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第四十四話、『最高主宰ゼクス』

『世界連合』編 【2/4】

 今から約160年前。

 まだ五大陸が『人界』と呼ばれていなかった頃。

 人々は世界を知り、領土を巡って争い始めた。


 何が引き金になったのかも、正確にいつ始まったのかも分からない。

 ただ気づいたときには、五大陸は戦火に呑まれていた。



 当時、複数あった国々の中でも特に力を持った三国があった。


 アレステア魔導王国。

 イデアル連合帝国。

 ウィンリス神聖国。


 『国家三列強』として恐れられた三つの国々は、ある日突然、戦争を止めて同盟を結んだ。


 これが世界連合はじまりの三国である。


 その後、様々な国がこの同盟に加わり、人界大戦は幕を閉じた。


 そして、仲介人として国家三列強の同盟を取り持ち、たった10年で人界大戦を終結に導いた立役者。

 名だたる国家や組織のトップが一目置き、誰もが彼の前では謙る、正真正銘の人界の王。


「あ……は、はい! ル、ルルルノアと、申す所存でございます!」


 そんな人物に出会って、炎龍と対峙した時以上に緊張してしまう。

 緊張の理由はもう一つ。

 不敵な笑みを浮かべるゼクスとは対照的に、他の三人は嫌悪に似た視線をこちらに注いでいたからだ。


「落ち着きたまえ。そんなに謙る必要は無い。それに突然に呼び出したのはこちらだ。その非礼は詫びよう」

「い、いえ! 滅相もありません!」


 ゼクスに軽く頭を下げられたことで慌てる。

 そんな僕を横目で見て、ルナはため息をついた。


「しかし、私は多忙な身でね。下らない四方山話に花を咲かせている時間はないんだ。だから単刀直入に聞こう。――君は、どこまでアリストリアについて理解している?」


 開口一番。予想はしていたが、実際にその単語を他人の口から出ると身体が強ばる。

 やはり、この人はアリストリアの存在を認知していて、僕とルナがそれに関わっていることを知っている。


 相手は世界のトップだ。答えない訳にはいかない。

 でも何故か、ゼクスを完全に信用はいけないと直感が告げている。

 話すべきなのか、天空神殿のこと、ルナのことを。


「……えっと」

「先に忠告しておこう。私に嘘やはったりは通じない。それに文字と違って一度口にした言葉は消えない。慎重に言葉を選びたまえ」


 全てを見透かすような黒色の瞳に僕が映る。

 僕は小さく深呼吸をして、喉から飛び出そうな心臓を抑えた。


「……その前に、なぜ僕達を呼び出したかだけでも教えてくれませんか? 僕はまだあなたのことを信用していません」

「ほお。いいだろう。君の勇気に免じて、その提案を呑もう。それに口が堅いのは美徳だ」


 寛大な措置に、ひとまず胸を撫で下ろす。

 僕にとっては信用ならない相手ではあるが、決して悪人では無いのは確かだろう。


「私はある理由で、君たちをスクルドに尾行させていた。そして地下帝国が崩落したとき、救出された君に位置情報を発する魔術的な細工を施したんだ。すると君の位置情報はクムティカ大森林で途絶え、ある地点に一瞬で移動した」


 ゼクスは人差し指を上に向ける。


「空だ。それで君たちが天空神殿を所有していることを知った。勿論、迷いの森という異名通り、転移魔法陣にはどうしても辿り着けなかったがね」

「……まさか、今もその位置情報って」

「安心したまえ。何者かに妨害されて以降機能しなくなったよ。認識阻害の領域魔法と言い、余程優秀な魔法師がいるようだ」


 優秀な魔法師? 

 あ……ユシィのやつ、いやナイスだけど!

 そんなこと一言も言ってくれなかったじゃねえか!


 にしても、地下帝国にしろ転移魔法陣にしろ、この人に四大迷宮や魔法の知識があるのは間違いないだろう。


「――さて。次は君が答える番だ」


 鋭い眼光がこちらを向く。

 今の話、全てを包み隠さず話したようで、大切なことは何も語られていない。

 しかしこの流れで答えない訳にはいかない。

 少なくとも天空神殿に住んでいることは筒抜けなようだし、隠しても仕方がない。


「僕が知ってるのは、アリストリア文明が実際に存在し、滅びたことくらいです。滅んだ――いえ、ラグナロクの原因である『神』が何かは分かりません」


 ゼクスは不服そうに目を細め、今度は鋭い眼光をルナに向けた。


「それで、彼女は?」

「……えっと、ルナは」

「いいよ。自分で話すから」


 どう説明しようかと目配せすると、ルナがそう言って前に出た。


「私はアリストリアで生まれ育ち、3000年もの間、ある迷宮に封印されていました。そんな私の封印を解いてくれたのがルノアで、それ以降は行動を共にしています」

「ほう。なら、君はアリストリアが滅んだ理由を知ってるのか?」

「いえ……私が封印されたのは、おそらくラグナロクが起こる前でしたので。それに封印前後の記憶が曖昧で、はっきりとは覚えていません」


 それから幾つかルナへの詰問がいくつか続いた。

 予感はしていたが、僕はおまけで、目的はルナの方か。


「……そうか。君たちが嘘をついていないのは分かった。――そして、君たちがどうしようもなく無知であることもな」


 一通り質疑応答を終えると、ゼクスは呆れたようにため息をついて背もたれに体重を乗せた。


「私がこの世でもっとも嫌いなことは『無知であること』だ。人は知らないから恐れ、迫害し、争い合う。無知が故、無能が故にだ。過ちを犯したとき、知らなかったでまかり通っていいはずがない。――己が無知であることを知ろうともせず、無知に甘んじることは等しく悪だ」


 ゼクスが遠い目をしながら、そんな持論を展開した。

 彼の言うことは正しいのかもしれない。だけど、


「……何が言いたいんですか。僕たちは知ろうとしていました」

「違うな。君は本当は見えてるのに、見えてないふりをしてるんだ。信じなくたいもの、その根拠を見ないふりをしている。――世界はそんな奴らのことを『愚者』と呼ぶんだ」


 まるで僕が、真実を見ようとしていないような口ぶり。

 そういえば、ディアも似たようなことを言っていたな。


 ――キミはすでに、答えに辿り着くためのピースを揃えているはずだよ。

 

 でも、最後の1ピースが見つからなかった。

 デルタの言っていた『パンドラの箱』の正体が、分からないままだった。


「私は全てを知っている。アリストリアのことも。ラグナロクのことも。『神』のこともな」

「……ッ。それ、どういうことですか」

「どういうことも何も、私にはアルカディア王の記憶がある。ただそれだけのことだ」


 あまりにもサラッと言うもので、一瞬反応に遅れる。

 そんな僕の疑問符なんて置き去りにして、ゼクスはさらに話を進める。


「私が生まれたのは今から120年前、人界大戦の真っ只中だ。私は生まれつき自らが異端であることを自覚していたし、【伝承】によって滅んだ世界と滅びゆく世界を知った。だから私はそれに抗うために人界大戦を終結させて世界連合を組織したんだ」


 確かに、ゼクスがいなければ人界大戦は今も続いていたかもしれない。


「初代アルカディア王は、少年の頃に聖域と接続して神の代行者としての権能を賜った」

「……アリストリア創世記、ですか」

「ああ。しかし真実だよ。アルカディア王は莫大な魔力量と魔法知識を有し、『権能』と呼ばれる特異な能力を授かった。――その内の一つ【伝承】は、アルカディア王の死後、記憶が意志を継ぐ者に継承されるというものだ。そして同じく彼の王が得た権能は、素質のあるアルカディアの一族へと受け継がれた」


 その権能の力で、ゼクスはアリストリアの存在を知った。

 ゼクスが青年の姿のまま120年も生きているのも、アルカディア王が得た【不老不死】という権能を得たからなのかもしれない。


「ちょっと待ってください! アルカディアの一族って!」

「そうだ。東和民のことだ。――私の本名はゼクス・アルカス。君は、私の兄の曾孫にあたる人物だ」


 髪の色なんて宛にならない。

 寧ろ、変えようとするのは当然のことだ。

 東和民であることがバレれば、世界連合を組織する上での弊害となっただろう。


「だったら何で……村を救ってくれなかったんですか! あなたのように力を持ってるなら、炎龍だって退けれたはずです!」

「それに関しては申し訳ないと思っている。奴らが東和民を滅ぼそうとする可能性はないと考えていたからな。だから『東和の亡霊』の噂を聞いた当初は、君を保護するつもりだった」


 東和の亡霊。アークが流した悪評が、裏でゼクスと僕を巡り合わせた。

 そのときにルナが僕と一緒にいることを知ったのか。

 アルカディア王の記憶がどれほど継承されているのかは分からないが、側近である十二騎士くらいは分かったでろう。


「驚いたよ。君がまさか、彼女の封印を解いているとはね。その日から運命は大きく動き始めた。終焉へのカウントダウンが始まってしまった」

「……それってどういうことですか? ラグナロクって一体――」

「まだ分からないのか。それとも分からないふりを続けているのかね」


 苛立つように、ゼクスは僕を睨みつける。

 冷や汗が止まらない。息が苦しくて、胸が張り裂けそうだ。


「聖域のシステムはある者によって悪用され、その結果『神』は産み落とされた。そして、アルカディア王と五人の神の名を冠する騎士の命と引き換えに封印された」

「……封印? 討伐じゃ、ないんですか」


 ゼクスは僕を指さした。

 否――僕の背中に隠れる、ルナを。


「アリストリアを滅ぼした終焉の神――それは彼女のことだ」


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