第四十八話、『聖戦の導、反撃の刻』
『ルナ救出作戦』編 【2/4】
夢から覚め、見慣れない天井が飛び込んでくる。
どうやら医務室に運ばれたらしい。
「ルノ! 大丈夫なの!?」
心配そうな目のソフィアが視界に入ってくる。
たった二日会ってないだけで、奇跡の再会のようだ。
「僕は大丈夫だ」
「良かった……急に帰ってきたと思ったら、ルナはいないし、知らない人と一緒だし、ぶっ倒れるから、アイリちゃんパニックになってたんだよ?」
「そっか。じゃあ、後でお礼言っとくよ」
そういえば、アイリがパニクってたのはシャリティアを見てからのような気がするな。
元は天族の里の守り神的存在だったとか? 天帝ってことは、ルナと同等のレベルってことだよな。
「それより、ルナは?」
「…………」
「え? 大丈夫なんだよね!?」
「……全部話すよ。何があったか……」
ソフィアなら分かってくれるはずだ。
僕は話した。ルナがアリストリアを滅ぼした『神』で、この世界をも滅ぼす危険があるのことを。
でもそれはルナの意志なんかではなく、ルナの心に巣食う《世界を滅ぼす意志》がそうさせたのだと。
「……何それ。意味分かんない。じゃあルナは、その兄のせいで世界を滅ぼす邪神に仕立てあげられたの?」
「ああ。それで多分、そいつは今も生きていて、またルナを使って今度こそ世界を滅ぼそうとしてる」
「ふざけてる! 責任は全部ルナに押し付けて! ねえ、ルノ。絶対にルナを助けないと! これでルナが罰されるなんておかしいよ!」
「分かってる。……けど――打つ手がないんだ」
「……え? 何言ってんの?」
どうしようもない自分の無力を吐露する。
ソフィアは驚いたように目を丸くした。
「相手は3000年も世界を憎み続けた得体もしれない組織と、世界を総べる天下の世界連合だぞ。それにルナはいない。ユシィもいない。ディアも……いないんだよ。僕一人でどうしろってんだよ……ッ!」
今まで僕は、一度たりとも一人で勝ったことは無い。
誰かの力があったからこそ、生き残ってこれたのだ。
虎の威を借る狐。虎がいない今、狐は嘆くことしか出来なかった。
ベッドの上で頭を抱えて蹲る僕を見て、ソフィアは言葉を失った。
「…………ルナが、妊娠してた」
「……え?」
何故かその言葉が零れた。
「……嘘。本気で言ってるの?」
もう目を逸らさないと決めた。
ソフィアは僕に好意を抱いてくれている。
だから、嫌って貰いたかったのかもしれない。
「本当に、気づいてなかったんだ」
「……え?」
「あたしは知ってたよ。ルナが妊娠してること。だって、たまにすごく体調悪そうにしてたし、深く考え込みながらお腹さすってたから。……ルノなら、とっくに気づいてるって思ってた」
「なんで……教えてくれなかったんだ?」
「ルナに口止めされてたから。多分、ルノが色んなこと抱え込んでたから、負担にならないようにって気を使ってたんだよ」
「そんな……」
バカか僕は。ルナはずっと僕のことを想っててくれたのに、自分のことばかりでルナのことちゃんと見てなかった。
「信じらんない……あたしは、心の底から祝福しようとしてた! なのに……肝心のルノが、そんなんでどうすんのよ。もうルノは、あたしが守んなきゃいけない子どもじゃないでしょ。ルノは、夫として、父親として、ルナとその子どもを守んなきゃいけないの!」
ソフィアは苦しそうに泣いていた。
咽び泣くように、声にならない思いを必死に言語化しているようだ。
「それに、一人!? いつもそうやって自分一人でやろうとして、カッコつけんなよ! バカ!」
バカ。何度も言われたはずの言葉が、胸を抉った。
「すいません、人違いでした。あたしの好きなルノは、諦めたりなんかしないもん」
そして涙を拭い、ソフィアは部屋から出て行った。
本当にバカだ。
僕は、慰めて欲しかったのか? 嫌って欲しかったのか?
それとも諦めんなって背中を押して欲しかったのか?
それはソフィアをあんな顔にさせてまで欲しかったものか?
「カッコ悪……」
全身から力が抜けて、大の字でベッドに倒れた。
涙か視界が揺らぎ、そのまま深い眠りについた。
〜〜~
見渡す限りの水平線に、煌めく大海原。
広大な黄金の砂浜に、一本の剣が刺さっている。
その上には少女のシルエットが浮かんでいる。
「ディア!」
「そう情熱的に呼ばないでくれよ。ボクたちが会うのはこれが5回目で、そんなに深い関係じゃないでしょ」
「だ、だってお前――」
「安心しなよ。英霊には実体がない。腕輪の王家の紋章自体を破壊されない限りは消滅しないから」
「そ、そうか……」
いつも通りのディアにほっとする。
辺りを見渡すに、ここは固有結界内――つまりは夢の中だ。
「というか、お前って姿現すことできるんだな」
「まあね。キミがこの前『聖域』と接触したときに、キミ自身に二つの変化が起こったんだ。一つは魔力総量が大幅に伸びたこと。そのおかげで顕現することができたんだ」
そういえば、この固有結界で僕と会うことも魔力を消費するんだったな。
例のごとく大事な話の途中でこの世界が崩壊するのはそのためだ。
「そしてもう一つ。キミの権能である【神眼】が発現したことさ。何度かその片鱗は見られていたけど、実際に未来を視ることになったのはそれが原因だよ」
「……確か、運命の流れを見る力だっけ? じゃあ、本当にあの光景が実現するってのか?」
大勢の仲間が死んでいる、死屍累々の景色。
あんなおぞましい光景が未来だなんて、未だに信じられない。
「キミが何を視たのかは知らないけど、暗示じゃないかな?」
どちらにせよ、大勢の人が死ぬのは確かだ。
そして最後に僕の心臓を貫いたのは、その場にいなかったルナだったというわけか。
「それと、ボクはキミに謝らないといけない」
「何でだ?」
「もちろんボクは、ラグナロクも『神』の正体も知っていた。それなのに言わなかったのは、キミがルナ様を救ってくれるか分からなかったんだ。彼のように、ルナ様が世界を滅ぼすと知って豹変するかもしれなかったからね」
ゼクスの行いは人類にとって正しいことだ。
寧ろ、僕こそ世界の敵のようなもの。
僕もルナと深い関係になければ、ゼクスと同じことをしていたかもしれない。
「だからゴメン。こんなことなら、最初からキミを――」
「そういうのはやめろ。多分、こうなるのは避けられない運命だったんだと思う」
ディアが頭を下げようとしたのを止める。
こいつにしおらしい謝罪なんて似合わない。
「それに良かった。今の話から察するに――あるんだろ。ルナを殺さず、世界を救う方法が」
「いや、ないよ?」
「ないの!?」
え……ちょっと待って。詰んだ?
「確実な方法はない。けど、可能性ならある。でも本当に希望的憶測でしかないし、失敗すればキミ自身がルナ様を殺すことになる」
「聞かせてくれ。今はどんなに細い糸でも縋るしかないだろ」
ディアに会うまで、これからのことを考えることすら出来なかった。
このまま世界連合に任せて、ルナを見殺しにするのが正しいのだと思い込もうとしていた。
でも今は、逞しい仲間がいる。
ルナも救って、世界も救う。
その最善の未来を掴みとるために足掻いてやる。
「まず前提として、産み落とされた《ロキ》をこの世から消し去る方法は『神滅刀』で『器』ごと消滅させるしかない」
それが真実かはさておき、それを大前提として考える必要がある。
「そして世界は今、滅亡をかけて二つの勢力が争っている。世界連合がルナ様を保護している今、その構図は単純になった」
世界連合は聖域に接続して『神滅刀』を手にしたい。
パンドラは聖域に接続して《ロキ》を覚醒させたい。
どちらが先に達成しようと、ルナは助からない。
幸いなことに、今は次元の扉に狂いが生じていて、聖域に接続できない。
しかしこの狂いを直さない限り、ルナが《ロキ》を抑えきれなくなるのを待つしかないという最悪な展開になる。
「もう一つ。《ロキ》は聖域が生み出し、聖域によって封印されたという事実がある。――だったら、ボクたちも聖域に接続して《ロキ》をルナ様とは別の『器』に移せばいい」
「そんなことできるのか?」
「確証なんてない。だから一縷の望みなのさ。それに失敗すれば、『神滅刀』を手にしたキミがルナ様を殺さなくてはいけなくなる」
「…………」
僕はそうなった時、ルナを殺せるだろうか。
ルナなら『君にだけは殺されたくない』と泣くのだろうか。
それとも『死ぬのなら君に殺されたい』と笑うのだろうか。
僕が殺すのを躊躇えば『私は世界に滅ぼしたくない』と死を懇願するのだろうか。
それとも『このまま二人で、世界を滅ぼしちゃおっか』とでも冗談めかして微笑むのだろうか。
「その覚悟がないなら、ボクは強制しない」
「いや、殺せるよ。ルナに世界の終焉を刻ませたりしない。それに僕は、最初から失敗する時のことを考えられるほど利口じゃない」
「――キミのそういうとこ、ボクは大好きだよ!」
ディアは少年っぽくニカッと笑った。
そうだ。今はそんなことを考えてる暇はない。
「この作戦にはルナ様を取り返すことと、代わりの『器』を探すことが必要になる。おそらく『器』になれるのは、限られた存在だけだ。この時代に、そんなやつが存在しているとは思えないんだ」
「いや、新たな『器』については僕に考えがある。でも、ルナを世界連合から取り返すことは至難の業だぞ」
「気が合うね。ルナ様を取り返すことについてはボクに考えがある」
僕とディアは笑いあった。
そして『ルナ救出計画』を練った。
二人ならどんな困難も乗り越えられる気がする。
そんな時、世界がガラスのようにバラバラと崩れ始めた。
時間制限か。思ったより長く続いてくれてよかった。
「まだ話し足りないけど、ここまでみたいだな」
「あ、それなんだけど。ボクは暫くの間、キミと会えない」
「は?」
崩れゆく世界で、ディアが物寂しそうに呟いた。
日は水平線に沈み、空は茜色に染まっていく。
「流石に顕現するのは魔力が足りなくてね、ボク自身の魂の核を削ったんだ。魂の核ってのは存在そのもの。――だから回復するために、暫くは眠ることにするよ」
「……おい。何でだよ。これから二人でルナを助けようって話してたじゃねえか! お前なしで、僕一人でどうしろって」
「何を言っているんだい? ボクがいなくても大丈夫でしょ。だってキミは――」
眩い光に満たされて、ディアは最後に微笑んだ気がした。




