第二十六話、『多種族共生スローライフ』
『日常』編 【3/6】
鳥のさえずりと、楽しげな子供たちの声に目が覚める。
こんなにも不快のない目覚めも貴重だ。
とは言っても、ソフィアに起こして貰えないのも寂しい。
広い部屋の豪奢なベッドに一人。
……のはずなんだが、身体を起こそうとして誰かに抱きつかれていることに気がついた。
誰か、なんて。そんなことは分かってるんだけど。
「ノノ。また潜り込んでるし」
「……ん。……だって、お兄ちゃんの匂い落ち着く」
「だからって年頃の女の子が男のベッドに潜り込むんじゃない」
ノノはずっと子どもだと思っていたが、実は年もそこまで変わらないのだという。
それに獣人は成長スピードが早いし、すぐに追い抜かれるだろう。
これは獣人に限った話でもないが、人は視覚というより嗅覚で安らぎを得る生き物だ。
家の匂い、自分の匂い、枕の匂い――そう言った匂いに安らぎを求める。
どうやらノノにとって『好きな匂い』というのが僕の匂いらしく、よくこうやって抱きついてくる。
正直、それはめちゃくちゃ嬉しい。
案外「顔がイケメン」と言われるより「落ち着く匂い」と言われる方がグッとくるかもしれない。
「……でも、ここが一番よく眠れる」
「お前はいつでもどこでも寝てるだろ」
「ううん。もうお兄ちゃんの身体がなきゃ生きていけない」
「勘違いされるようなこと言うな!」
ノノは昼間からよく眠り、常に寝ぼけたような表情をしている。
ボサボサの髪や、半開きの目、はだけた衣服。いつもお母さんがわりのラーファに注意されている。
「そろそろ起きるよ」
「……もう、ちょっとだけ」
「ダメなものはダメ」
「じゃあ……最後にぎゅっとして」
「お前な……まあ、いいけど」
「えへへ。ありがと、お兄ちゃん」
ノノは両親の顔を知らない。
小さい頃から奴隷だったからだ。
そこで何があったのか、聞きたくもない。
年の割に幼い心。
僕はノノに「大人になれ」なんて言えない。
「じゃあ、もうちょっとだけ」
僕はノノを抱きしめたまま二度寝に入った。
再び目が覚めたのは昼過ぎだっただろう。
ノノを部屋に残したまま、カーテンを開けると、柔らかな日差しが一面に降り注いだ。
見渡す限りの雲海が、太陽の陽射しを浴びて輝いている。
蛇口を捻り、顔を洗い、最低限の身なりを整えて部屋を出た。
広場では、子供たちが元気いっぱいにはしゃいでいる。
天族と獣族が遊んでいるのを見ると、やはりグッとくるものがある。
『都市化計画』が始まって1ヶ月が経過した。
いつの間にか誕生日を過ぎて、16歳になっていた。
文化や生活様式の違いから小さな諍いは何度かあったが、基本的には何事もなく順調な滑り出しだったのではないかと思う。
ポツポツと無料の商店が立ち並び、朝から夕方まで子供たちの元気な声が響き、部屋割りや食事当番も決まってきた。
この一ヶ月で出産という一大イベントもあったが、あたふたしていたのは僕くらいで里の女たちは強かった。
それと『牙』としての活動で、たまに元奴隷の子供たちが増えることもあり、20人ほど増えた感じだ。
「あ、ルノア様!」
子供たちが僕に気づき、ボール遊びをやめて駆け寄ってくる。
「おはようございます!」
「おはよ、みんな。朝から元気だな」
子供たち、とは言っても、実際僕とそんなに歳は変わらない。
「あ、あの! ルノア様!」
「カナ、どうしたの?」
話しかけてくれた女の子に目線を合わせる。
「な、名前覚えてくれてるんですね!」
「もちろん。みんなの名前もね」
移住してくれた全員の名前を覚える。
それが僕に与えられた最初の試練だった。
ぶっちゃけ子供たちの名前は怪しいが。
「こ、これプレゼントです!」
カナは花でできた首飾りをくれた。
天空神殿内で摘んだものだろう。
農園の他に庭園だってある。
「ありがと。大切にするよ」
受け取って首に下げると、恥ずかしそうに後ろに立っていたお姉さんの背中に隠れた。
「ルナ」
「おはよ。相変わらずルノアはモテモテだね」
「精神年齢が近いんだろうな」
どこか皮肉めいたルナの言葉を捌く。
「ところで、これから朝食? お寝坊さんだね」
「毎朝ソフィアに起こして貰ってたからな。一人で起きる習慣がないんだよ」
「……じゃあ私が起こしに行こっか?」
「いいよ、別に。ルナに悪いし」
「……ふーん。はいはい、分かりました」
ルナが寂しげに呟く。
うーん。やはり炎龍戦からどことなく距離を感じる。
僕は別に接し方を変えたつもりはないんだけど。
「ん?」
突然、ルナは僕の服を嗅いできた。
「……この匂い。女の子だ」
そう言ってジト目で睨んでくる。
マジか。そんなに匂いで分かるのか。
というか、あらぬ誤解を招いてないか?
「そっか。だから私に起こされたくないんだ……で、誰?」
「ノノだよ! またベッドに潜り込んでたんだ」
「うーん。それならいいのかな?」
強く否定すると、少しばかり疑っているようだったが怒りを収めてくれた。
ルナもノノのことは可愛がっている。
複雑なところはあるだろうが、僕と同じ気持ちだろう。
その後、腹をすかせたユシィとともに食堂に向かった。
朝食の僕に対して、二人は昼食だが。
食堂は現在、厨房を女衆が当番制で回してくれていて、朝食、昼食、夜食と、決まった時間に料理が振る舞われる。
最初は全員がそろって「いただきます」をしようという話もあったが、人数上それは無理なので、各自が食べたいものを皿に乗せるバイキング形式を採用している。
特に天族の里では、男が狩り、女が料理と決まっていて、料理経験のある男は少ない。
それに獣人も、奴隷として厨房で働かされていた経験のある者でなければ料理ができない。
料理教室なんてものも開いてもいいかもしれない。
ラーファあたりが嬉々としてやってくれそうだ。
「ソフィアちゃん。まだ見つからないんだ」
「今はウェルフや『牙』にも手伝って貰ってるんだけどな」
一応、奴隷商会が壊滅した後も、ウェルフ達には密輸組織を続けてもらっている。
また、空色の髪の少女が船に乗ろうとしたら止めてくれるようお願いしている。
だから、東大陸を捜索していればいずれ見つかると踏んでいたが、未だにめぼしい情報はない。
「きっと大丈夫だよ。元気出して。――ほら、これ上げるよ。最後の一個だけだったから取っておいたんだ」
ルナが自分のプレートに置かれた赤色の果実を手渡した。
収穫量が少なく、子どもに人気なために直ぐになくなってしまうグアの実だ。
「最近頑張りすぎなんじゃない? ルノアもまだ子どもなんだしさ、無理して大人ぶらなくてもいいんだよ」
「……そうかもな」
僕はグアの実を手に取って、眺めた。
無意識のうちに遠慮していた食べ物だ。
「どうしたの?」
「そう言えば、ソフィアも好きだったなって」
「ルノア。――午後から『神殿会議』だから。遅れないでね」
ルナが唐突に立ち上がり、視線も合わせず足早に去っていく。
どこか苛立ちを含んだその声は、僕を不安にさせた。
あれ? 怒ってた?
「うぬはつまらん男じゃな」
その一部始終を見ていたユシィが悪態をつく。
「人として、兄として、うぬはよくできてるのやもしれんが、男としては零点じゃ。ルナ姫が何を考えているのかすら分からんようじゃ、男が廃るというものよ」
「……なるほど。――というか、何どさくさに紛れてグアの実盗んでんだよ」
「だって、ルナ姫が一つまでって言うから! 何故、高貴なる妾がガキどもに気を使ってやらんといけないのじゃ!」
「大人気ねえ……」
でもそうか。
ユシィと話していて、何となく分かった気がする。
最近、ルナとは事務的な話しかしていなかった。
僕の心に余裕がなかったからだろう。
初めの頃は毎日ソフィアを思い出していた。
でも最近は忙しくて、一日中頭の片隅にもいないことがある。
それが許せなくて、意識的にソフィアを思い出すことにしている。
「一度、ルナと話し合ってみるよ」




