第三十六話、『幕引き』
『再会』編 【7/8】
天井が崩れ、瓦礫が降ってくる。
土埃にステンドグラスの奇怪な光が乱反射し、神秘的な光景が広がっている。
「驚いたぜ。まさか直前に足場を崩壊させるとはな」
難無く着地したゼオンが僕と対峙する。
あの一瞬、僕はどうすれば生き残れるかが見えた。
死を回避するための運命の流れが。
「にッしても――」
首をキョロキョロと回してほくそ笑むゼオン。
教会の中は噎せ返るような血の匂いが充満していて、先程まで婚姻の儀に出席していたものが、無残に殺されて遺体となって転がっている。
「これはテメェが仕組んだことかァ?」
「……僕は何も。ソフィアを救出したあとは勝手に――」
いや、言い訳はやめよう。
僕はこの結末を知っていた。
革命が起こることを知っていて、止めなかった。
「テメェも知ってるだろ。この王宮にはどっかの超国家のお偉いさんが来てたんだ。戦争になるぜェ! 俺様がいれば最悪の自体だけは避けられたが、テメェがお嬢様を攫ったことで、その最悪が起こっちまった! 全部テメェのせいだ! テメェのせいでこの国は終焉を迎える!」
ゼオンが嬉々として責任を突きつける。
まずは精神から揺さぶろうとしているのだろうか。
確かにルナがいなければ、僕はとっくに折れていた。
この罪の重さに耐えきれに精神が崩壊していただろう。
「まァ。どうでもいいことだがなァ。寧ろ感謝したいくれェだ」
「……どういうことだ?」
「俺様はなァ。この国が大嫌いなんだよ! 父さんと母さんを虐殺したこの国がなァ!」
国軍は鬼によって返り討ちにあったと聞いている。
もしかすると、それも捏造された歴史で、本当は虐殺は行われていたのかもしれない。
「だったらもういいだろ。僕たちを見逃せ」
「あァ? 嫌に決まってんだろ? ここまで俺様を楽しませといて、白けること言うなんてツレねェじゃねェか」
どうやらゼオンの熱は冷めていないらしい。
もはやこの戦いに意味なんてない。
こいつを倒そうと、内戦は終わらない。
「知ってるか? 『鬼』って種族はなァ、魔術が使えねェ代わりに、一つの特殊な異能力を授かるんだぜ」
ゼオンの大太刀が暗い赤に発光する。
その周りだけ熱で空間が歪んで見える。
「……パイロキネシス、ってところか」
「そうだ。俺様は触れた物体の温度を上げれる。だがッ、大抵物体は温度を上げすぎれば燃えちまう。――だから、思ったんだよ。燃えない物質を使えば、何でもぶった斬れるヤベェ剣の完成だってな!」
ゼオンが大太刀を振るうと、床に敷かれていたカーペットが発火した。
わざわざ手の内を明かすあたり、奇襲で勝つつもりはないらしい。
僕は再び覚悟を決め、『虎神流』の構えをとる。
「精々、俺様を楽しませてくれよ!!」
瓦礫の山を諸共せず、ゼオンが全身全霊で肉薄する。
だが、遅れをとったさっきとは異なり、動きが目で追える。
普段の稽古では味わえない『死』を眼前にして、自分自身が急激に成長しているのが分かる。
「――オラッ!」
ゼオンの一振を受け流すと、僅かに体勢が崩れる。
しかし攻撃の手は休まることなく繰り返される。
とめどない猛攻。
一瞬でも気を抜ければ待つのは死だけ。
なのに、恐ろしいほど冷静だ。
ゼオンの動きが手に取るように分かる。
あらゆる力の流れ――運命の流れ。
つまり、未来視に達するほどの先読み。
「――――ッ!」
ゼオンの頬に刃が掠める。
低い姿勢から放つ最速の突き技。
取って付けただけの『蛇神流』の猿真似にすぎないが、ゼオンからすれば、この上なく戦い辛い戦法だろう。
「チマチマ、チマチマッ――鬱陶しいんだよォ!!」
今まで以上に乱暴な一振り。
そうだ。もっと怒れ。
冷静さを欠けば太刀筋が鈍り、隙が生まれやすい。
その一瞬に、アリストリア流剣術で攻め込む。
「中伝『三日月』」
『縮地』によって一気に加速し、腕を切り落とすつもりで放つが、赤い線が刻まれただけ。
やはり、奥義級の一撃でもなければ決定打にはならないか。
それに『縮地』は膝への負担が大きすぎて、そう連発して使える技法じゃない。
生半可な攻撃を続けるくらいなら、一撃一撃を膝が砕けるほど全力で放つ方がいい。
「奥伝『月の輪』」
「しゃらくせェ!!」
突然、ゼオンが哮った。
大気が震え、脳が揺れ、一度距離をとる。
「俺様たちが求めてんのはそんなつまんねェ戦いじゃねェ! そうだろ! 兄弟!」
「……いや、そんなことを言われても」
「一撃だ。俺様は避けねェ。テメェの全力をぶつけてみろや!」
本当に……調子を狂わされる。
ただの享楽者見えて、冷静に状況を判断している。
かと思えば、こうやって頭の沸騰したようなことを言ってくる。
でも――また雰囲気が変わった。
ゼオンが求めていたのは、互いが鎬を削る一進一退の攻防戦。
でもどうやら、僕の戦い方が余程気に食わなかったらしい。
一部の隙もない構え。
肌で感じる重圧。
一段と深い呼吸が、ゼオンを極限の集中状態へと誘う。
正直……怖い。
死ぬ事が。ルナとソフィアに会えなくなることが。
僕が死んだら、きっと多くの人が泣いてくれる。
そんな世界を想像すると胸が痛くなる。
一緒にいるって、約束したもんな。
「――だからこそ、負けるわけにはいかないんだ!!」
剣が交わればこちら側が折られる。
だからと言って受け流しでは、ゼオンの骨を断つほどの威力は出ない。
なら――『虎神流』最大威力の奥義をぶつけるのみ!
「奥義『トラガミ』!!」
「奥義『オニガミ』!!」
裂帛の気合とともに、全速で地を駆ける。
速度は互角。勝敗は技の精度にて決する。
極限まで接触時間を短く――僅かでいい。攻撃を逸らすんだ!
間合いの大きく外、ゼオンが大太刀を振るう。
そのとき、身体がズンと重くなる。
発せられる凄まじい気迫に、全身が硬直する。
「――――ガァッッッ!!!」
その僅かな怯みに太刀筋が鈍る。
剣戟が鳴り響き、直後――黒刀が焼き切れた。
本来、小さな力で大きな力を流れを変えるのが『虎神流』の流儀だ。
だが、あまりにも強大な力の流れに、いとも容易く奥義は破られた。
敗北。その二文字が脳裏に過ぎった。
『そこまでです!!』
天から声が降ってくる。
そして――水の塊が僕たちを包み込んだ。
「――ゴフッ!?」
ただの水じゃない。
身動きが取れない。息もできない!
ゼオンも同じように水の檻に囚われている。
『……ったく。これは緊急事態ですから、仕方ありません』
落ち着いた冷たい女性の声。
視界の奥から、深い海色の髪の女が近づいてくる。
魔女帽にローブ。大仰な魔術用の杖。
彼女を視認したところで、息が苦しくなる。
水の中で必死に藻掻くと、突然水の檻が破裂した。
「……げほっげほっ……はぁ……はぁ」
肺に入った水を吐き出し、新鮮な空気を吸い込む。
ゼオンは僕より早くに脱したのか、気息奄奄としながらも立っている。
「……貴方は」
「私は世界連合『四聖神』の一人。スクルド=ノクティウスです。――それとも、東方統括軍大将『青龍』と名乗った方が分かりやすかったですか?」
「――なっ!?」
流石の世間知らずの僕でも、その名前は聞いたことがあった。
ノウティウス東大陸。それが東大陸の正式名称であり、その姓を与えられるのはたった一人の存在。
いや、名を聞かずとも、その肩書きを知らぬものはいない。
「何故ここに……?」
「貴方との話は後です。今はこの国の内乱を鎮めないといけませんから」
話は後だと、面識もない彼女が言う。
「……ざッけんな。こんなつまんねェ終わり、俺様は認めねェ!」
スクルドが踵を返すと、苛立ったゼオンが襲いかかった。
彼女は振り返りざまに水弾で放つと、壁にぶつかってゼオンは気絶した。
「……無詠唱。まさか、魔法?」
彼女の左手の甲から、水色に発光する魔法陣が顔を出す。
違う。水系統の魔法陣じゃない。
それにあの鱗のある耳――海族、なのか。
「……あぇ?」
足らない頭を回転させていると、突然、視界が暗転する。
背中から倒れ、天井の穴から太陽を仰いだ。
今回は肉体的ダメージではなく、精神的疲労が大きい。
そんな中、太陽に人影が重なる。
銀髪を靡かせながら、ルナがソフィアを連れて飛び降りてくる。
ちらりとルナのパンツが見えたことを小さなご褒美に、戦いは終わりを告げた。
「ルノ! 良かった……生きてる! バカ! バカバカバカ! なんで逃げなかったんだよ!」
ソフィアが胸元に飛びついてきて泣き喚いた。
ルナはバツが悪そうに遠くでそっと見守っている。
僕は小さな身体を優しく抱擁し、生きていることを喜んだ。
と、そんな視界の端に、スクルドが現れる。
「何してるんですか。早くついてきてください。そのイデアル連合帝国の皇子様とやらのところへ」




