第四十三話、『終わりの始まり』
『世界連合』編 【1/4】
そこには――地獄が広がっていた。
世界は色を失い、モノクロの荒野が果てしなく続いている。
建物は倒壊し、草木は枯れ、どす黒い曇天が渦をまいている。
そこに、無数の遺体が転がっている。
ラーファ、ノノ、アイリ、サノン、レイナ、アップ――子供たちも、みんなみんな死んでいる。
「……誰か、誰か生存者はいないのか」
死屍累々、死の連なった道を一人歩く。
断腸の思いで色を――生存者を探した。
足通りは重く、吐き気が治まらない。
咽び泣きそうになる。発狂しそうになる。
ここはどこだ。なんでこんなことに――。
「あ……ああ。ああああああああぁぁぁ!!!」
そしてついに泣き崩れた。
ソフィアの遺体、その隣には懐かしいユシィの姿もある。
「……そうだ。ルナだ。ルナは……どこにいる?」
砂嵐のように視界が歪み始め、凄まじい悪寒に背筋が凍る。
背後に何かがいる。
恐る恐る振り返ろうとすると、背中から入ってきた巨大な刃が腹を引き裂いた。
血の塊を吐き出し、全身が崩れ落ちる。
何だこれ……一体、何がどうなってるんだよ。
『大丈夫。キミなら変えられる。この未来を――』
直後、首が切断されて視界が暗転した。
「……はあ、はあ……ウッ!」
夢から帰還した僕は、吐き気を催して洗面台へと走った。
呼吸も荒く、全身が汗だくで気持ちが悪い。
鏡に映っていた僕は酷く窶れていて、その左目が――金色に輝いていた。
「……どうしたの? すごく魘されてたみたいだけど」
ベッドの上で、ルナが心配そうに僕を見つめる。
僕は呼吸を整え、額の汗を拭うと、笑顔を作った。
「大丈夫。とても怖い夢を見ただけだから」
今の見た夢が、この世界の辿る未来なのだとしたら、そんな運命は必ず僕が変えてみせる。
〜〜~
雨季も終わり、暫くが経過した。
穏やかな日々はまるで嵐の前の静けさだと言わんばかりに、唐突にその時は訪れた。
ノウム王国の一件から二ヶ月以上経って初めて、スクルドに渡されていた通信用の魔道具が反応した。
『約束を果たしてもらう時です。銀髪の彼女――ルナさんと二人で、世界連合の本部まで来てください』
そういえばそんな話もあったな、と思い出す。
にしてもなんでルナまで……それに僕が呼び出される理由も全く分からない。
「いや、ちょっと待ってください。流石に唐突過ぎるんじゃないですか? 中央大陸に渡るのだっていつになるか……。それになんでまたルナまで――」
『三日後に本部でお待ちしています。もし約束を反故にされた場合、こちらにも考えがあります』
ここから馬を酷使したとしても、カルト港まで最低でも7日はかかる。
僕たちが転移魔法陣を持ってなければ不可能な距離だ。
嫌な予感がする……何とか期限を伸ばしたほうがいい。
「考えがあるって……それでも不可能ですよ!」
『では、フィーネさんの身の安全は保証できませんね』
「――ッ! なんでそこでフィーネの名前が出るんだよ!」
『ノウム王国では現在も尚、旧時代の既得権益者は処刑にすべきだという考えが一定数あります。そんな民からフィーネさんを保護しているのは、我々はなのですよ』
まさか……最初からそのつもりで僕たちを自由にしたのか。
フィーネという人質を使えば、どのみち命令に従うことしかできないと。
あの天下の世界連合が、人質を取って脅しをかけている。
只事じゃない。一体何が目的なんだ?
「……ッ。分かりました……三日後にルナと一緒に伺います」
『最初からそう言えばいいのですよ。指示に従ってくれさえすれば、こちらも悪辣な手段をとる必要もありませんから』
そう言って通信は途絶え、二度とかかってくることはなかった。
僕はどうするべきなのだろうか。
フィーネはソフィアの血縁でもあるし、見捨てることなんてできない。
だけど何故か、このままルナを連れて行ってはいけないという嫌な予感がする。
「――ルノア? どうしたの、そんな顔して」
「ルナ……。世界連合から連絡があった。三日後、ルナと一緒に本部まで来いってさ」
「三日後!? そんなのって――」
流石のルナもその理不尽な要求に驚きを見せたが、すぐに冷静さを取り戻し、何かを悟ったような寂しい目をした。
「ううん。じゃあ、一緒に行こっか」
その笑顔は、何度か見たことがあった。
ルナは寂しい時、苦しい時、助けて欲しい時、本当に言いたいことを我慢する癖がある。
そうと分かっていたはずなのに、僕は何もしなかった。
〜〜~
次の日、僕とルナは転移魔法陣を使って中央大陸に向かった。
すでにラーファたち『牙』のメンバーが使っているので、難なく森を脱することができた。
中央大陸は五大陸の中で最も面積が小さく、世界連合本部が設置されているためか治安も比較的に良い。
僕たちは適当な街で1泊すると、指定された日時より余裕を持って目的地にたどり着いた。
中央大陸のどの国の領土でもない不可侵の領域に、世界連合の本部は設置されている。
さらに周囲は深い崖に囲まれているという、難攻不落であるべき連合本部に相応しい立地だ。
その連合本部へと続く一本の街道を、馬車に揺られながら進む。
話は通っているのか、僕たちを見るなりすんなり崖を超えるための一本橋まで案内してくれた。
架け橋の向こうには、人類の叡智を結集して建てられた、世界最大級の建造物が屹立している。
今日まで色んな場所を旅してきたが、ここまで壮観な景色は初めてだ。
教会のような神秘さや清廉さもあり、要塞のような厳格さ圧迫感もある。
城壁には加盟国の国旗が立ち並んでいて、人界の平和と友好を象徴している。
世界連合。
35年前に設立された、人界に百近くある国家の中で、現在70以上が加盟している世界的機関だ。
設立目的は『人界の統一』と『人界の平和』。
まさか、生きてるうちにそんな世界的組織の本部にお邪魔する機会があるとは。
「はえー。これはすごいな」
「うん。もしかしたら、科学技術はアリストリアを上回ってるかも」
橋の下の奈落を覗き込んで感嘆する。
川が流れているが落ちたらひとたまりもないだろう。
遠くの門番が僕たちを見て、慌てた様子で報告に向かった。
「話が早くて助かるけど、そんなに警戒されるようなことしたか?」
その後は、案内役の人に別室に連れていかれて、厳重な身体チェックを受けた。
呼びつけておいてあまりにも無礼だとも思ったが、良く考えれば、ここでテロでも起きようものなら世界情勢に関わるのだ。
ラーファから授かっていた黒刀はゼノンによって破壊されたので、今日は魔物と出会したときの用の安物の剣しか持ってきてはいなかった。
装備類を預け、僕とルナは奥へと進むことを許される。
丁重……というか、慎重に扱われている気がする。
と、そこで見知った人物が見えた。
海色の髪に、魔術師のローブ、鱗のついた耳。
東方統括軍大将『青龍』――スクルド=ノクティウス。
「約束を守っていただけて良かったです」
「そりゃ、フィーネを人質に取られましたから」
「安心してください。危害を加えるつもりはありませんよ」
顔色ひとつ変えず、飄々とスクルドは話す。
そして館内を案内し始めた。
その手には魔術師の杖が握られている。
「……僕たちが呼ばれたのって、やっぱりアリストリアに関することですか?」
単刀直入に聞くと、ルナが心配そうに視線を向けてきた。
流石にルナは気づいていたか。
僕たちが天下の世界連合に呼び出しを食らうなんて、他の理由が見つからない。
「さあ。私からは何も」
「その左手の甲の魔法陣。『海神の紋章』ですよね。もしかしてスクルドさんもアリストリアのこと何か――」
「私は何も知りません。知っているのはゼクス様です」
聞き覚えのない名前が飛び出し、スクルドはある扉の前で足を止めた。
一切の汚れのない純白の扉で、金の装飾が施されている重々しい扉だ。
「皆さんはすでにお待ちです。ここからは決して無礼のないように。君がこれから面会するのは、世界連合の『最高主宰』様ですから」
その単語に全身に悪寒が走った。
最高主宰――百年以上続いた人界大戦を終結させ、世界連合を組織して、人界の平和と統一を成し遂げた英傑。
推定年齢は80歳でありながら、今も現役で『四聖神』と統括軍を纏めあげる生ける伝説。
ゆっくりと開扉するにつれ、緊張で胃酸が逆流する。
張り詰めた空気が流れ込み、全身の筋肉が硬直した。
何でこんなことにと、今更後悔する。
そこには、僕たちを除き四人が着席していた。
おそらくその内の三人は、スクルドと同じ『四聖神』だ。
そして大理石の長机、その奥に僕と同い年くらいに見える灰色の髪をした青年がいた。
全てを見透かしたような不敵な笑みを浮かべて――。
「初めましてだな。ルノア・アルカス君。そしてルナ君。私の名はゼクス――世界連合の最高主宰だ」




