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第四十七話、『帰還、それから――』

『ルナ救出作戦』編 【1/4】

 連合本部での激闘から数時間後。

 《終焉を刻む者(ロキ)》の『器』であるルナは陽の光の届かぬ地下へで厳重に拘束され、連合本部を囲う谷底へと吸い込まれたルノアは未だに発見されてはいなかった。


 夕日の差し込む会議室で、一人吉報を待つゼクス。

 そこにスクルドが報告に来る。

 捜索隊の指揮は彼女が任命された。


「報告します。ルノア・アルカスの遺体はまだ見つかっておらず、今日は捜索を切り上げるそうです」

「遺体……か。彼は死んだのだろうか?」

「個人的な意見を申し上げますと、これだけ探して見つからないのであれば、移動している可能性が高いと思います。それに……いえ、なんでもありません」

「何でもいい。言いたまえ」

「……彼は悪運が強いように思えます。ルノアくんが死ぬとは、正直考えられません」


 スクルドはそう断言する。

 情を廃し、理に徹する。

 そんな彼女らしくもない発言だ。


「ほう。君がそこまで言うとはな。彼に入れ込んでいるのか」

「それはゼクス様の方ではありませんか?」

「どういう意味かね?」

「『器』と『天空神殿』を手中にすることが目的なら、もっと悪辣で確実な手段があったはずです。わざわざ二人に真実を伝える必要はなかったかと」

「我々は正義の世界連合だぞ。あくまで平和裏な交渉を目指して何が悪い?」

「貴方様が正義のために理想など有り得ませんよ」

「言うじゃないか」

「お喋りな部下がお嫌いであれば、口を噤みます」

「いや、いい。私はお喋りだからね」


 ゼクスは柔らかく微笑む。

 基本他人は信頼せず、真に信頼した者だけを傍に置く。

 それが彼のやり方だ。

 ましてや世界を滅ぼす危険のある女と、その女と行動を共にする男をわざわざ会議室に通す必要も無い。


「……そうだな。見てみたかったのかもしれない。彼が紡いでいく未来という名の物語をね」


 日が沈み、赤く染まる世界を眺めて黄昏れる。

 ゼクスは期待したのかもしれない。

 ルノアという男が世界を変える希望になるのではないかと。


「あともう一つ。別の報告があります」

「何だ?」

「ノウム王国の一件で投獄していた。例の『鬼』ですが、今朝脱獄したと今しがた報告がありました」

「はあ……この大変な時に。やはり島一つ丸ごと監獄にでもしないといけないな」


 ゼクスは冗談めかして笑うが、この人ならやりかねないとスクルドは苦笑いを零した。



〜〜~



 目が覚めると、川のせせらぎが心地よく鼓膜を震わせた。

 すでにあたりは暗く、深い森に囲われている。

 そして僕は裸で、ブランケットにくるまっていた。


 近くで焚き火がパチパチと風情良く燃えている。

 誰かが川に流されていた僕を助けてくれたのだろう。


「……え? なんで……」


 はだけたブランケットを直そうとして、そこに切り落とされたはずの左手が存在していることに気づいた。


「……夢か?」

『夢なんかじゃないわよ』


 鋭い指摘が飛んできて、声の主を探す。

 すると細い枝の上に、金髪の女性が立っていた。

 長い耳と、純白の翼をもつ『天族』だ。


「――――ッ!?」


 その姿を見て、僕は恐怖して逃げ出した。

 だって彼女は、あの会議室にいたのだ。

 最後まで興味なさそうに座っていた。


「逃げる必要は無いわ。アタシはあんたの味方よ」


 逃げ出した直後、目の前に彼女が立ち塞がった。

 こうして対峙すると、比べ物にならないほどの実力差があることが分かる。


「……味方? あなたは四聖神の一人なんですよね?」

「ああ、自己紹介がまだだったわね。アタシの名前はシャリティア=グラディウス。西方統括軍大将『白虎』よ」


 シャリティアは、豊満な胸に手を当てて得意げに名乗った。

 この人の笑顔は温かい。何故かそう感じた。


「それとさっきの質問だけど、アタシはあんたの味方よ。でも勿論、世界連合の味方でもあるわ」

「……僕を、捕まえに来たんじゃないんですか?」

「アタシは何も命じられてない。だからあんたを捕まえる義務もないわ。それに捕まえるなら、腕輪くらい没収するわよ」


 服は剥がれているが、王家の腕輪も魔力制御の指輪も取られてはいない。


「……あと、下、お粗末なものが見えてるわよ」

「へ? ……あ」


 少し照れながらシャリティアは視線を逸らす。

 チラ見している視線を辿ると、僕の丸出しの下半身があった。


「きやあああああ!!」

「男なんだから見られたくらいで叫ぶんじゃないわよ!」


 とりあけず悲鳴を上げる。

 そして遠くで広がっていたブランケットを引き寄せた。

 もうお嫁に行けない……。



〜〜~



 その後、乾かしてもらった服を纏い、二人で火を囲った。

 とりあえずは信用してみようと思う。

 どのみちシャリティアから逃げるなんて無理だ。


「……それで、本当に僕を捕らえる気はないんですか?」

「しつこいわね。捕まえたりしないわよ」


 切り株の上で美脚を組ませるシャリティア。

 頬杖をついて、ため息を零す姿は絵になる。


 しかし……改めてシャリティアを見ると、その姿は異形だと分かる。


 長い耳は、エルフ種の特徴。

 純白の翼は、天翼種の特徴。

 宝石のような双眸は、精霊種の特徴。


 僕はそこそこ天族に詳しいと思っているが、その三つの特徴を併せ持つ種族なんて聞いたことも無い。


 それに翼は六枚。

 まるで女神様のようだ。


「女神なんかじゃないわ。アタシはただのエルフ種よ」

「……へ?」

「まあ、見ての通り特異種ではあるけどね。大昔は『女神種』なんて神格化されてたけど、異形だって迫害するやつもいたわね」


 大昔か……。龍族と天族は特に長命で、見てくれから年齢を推測するのは難しい。

 もしかしたら、かなり長く生きているのかもしれない。


「なんで、僕を助けたんですか?」

「さあね。ただの気まぐれよ。久しぶりに同胞に会いたかったの。それに、あの子の覚悟に胸を打たれたのよ」


 遠い目をしてシャリティアは焚き火の炎を見つめた。

 ある意味、もはや地上の天族は彼女一人しかいない。


「あの子――ルナは、現実を受け止めて一人で死ぬ気よ。人として、母親として死ぬことを選んだ」

「…………」

「あんたみたいな子供でも父親になるんだって、理解してなかったのかしら」

「……理解はしてたつもりでした。ただ、覚悟なんてできていなかった」

「責める気はないわ。いつの時代も男は責任を取ることしかできないんだから」


 その言葉は彼女なりの励ましだったのだろうか、皮肉だったのだろうか。

 ルナはずっと母親になる覚悟はできていた。

 それなのに僕は……。これじゃあ、父さんにぶん殴られるな。


「で、あんたはこれからどうするわけ?」

「……一度、天空神殿に戻ろうと思います」

「それからは?」

「それ、からは……」


 それから、僕はどうすればいいのだろうか。

 ルナを助け出したところで、未来はない。

 彼女をこのまま『神』にするくらいなら――。


 答えが出なくて沈黙すると、シャリティアは「まあいいわ」と話を切り上げた。


「朝になったら出発するわよ」

「え!? 天空神殿までついてくる気ですか!?」

「悪い? 別にスパイなんかじゃないわよ」


 とは言っても、シャリティアは四聖神。

 何か裏があるのかもしれない。


 例えば、位置情報を発信する魔道具を身につけているかもしれない。

 天空神殿に入れた途端、豹変するかもしれない。

 またアークのときのように騙されるかもしれない。


「まあ、そう簡単に信じられないのは分かるけど――」

「分かりました。シャリティアさんを信じます」


 もう……疑うばかりは疲れたのだ。



〜〜~



 凱旋は一瞬だった。

 シャリティアは地理に詳しく、僕を掴んだまま飛行することもできた。

 転移魔方陣まであっという間に辿り着き、起動させるために右手で地面に触れる。


 腕輪を盗られなかったのが不幸中の幸いだ。


「何を躊躇っているのよ?」

「……僕、どんな顔して皆に会えばいいんでしょうか。ルナを奪われて、のうのうと帰ってくるなんて」

「あんたの仲間ってのは、それであんたを叱責するほど野蛮な奴らなのかしら?」

「いえ、優しく出迎えてくれますよ。だから、辛いんです」


 青白い燐光が二人を包み込み、天空神殿へと転移した。


「――――」


 僕がどんな顔してようと、何があったかなんて知らない庭園が出迎えてくれる。

 本当に帰ってきたんだ。


「あれ? もうお戻りになられたんですね。――って、また別の女性を……ふしだらにも程がありますよ」


 最初に僕を見つけたのは、洗濯カゴをもったアイリだった。

 僕の隣の見知らぬ女性を見て、何を思ったのかため息をついた。


「というか、ルナさんは? 一人じゃ、森で迷っちゃうんじゃ……」


 ルナは認識阻害の領域を突破することはできない。

 だからこれで、ゼクスがここに辿り着くことはない。


 アイリはそして、シャリティアを凝視した。

 同じ天族なら、何か知っていてもおかしくはない。


「……て。て、ててててて――『天帝様』!?」


 アイリは洗濯カゴを落とし、目を丸くした。

 天帝。そうシャリティアが呼ばれたのを最後に、僕は意識を失った。


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