第五十六話、『囚われのマーメイド』
『海底都市』編 【6/8】
「…………ぇ?」
気がついた時、僕は意識を失っていた。
あちこちで水の音がする。
服がずぶ濡れだ。水を飲んだのか気持ち悪い。
「起きたか、ルノア」
身体を起こすと、傍でゾルマが槍を背負い、胡座をかいて座っていた。
隣ではソフィアがすやすやと眠っている。
「僕はどれくらい意識を失ってたんだ?」
「ほんの数分だ。安心しろ、奴はここにはいない」
「……そっか。僕たちは流されたんだ」
侵入者排除システム。
ゾルマが勾玉で起動させると、祈りの間に大量の水が流れ込んできて、僕とソフィアは流されてしまった。
「侵入者排除システムは、祈りの間にいるすべての者を外に推し流す祠に備わった機能だ。戦線を立て直すにはそうするのが一番だった」
「ああ、助かった」
ソフィアは気を失い、ゾルマは全身に酷い火傷を負っているが、二人とも命に別状はなさそうだ。
消えた魔法陣は描き直せる。
でも、魔道具は機能を停止したまま。
これじゃあ、どのみち地上へは戻れない。
「ところで、ゼータは?」
「おそらく祈りの間に留まっているだろうな。根を張れば耐えれるほどの水流だった」
「……まずいぞ。早くあいつをあの場から引き剥がさないと」
「何故だ?」
「あいつが次元の扉の解析に成功すれば、誰でも聖域に接続できることになる。――ラグナロクが、再び起きるんだ」
でも、祈りの間は海水で満たされてる。
今の僕じゃ、ゼータと戦えない。
「なあ、何とかしてこの祠を崩壊させられないか?」
「――ッ! 何を言うか! そんなことは決して許さん!」
「……その反応、あるんだな。祠を崩壊させる方法が」
「あるにはある。だが、俺は絶対に認めない!」
「海神の祠が海底都市の住民にとって、聖域のような場所なのは分かる。でも、このままじゃ世界が――」
「そうじゃない! 伝統や文化など俺には関係の無いことだ。……だが。海神様の祠には、妹が囚われている」
ゾルマは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「妹?」
「……祠に備わった機能は、勾玉によって発動させることができるのではない。俺はただ、頼んでいるにすぎない。実際に祠の機能を操れるのは、『核』となった者だ」
「その核ってのに、人が囚われているのか」
「ああ。馬鹿げた話だ。それから50年周期で、人魚が核として囚われてきた。妹は、今から40年前に核となった」
つまり、ゾルマの妹に課せられた契機はあと10年程度。
「核になっている間、年は重ねない。だが、意識だけは残り続けている。あと10年後には、妹と。ティアラと再会できるんだ。――しかし今、祠を崩壊させてしまえば、核であるティアラはどうなる!? 意識は永遠に取り残されるかもしれない!」
死ぬことも、老いることもなく、意識は残り続ける。
それは死よりよっぽど残酷で恐ろしいことだ。
「俺はこの30年。妹と再会できることを生きがいとしてきた。もし皆が氷像から戻らなくとも、あと少しで妹と会えるとな。もし妹が死ねば、俺に生きる理由などない」
妹。僕にも少し前まではいた。
ソフィアの寝顔を愛おしく眺め、決意する。
「……分かった。祠は崩壊させない。でも、今の僕は水の中で戦えないから、まずは侵入者排除システムを解除してくれ」
「それはできん。一度発動させれば最低一年は継続する。……だが、一つだけ解除方法がある。直接核に触れれば、祠のシステムを制御できるはずだ」
ゾルマは立ち上がり、勾玉を僕に手渡した。
「これでお前が『管理者』としての権限を持った。いいか。祈りの間があるのは1階層。俺たちが今いるのは2階層。そして核、妹がいるのが3階層だ」
「ゾルマはどうするんだ?」
「俺は先に祈りの間に行き、奴の解析の邪魔をする」
「やめろ! 危険すぎる!」
「だったら早く行け。そして俺に加勢しろ」
ゾルマは槍を携え、戦士として逞しく微笑んだ。
僕も覚悟を決め、ゾルマとグータッチを交わす。
「死ぬなよ」
「誰にものを言っている。俺は戦士団長だ。アトランティスの秩序を乱すものに屈するはずがない」
ゾルマは、水没した階段へ飛び込んで行った。
その時タイミングよくソフィアが目覚める。
「ふぇ? ルノ?」
「起きですぐのところ悪いけど、一緒に行くか?」
「なんかよく分からないけどさ。もちろん行くよ」
そして僕とソフィアも動き出す。
侵入者排除システムは有効のため心して進む。
すると矢先、足場が急に沈み、頭上から大量の針が落ちてきた。
「ルノ――って、大丈夫そうだね」
それらをあっという間に一掃する。
僕が何度、矢で狙われてきたと思ってるんだ。
「止まれ、ソフィア。多分、そこトラップだから避けて」
「え? あ、うん! なんで分かるの?」
「直感と僅かな死臭。あとはこの眼かな」
「片目が金色に光ってる……」
【神眼】――運命の流れを見る力。
少しずつだがこの眼の扱いにも慣れてきた。
集中すればあらゆる危険を予め回避することができる。
「本当に、強くなったんだね」
「ああ。もう、二度とお前を傷つけさせない」
そして僕たちは難なく3階層に辿り着いた。
勾玉で最後の扉を開けると、巨大なクリスタルが視界に飛びできた。
その中には、目も眩むほど美しい人魚。
不謹慎かもしれない。けど、クリスタルの中に囚われている姿が、とても綺麗に見えたのだ。
「ちょっと、何見蕩れてんの。ルナに叱られるよ」
ソフィアに耳を引っ張られる。
「ルノって異種族が好きだよね。ルナもだし」
「まあ、憧れだったしな。って、そんなに拗ねるなよ」
「拗ねてないし……」
むくれたソフィアが視線を逸らす。
そんな姿を横目に、僕は勾玉を手に持ってクリスタルに触れた。
「侵入者排除システムを解除する」
そう宣言すると、クリスタルが淡く光った。
特に何かのカラクリが動いた音はしないが、これで1階層の水が外に放出されたのだろう。
「よし。ソフィアはここで隠れていてくれ。僕はゾルマの加勢に行く」
「うん。絶対に戻ってきてね」
「当たり前だろ」
ソフィアを一人残し、ゾルマの元に向かおうとした直後、
『待って! ルノアさん!』
という声が、どこからか聞こえてきた。
しかし自然と、視線はクリスタルの中の人魚へと移った。
『私はティアラ。祠の核であり、ゾルマの妹です』
クリスタルの中の少女は、一切動かない。
しかし声だけは、しっかりと届いている。
『お兄ちゃんを助けてください! このままじゃ、お兄ちゃんが死んじゃう!!』
〜〜~
同刻、祈りの間。
ゼータは自らの体の一部である触手を次元の扉へと伸ばしていた。
王家の紋章の解析。それが成功すれば、パンドラの創始者――アレスが直接聖域に接続できるようになる。
わざわざ、アークなどという人間を利用する必要もない。
「これできっと、パパに褒めてもらえる」
既に地下帝国の次元の扉は解析が完了している。
王家の紋章を作り出すには、最低でも二つの次元の扉を解析する必要があった。
『憐れだな。父親の愛情欲しさに役に立とうとするのか。家族とは見返りの求めない愛情のことを指す。貴様がやってるのは、所詮は家族ごっこ。貴様はただ利用されているだけで、愛されてなどいない』
解析完了まで残り50パーセントを切った頃、入口にある男の影が浮かんだ。
「あァ? 正直に驚いたぜ。まさかお前が来るとはな。お前がゼータと戦う理由はなんだ?」
「貴様を野放しにすれば世界が滅びるらしいな。俺の使命はアトランティスの未来を守ること。よって貴様を排除する」
ゾルマは戦士の槍をゼータに向けて宣った。
逃げる気など毛頭ない。
そしてルノアの加勢を待つまでもなく、仕留める気概だった。
「まあいい。お前は先に死にたいらしいな。ゼータが本気で相手をやろう」
ゼータの触手が次元の扉から離れるのを見て、ゾルマは気を引きしめる。
「行くぞ――!」
地面を蹴って跳躍し、槍をゼータに向けて突き出す。
しかし、一枚の障壁によって軽々と防がれる。
「だから言ったでしょ。君たちはゼータに指一本触れられないって。――海中炎」
水の中で猛威を振るう青い炎を、槍で両断する。
武器に魔力を纏わせる魔力操作。
ゾルマをそれを教わることもなく取得していた。
「面倒だな。――これならどうだ。氷河期」
凍てつく冷気を浴び、ゾルマの身体が氷に包まれていく。
しかし、氷は一瞬で弾け、氷魔法は無効化される。
「やっぱり君の身体は普通じゃないんだね。さっきの炎玉といい、君は魔法に対して耐性がある。ゼータの『フィンブルの冬』を凌いだのはそのためかな!」
魔法の連撃が繰り返される。
ゾルマは避けるのではなく、すべて正面から叩き斬った。
次第にゼータは、ゾルマの動きを目で追えなくなってきた。
「動きがさっきとまるで違う――ッ!」
「何を驚いている。海中は我らの戦場。この場が海水で満たされた今、もう貴様などに遅れは取らん」
魚人の持つ《水流操作》のスキルは、文字通り自在に水流を生み出して操ることができる。
先程までの不利な空中戦ではない。
海の中なら、魚人は自由に空へ羽ばたける。
――取った。
そう確信した瞬間、ゾルマの全身に雷が迸った。
上位の雷魔法。
雷魔術などは存在しないため、現代人にとっては未知の攻撃だった。
「……な、なんだ」
「確かにお前は強い。でも、ゼータの方がずっと強い」
身体の自由が効かず、地面に伏したゾルマ。
ゼータは戦士の槍を踏み潰し、片手でゾルマの頭を目線の合う高さまで持ち上げた。
「取り消せ、パパを侮辱したことを。ゼータは愛されている。お前らとは生まれ持った価値観が違うから分からないだろうけど、ゼータたちにとって、パパが与えてくれた役目は生きがいなんだ。そして、それこそが愛なんだ!」
「……益々くだらんな。生きがいは与えられるものではなく、見つけるものだ。何度でも言ってやろう。貴様はただ利用されているだけで、愛されてなどいない」
「黙れ!!」
地面から鋭く強靭な根が飛び出し、ゾルマの熱い筋肉を突き刺した。
海水に大量の鮮血が滲み、青い世界が赤く染まっていく。
「……ん? 水位が下がってきたね。侵入者排除システムとやらが解除されたのかな?」
「遅いぞ……ルノア」
「どういう意味?」
「時間稼ぎは、もう終わりというわけだ。俺では無理だったが、必ずや英雄が貴様の身を討ち滅ぼす」
徐々に放水は進み、やがて水たまりが残る程度になった。
「そうか。じゃあ、お前から先に死ね」
触手の先が鋭利な刃物へと変わり、ゾルマに襲いかかる。
避けようのない死が眼前に迫った――その時、天井の一部が抜け、何かがゼータとの間に落下した。
「何だ!?」
ゼータの腕が切断され、ゾルマは解放される。
土埃が晴れると、そこには光り輝く三又の槍が突き刺さっていた。
「…………ッ!」
ゾルマは、その槍を知っていた。
実際に見たことはなくとも、魂がそれを覚えていた。
海神の祠に祀られている、海神が愛用していたとされる伝説の槍。
意志を持ち、使用者を選定する。それを扱えた者は、史上たった一人のみ。
「海神槍トリアイナ」
そして天井の穴から、一人の少年が降りてきた。
華麗に着地した少年は、膝を折ったゾルマに手を差し伸べる。
「やるぞ、ゾルマ。二人で、ゼータを倒す!」
そして、海底都市での戦いは終局へ至る――。




