そうだな」
ゾルマは、心を失った海神槍を床に落とし、クリスタルの傍に近寄った。
「ルノア。勾玉を渡してくれ」
「え、ああ」
「それと、どうにかして脱出してくれ。お前は、世界を救う英雄になるのだろう」
ゾルマは勾玉の首飾りをかけ、クリスタルに額をくっつけた。
そして二人は、口を揃えて祠の崩壊を宣言した。
「「長きに渡る神話に、終止符を――」」
クリスタルが極光を放ち、青い光の線が縦横無尽に壁や床を這った。
すると地響きが起こり、クリスタルは粉々に砕け散った。
無防備に倒れてくるティアラの身体を、ゾルマはそっと抱きしめた。
「お兄ちゃんにこうして抱きしめてもらうの、久しぶりな気がする」
「40年ぶりだ」
「……やっぱり、お兄ちゃんの腕の中は温かいなぁ」
「ああ。今日は一日中お前の傍にいてやる」
ゾルマの大きな背中が氷で覆われていく。
限界だ。これ以上この場に留まれば死んでしまう。
「ゾルマ…………脱出方法はまだある」
一つだけ、可能性がある。
僕がゆっくりと身体に魔法陣を刻み込む。
本当に、練習しておいてよかった。
祠が本格的に崩壊を始め、大量の水が流れ込んでくる。
「障壁展開」
体の周りを覆う障壁。
ゼータの魔法陣を見ただけにすぎないが、しっかりと発動してくれて助かった。
辺りはすでに冷気が立ちこめ、ゾルマたちの姿は見えなくなっていた。
ゼータはどのみち祠の崩壊に巻き込まれて死ぬ。
これで次元の扉は誰にも触れられないものになった。
あとは僕たちが生きて脱出するだけ。
「うおおおおおおおおおお!!」
雄叫びを上げ、海の中に飛び込む。
直後、祠が完全に崩壊した。
空気の入った障壁のカプセルは、徐々に浮上していく。
海底都市アトランティスが、遠のいていく。
しかし、『順調』などという余裕はなかった。
魔力切れが近い。障壁の維持が難しくなってきた。
せめて、腕の中の女の子だけでも守らなければ。
「――――ッ!?」
しかし無情にも障壁は砕け、僕たちは海に放り出された。
凄まじい水圧が全身を襲う。身体が押し潰されるようだ。
――ダメだ。息が、もたない。
暗い暗い海の中。
麗しき人魚が僕に口付けをした。




